第3話 死をもたらす者

「あるじ、かお、まっさお」


 デスブリンガー出現地点としてギルドから指定された場所は、よりにもよって街道近くだった。それも複数の町へと分岐する、この辺りの大動脈と言って良い道路だ。分岐先の他の町までは少し距離が離れているので、そちらからの応援は望めない。つまり、ラーティスは実質エメコと二人だけで足止めと周囲への警戒呼びかけをしなければならなかった。


「ははは……俺、今日、死ぬかも……」


 乾いた笑いを浮かべながらも、足を止めることはない。彼にとっての冒険者人生の原点、銀靴の面々の前で引き受けたのだ。今更反古にはできない。それに犠牲者を減らすための努力は、確かに必要だと思っていた。


「だいじょうぶ、あるじ、しなない。えめこ、まもる」


 ラーティスの隣をひょこひょこ歩くエメコの顔には、まったく切迫感がない。そもそもこのゴーレム少女に怖いものなどあるのかは疑問だった。


「そうは言うがなお前……デスブリンガーってのがどんな敵だか、わかってるのか?」


「わからない」


 あっけらかんと答えてくるエメコ。ラーティスは、まぁそうだろうな、と呟く。


「デスブリンガーは霊体のモンスターだ。黒いフードのような物の中に、ガス状の体を持っている。物理攻撃も一応通ることは通るが、かなり軽減される。魔法攻撃は有効だが、素早い上に相手の背後へと空間移動する力を持っているので、魔法使いだったら有利とも言い切れない難敵だ。攻撃手段は手に持った太刀で、一刀で人の首を跳ねるほどの威力がある。生き物であれば人間、動物、モンスター構わず襲いかかり、そして生き物を殺せば殺すほど更に力が増していく。恐ろしさという意味でなら、レッドドラゴンに勝るとも劣らない」


