第2話

 湯来さん。この人は僕の初恋の人。そう言っていいのだろう。

 入学式初日。僕は学校で張り出された掲示板を見て、必死に自分の名前を探した。だけれどもどこにもその名前がないから不安になってきた。


 もしかして、この学校に合格していなかったのではないか。そんな不安に襲われた。そういえばそうだ。僕はこの学校に受かるのが当たり前だと思っていたから受験合格発表の時も、自分の番号「6129」を流し目で見て確認しただけであった。だけれどもそれは本当に「6129」であったのか。実は「6126」だったかもしれない。


 いやいや、だけれどもその後ちゃんと入学書類を受け取った。面倒臭いなと思いながらもちゃんと制服の寸法とかやったし、入学式前課題もやった。いや、これはやらなかった。何となく高校生活に対してそこまでのやる気が沸かなかったのだ。だけれども燃え尽き症候群とはなんか少し違う。だって僕の場合最初から炎なんて点火されていないもの。線香の煙がチョロチョロと出るばかり。恐らく高校卒業する頃には、その線香の細い棒は、パキリと折れているに違いない。


 どこだ。僕の名前。どこにも見当たらない。

 それからしばらくして、


「あなたの名前は何ですか」


 と聞いてきた輩がいた。

 僕はその声がした方へ振り返る。そこには柔らかなウェーブをかけた少女がいた。


 その時、僕は正直に自分の名前を述べてもいいものだろうかと考えた。というのも、この数多くの人がいる中で、どうしてわざわざ僕に話しかけるのか。どうもそのメリットというものが感じられないようなそんな気がしたからだ。


 もしかしたら部活の勧誘かもしれない。いや、こんな僕にそのようなものがくるはずがない。それじゃ、もう一層のこと宗教勧誘か。それかマルチ商法の勧誘か。

 流石の高校生でそれはない。ないのだと思うのだけれども、いかんせん僕は狭い世界の中、小さな井戸の中でポツンと過ごしていたような蛙だ。空が青いのは知っているけれども、それ以外の景色など知らない。綺麗なものしか見えていない状態である。だから案外、僕の知らない世界で、高校生の間でそういったマルチ商法などが流行っている可能性だってある。


 とはいえ、僕という人物は失うものなど何もない。彼女はおのそか、友達すらもいない。そのような人に、わざわざこうやって話しかけるメリットなんて何一つないような気がする。


「新見奏多です」


 と自分の名前を言った後、思わず下を向いてしまった。頬を赤らめる。これはしょうがないことである。僕がこうやって女性と話したのは随分と久しぶりのようなそんな気がするから。


「新見さんね。新見、新見。確か、君の名前。向こうにあったようなそんな気がする」


 そうして彼女は向こうの掲示板を見る。そうして


「あった、あった」


 とその掲示板の方へ指を差した。そこに僕の名前は確かにあった。


「ありがとう」


「どういたしまして」


 と彼女は微笑みながら、どこかへ去っていった。それが僕と湯来さんの出会いであった。そうして僕は彼女に恋をしたのだと思う。

 随分とその動機が単純なのだけれども、まぁ高校生の恋愛などそれぐらい気軽なものでいいのではないかと思う。

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