 ラーティスの説明を聞いていたエメコが、何かに気づいたようにぽんと手を打った。


「べるらか、ろーげ?」


「……あんだって?」


 突然謎の言葉を口にしたエメコに聞き返す。ラーティスにとって、まったく聞き覚えのない言葉だった。するとエメコは立てた人差し指をくるくる回しながら、


「あるじいったとくちょう、べるらかろーげ、そっくり」


 その説明を聞いて思い至る。


「……デスブリンガーのことを、忘れ人達は、ベルラカローゲ……? と、呼んでいたってことか?」


「たぶん」


 返答が曖昧なのは、まだ実物を見ていないからだろう。しかしエメコが先の説明全てを聞いた上で重ねたのだとしたら、信憑性は高いように思えた。


 デスブリンガーがそんな古代から存在していたことに驚きを覚えつつも、ラーティスは一抹の期待を込めて訊く。


「それじゃ対処法なんかはあるか?」


 するとエメコはこくりと頷き、何かを吹きかけるようなジェスチャーをした。


「えきたいちっそ、ぶっかける」


「……その、えきたいちっそ? ってのは用意できるか?」


「むり。せんようのせつび、ひつよう」


 ラーティスはがくりと肩を落とす。今は忘れ人達の科学技術の一端に触れるよりも、現実的な対処法が必要だった。


「……今エメコが用意できる範囲で対処法はあるか?」


 あまり期待せず訊くが、予想に反してエメコは自信満々な頷きを返してきた。が――


「ある。べるらかろーげ、ちかづいてきたとき、じばくする」


「自爆は却下だ。俺もエメコも犠牲にならない方法を探せ」


 ラーティスがぴしゃりと言うと、エメコは幼い顔をしかめっ面に変えて食い下がってくる。


「……あるじ、むずかしいこと、いう。じばく、かくじつ、らく」


 なおも自爆を推してくるエメコに、ラーティスは深く嘆息した。


「お前本当はすごい死にたがりなんじゃないだろうな……今回に限らず、今後一切自爆は禁止。封印。絶対使うな」


 その言葉を聞いたエメコは、愕然とした様子で立ち止まる。信じられない言葉を聞いた、というような顔でラーティスの顔を見つめながら、わなわなと口を開く。


「……ごーれむの、しあわせ……あるじに、うばわれる」


 ラーティスも立ち止まり、頭を押さえた。なぜだか頭痛を覚えていた。それでも諦めず、説得を試みる。


「自爆が幸せって考えが間違ってるの。もっと別の幸せを探しなさい」


「べつの、しあわせ。しらない。わからない。あるじ、おしえて?」


 被造物らしく、自分自身の幸せといったものに頓着したことがないようだった。ラーティスがそんなエメコに再び歩き出すよう顎で促すと、彼女は自然に従い歩みを再開した。ラーティスも同様に歩き出す。


「ったく仕方ないな……幸せってのはだな……」


 が、そこまで言った所で歩調が緩み、再び立ち止まりかける。慌てて足を前方へと出しながら、繰り返す。


「幸せって……のはだな……」


 ――幸せって、なんだっけ。


 その自問にラーティスは答えを持たない。お金をたくさん持っていれば幸せだろうか? 部分的にはそうかもしれないが、しかしそれが幸せかと聞かれると返答に窮する気がした。では名声や地位が幸せか? 遠くはない気もしたが、例えばそれらが唐突にぽんと手に入ったとして、それで心からの幸せを実感できるかは疑問だった。経過が伴わなければ、いずれも幸せから遠ざかる気がしたのだ。


「……」


 底辺の冒険者として生きてきたラーティス。到底恵まれているとは言えない立場にあった彼が、それでも冒険者という生き方に固執していたのは、その幸せが絡んでいるからだった気がした。しかし確証はない。人に言い誇れるような内容もない。


 結局、エメコに対して偉そうなことを言っても、ラーティス自身も幸せというものを理解していなかったのだ。見失っていた、と言い換えても良い。かつては辺境の開拓村で家族と共に過ごす時間を幸せだと感じていたはずだ。


 しかしアリーセを見て心に憧れの炎を宿し、冒険者となる決意を固めてからは、欲する幸せの形が大きく変わったように思えていた。もしもラーティスに魔法の才能と剣技を磨ける環境があり、かつての憧れの人と同様の活躍をできていたとしたら幸せだっただろう。だがその夢は早々に潰えた。夢が潰えた後の幸せとは何か。


「あるじ」


 いつにないエメコの真面目な声音に、意識と顔を上げる。前方の街道沿いに並ぶ木の隙間によく目を凝らすと、黒い外套と鈍く光る太刀が見えた。アンデッドの一種だけあって、日の光のない場所を好むのだろうか。そのせいで遠目では発見し難くなっていた。


「デスブリンガーだ……。幸せ云々の話は、また今度な」


「あい」


 ラーティス達の場所からデスブリンガーの場所までは、かなり距離があった。デスブリンガーもこの距離を一瞬で空間移動することはできないだろう。そもそも、ラーティス達に気づいているかどうかも怪しい。木陰にひっそりと身を潜めるように、動こうという気配がない。


「今の所、あそこから移動しなさそうだな。だったら好都合。俺達が無理に交戦する必要はない。銀靴が来るまでの間、遠くから見張っていればそれだけで大丈夫だ」


 言いつつ、ラーティスは背負っていた大きな鞄を下ろして中身を取り出していく。まずは空間移動に対抗するためのトラップを準備する。羊皮紙に書かれた魔法陣の模様を決まった順番に触れていくと、光を帯びた。それをラーティス自身と、エメコの背後の地面にそれぞれ一枚ずつ敷く。この上に空間移動してきた者は魔法に囚われ身動きが取れなくなるトラップだ。これでデスブリンガーが動き出したとしても平気だった。


「エメコ、そこ動くなよ。こちらが動きさえしなければ、奴が空間移動してきた瞬間こちらの勝ちだ」


「あい」


 この場で叫ぶなどして騒ぎ、デスブリンガーにこちらの存在を気づかせ引き寄せることも考える。しかし必ず空間移動を使わず迫ってきた場合のリスクを考えると、得策とは言えなかった。


 正面の側にもトラップを張れれば良いのだが、そもそもが宙に浮いているアンデッドの一種であるデスブリンガーに対して有効なトラップはほとんどない。先ほどの魔法陣は、空間移動をトリガーとして発動する一種の抜け道なのだ。


 加えてデスブリンガーはアンデッドの一種と言っても、いわゆる思念体やガスのような存在であり、アンデッドに対して一般的に有効な対策もあまり効果がない。その代わりというように精神攪乱の類いの魔法を使えば一瞬で消滅させられると聞くが、生憎ラーティスもエメコも魔法とは無縁だ。


「強いて挙げればこいつか……」


 ギルドから提供された、聖堂で祝福を受けた棍棒――メイスを取り出す。殴打の際に神聖魔法の効果が溢れ出るので、物理が効きにくい相手にも魔法によるダメージが期待できる。とはいえラーティスは棍棒にそもそも不慣れで、メイスの神聖魔法部分もそこまで強力な訳ではないため、バーゼラルドよりはマシ程度でしかない。ほとんど護身用という意味合いだ。それでも二本を取り出し、エメコとそれぞれ一本ずつ持つ。


 ふと、鞄の中から妙な物が出てきた。囚人用の首輪だった。鉄製で分厚い。


「……首を守るために着けろってか」


 もっと良いデザインの装備はなかったのかと思わずにはいられなかったが、これで命が救われるかもしれないなら四の五の言ってはいられない。エメコは元々首元まで重鎧で覆われているので、ラーティスだけが着ける。彼は少し、惨めな気持ちになった。


 続けて、他の物品を確かめていく。バタバタと出てきたため、渡された全てのアイテムを確認できている訳ではない。大量の回復アイテムや、攻撃を一発だけ防げる使い捨ての結解札が二枚入っていた。これをエメコのそれぞれで一枚ずつ持っておこうかと考えた所で――


「あるじ!」


 切羽詰まったエメコの声にラーティスが顔を上げると、道の向こうから馬車が一台走ってきていた。交易商のようだ。木立の間にいるデスブリンガーに気づいた気配はない。


「ちぃっ! おい! そこの馬車! 止まれ! デスブリンガーがいる!」


 最早デスブリンガーに気づかれないように振る舞うという状況ではなかった。ラーティスは声を張り上げ馬車を走らせる御者に呼びかけるが、聞こえている風ではない。馬車の走行音で掻き消されているようだった。


「あるじ!?」


 無我夢中で駆け出すラーティスの背に、エメコの動揺した声が響く。どうやら、ラーティスが先ほど出した動くなという指示を忠実にも守っているらしい。だがこの一秒を争う状況下では、エメコに構ってはいられなかった。彼は走りながら自分のポーチの中から弾け玉を取り出し、自身の服の袖に勢いよく擦りつけてからデスブリンガーの手前の地面目がけて投げつけた。


 閃光と爆音が響き、同時に馬のいななきも聞こえてくる。デスブリンガーに視覚や聴覚があるのかはラーティスも知らなかったが、何かしらの効果があれば御の字だった。走りながらメイスを構え、目を閉じたままデスブリンガーのいた地点に向かって無謀にも殴りかかる。手応えは、なかった。


「……!」


 閃光が収まる。その時ラーティスが見たのは、身を翻してメイスを躱したデスブリンガーが、こちらに向かって太刀を振り下ろしてくる瞬間だった。鈍色に光る刃が、彼を袈裟斬りにせんと迫る。


 判断は一瞬だった。彼は少しでも身軽になるべくメイスを手放し、振り下ろされる太刀とは反対側に向かって横っ飛びに跳ねる。その途中、逃げ遅れた左腕に熱と痛みを覚えた。


「がっ……!」


 斬られた。ただ、傷の程度が咄嗟にはわからなかった。しかし次の瞬間には、尋常ではない熱が左腕から際限なく湧き上がってくるのを感じた。それでも左手の感覚自体は残っていた。どうやらまだ左腕は体と繋がっているようだったが、それでも傷は浅くない。


「このっ……!」


 痛みに怯んでいる暇はない。そんなことをしていたらただ無為に死ぬだけだ。ラーティスはそう判断し、ポーチの中から別の弾け玉を取り出す。通常の物よりも閃光を放つ成分を抑え、代わりに爆発の威力を引き上げた攻撃用の物だ。火傷を与えるくらいが精一杯の代物だが、単純な物理的な衝撃でない分デスブリンガーにも有効ではないかと考えたのだ。それを太腿の部分で擦ってからデスブリンガーへと投げつける。


 炸裂音と、異様に音程の低い鳥の鳴き声のような音が立て続けに聞こえる。後者の音がデスブリンガーの悲鳴のようなものだと気づくまでには、少し時間を要した。デスブリンガーは爆発に怯んだように、太刀を乱暴に振り回しながらラーティスから後退る。効いてはいるようだが、しかし太刀を振り回す勢いはまったく衰えておらず、倒せるほどのダメージを与えられたというほどではないようだった。


 今が逃げる好機と見たラーティスは、後方に一歩を跳ぶ。自身では有効打を与えられないとなれば、とにかくエメコの元へと後退するしかなかった。そしてエメコと共闘する。幸いにも、場所は先ほどの弾け玉のお陰でラーティス達からいくらか離れた場所で止まっている。これなら、ラーティスが逃げたとしてもデスブリンガーが馬車に狙いを変える可能性は低いだろう。


 それらの迅速な判断を下し、エメコのほうへと振り返る。しかし振り返ったラーティスの視界に入った物は、黒の外套だった。


「あ……」


 空間移動。振り返る直前のラーティスの背へと、デスブリンガーはすでに回り込んでいたのだ。駆け出すつもりで振り返った体は咄嗟には翻せられない。死をもたらす者デスブリンガーの振り上げる太刀の動きが、妙にゆっくりと見えていた――


 そして次の瞬間には、中空に切断された腕が舞っていた。


「やぁぁぁぁ!」


 それと同時に、デスブリンガーの外套の中心に祝福を受けた棍棒が圧倒的な力によって叩きつけられていた。衝撃によりメイスが神聖魔法の閃光を放つ。だがそれ以上に物理的な衝撃がデスブリンガーの本体を爆散させる。しかもメイスの打擲は一度ではない。太刀を握る根元の部分、外套の内部、外套の首元に当たる部分と、僅かな時間の間に立て続けに棍棒がぶつけられていく。その度に閃光が迸り、外套が破れ、デスブリンガーの本体である霧状の体が霧散していった。最後には、無残に引き千切れた外套と太刀だけを地面に残し、デスブリンガーの本体は跡形も残さず消滅していた。


「え、エメコ……」


 デスブリンガーを滅多打ちにして倒したのはエメコだった。動くなというラーティスの命令を無視し、自らの意思によって行動しデスブリンガーを倒したのだ。


「あるじ、けがしてる!」


 エメコがラーティスの元へと駆け寄ってくる。戦闘が終わり緊張が解けたことで、ラーティスの腕の痛みが改めて浮かび上がってくる。だがそれよりも――


「ば……馬鹿! 俺の怪我より、お前の腕のほうが……!」


 エメコの右腕は肘の部分から先がなくなっていた。ラーティスが斬られるという瞬間、自らがデスブリンガーとの間に割って入ったために両断されたのだ。ちょうど重鎧の隙間がある関節部分に当たったことで防ぐことができず、切断された肘から先の腕は無残に転がっていた。切断された面からは金属でできた骨のようなものや、さまざまな色合いの血管のような物が見えており、一部からは火花が散っている。


「だ、大丈夫か!? 痛くないか!? 直すことは!?」


 矢継ぎ早に尋ねるも、エメコはふるふると首を振る。


「だいじょうぶ。いたみ、かんじない。なおすのは、むり」


「な……直せないのか……?」


 エメコはゴーレムだ。忘れ人達に作られた人を模した道具であり、機械だ。ならば斬られた腕も繋ぎ直せるのではないかとラーティスは思ったのだが――


「なおすなら、しせつ、きざい、いる。このじだい、ちょうたつ、むずかしい」


「――」


 ラーティスは絶句する。無敵の存在に思えたエメコ。だが、彼女が生きていくための条件がこの時代には整っていない。傷を受けたら二度とは直せない。何か異常が起きたらそれが最後。ある意味では、人間よりも後がない存在だったのだ。


 そしてそんな存在を、個人的な欲望のために戦わせていたという罪悪感が今になって湧き上がる。どうして。どうして、自分はあんなことをさせたのか。どうして、ここまで頭が回らなかったのか。どうして、エメコがこんな目に遭わなければならないのか。


「それより、あるじ! ち! とめないと!」


 エメコの慌てた声にはっとする。ラーティスの腕の怪我は決して浅くなかった。未だに血が止まっておらず、次第に指先が冷たくなりつつある。ラーティスは慌ててポーチから布を取り出し上腕を縛り止血を試みる。ギルドから渡された回復薬を飲めば多少は治るだろうが、これほどの傷の場合は街でしっかりとした治療を受ける必要があった。しかし二人が揃って負傷した今の状況では……。


「乗って下さい! 街まで飛ばします!」


 そう考えていた矢先、中性的な声が聞こえてきた。見れば、先ほどの馬車がラーティス達のすぐ近くまで移動していた。その馬車に乗っている全身フード姿の御者が、こちらに声をかけてきていた。


 再び、はっとする。エメコが御者の視線に入らないように慌てて移動する。大の大人が着たとしても重そうな重鎧に身を纏った小さな少女。目の覚めるような銀髪と真っ赤な瞳。両目の下に入った分割線。更には腕の断面図から金属部品と火花が見える。誰がどこから見ても、人間とは異なる異質な存在だった。


「う、あ、あの、これは……」


 エメコを見られた、ゴーレムだと知られたかもしれないという動揺に、傷の痛みも合わさり、誤魔化すための言葉が出てこない。しかし御者はフードの顔の部分の覆いを取り払いながら、叫んだ。


「今は詮索や言い繕いをする場面ではないでしょう!? 確かに私は金勘定にがめつい商人ですが、人の道まで踏み外した覚えはありません! あなた達……命の恩人の治療が先決です! さあ早く!」


 中性的な顔立ちをした、短い金髪の人物だった。どこか線が細く、一見では男性なのか女性なのかが判然としない。そしてその耳は、この辺りでは珍しい長名種エルフのものだった。


「……すまない、頼む」


 ラーティスの判断は一瞬だった。エルフは大抵、人間から隠れ住んでいる。種族や歴史に起因する文化や価値観の隔絶が大きく、人間との摩擦や衝突を起こしやすいからだ。そんなエルフが、自らの種族を明かしてでもこちらを受け入れようとしている。覚悟のほどが窺い知れた。


 ラーティスがエメコの切り落とされた腕を拾い、馬車の荷台に乗り込む。その間にエメコは、ラーティスが手放したメイスやギルドから預かった荷物、更にはデスブリンガーの持っていた太刀までもを走り回りながら拾い集め、ラーティスに続いて荷台に乗り込んだ。


「荷物につかまってて下さい。飛ばしますよ!」


 言うが早いか、ラーティスが元来た街のほうへと馬車が加速する。振り落とされそうな衝撃を受けるが、左手しか残っていないエメコがラーティスの体をぎゅっと抑えていたので問題はなかった。ラーティスは苦笑しながら、自身も唯一自由になる右手で彼女の頭を優しく撫でてやる。


 その時のラーティスは、エメコが一緒にいてくれることを、ただただ嬉しいと感じていた。

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