第50話 孤独な辺境伯は青薔薇の愛を手に入れる
誰もいない、いつもの主寝室。
先程まで私とルカ様と、鈴音と楼蘭、楼雅君と、鈴音のお母様の六人で、賑やかな食卓を囲んでいた。
鈴音のお母様が東国の素朴な家庭料理を作ってくれて、手の込んだ料理をしない主義の鈴音が街のお店でケーキを買ってきてくれた。
手の込んだ料理をする楼蘭が、お祝いのケーキを焼いてくれた。
楼蘭には申し訳ないけれど、お店のケーキのほうがおいしかった。内緒だけれど。
食事と片づけを終えて、鈴音と楼蘭は楼雅君と手を繋いで、お母さんはその少し後ろを見守るように、自宅へと帰っていった。
私は入浴をすませて、今日の為の白いレースの寝衣でルカ様の訪れを待った。
ルカ様は暫くして部屋へと入ってきた。
「……マリィ、今日はせっかくの婚姻の式典なのに、色々とごめんね」
開口一番謝ってきたルカ様に、私は思いきり抱き着いた。
「マリィ?」
驚きながらもしっかりと私を受け止めてくれるルカ様を、私は自分の体を押し付けるようにして抱きしめる。
「ルカ様、私の名誉を守ろうとしてくださったのですよね? 人嫌いのルカ様があれ程人をあつめて、あのような目立つ振る舞いをしたのは、私の為ですよね?」
「……そう、だけど……でも、マリィを傷つけてしまったよね」
「傷ついたりはしていません。私はミュンデロット家で起きたこと、きちんと知ることができてよかったと思っています」
私は、皆に守られていた。
悲しいことがたくさんあって、もう、過去は変えられないけれど――。
「私を守ろうとしてくれたお爺様や、お母様、かつての使用人たちに――胸を張っていられるように、生きなければと。誰よりも、幸せにならなければと、思いました」
「……マリィは、強いね」
「私の強さは、ルカ様や鈴や楼蘭がいてくれるからです。ひとりでは、何もできません」
ルカ様は抱き着いた私を、軽々と抱き上げた。
「俺は、……君を誰よりも幸せにできるだろうか」
「ルカ様。私は幸せにしてください、だなんて思っていませんよ。私がルカ様を幸せにします。だから、一緒に幸せになりましょう? 誰にも負けないぐらい、幸せな家族を作りましょう?」
私はルカ様の顔を見つめて、微笑んだ。
笑うことは難しいとずっと思っていたけれど、それが当たり前のようにとても簡単に、微笑むことが出来た。
もう――私は大丈夫だ。
私の傷は、時折痛むかもしれない。けれど、もう大丈夫。
「マリィ……なんて可憐なんだ、やっぱり君は天使だったんだね……!」
「ルカ様の天使は、ルカ様が大好きです。だから、沢山抱きしめて、離さないでくださいね!」
時間は沢山ある。
もう飽きたと言われるぐらいに、毎日愛を伝えて。
毎日傍に居るから。
だからいつか――あなたの暗闇が、私の雨のように晴れてくれますように。
止まない雨はないのだし、明けない夜はないのだから。
王の沙汰が下ったのは、あれから数週間後のことだった。
アラクネアとローレンお父様、クラーラとメルヴィル様と、かつての執事長は、王宮の牢獄で、密やかに処刑になったそうだ。
犯した罪が重すぎて命を救う道はなかったと、ルネス様から頂いたお手紙には流れる様な文字で書かれていた。
誰も居なくなったミュンデロット公爵家は、綺麗に片付けられて清められて、王家の図書館へと姿を変えた。
詳しくは書かれていなかったけれど、屋敷の中の惨状はかなり酷かったらしい。
アラクネアやクラーラは邪魔な者や気に入らない者を毒で殺めるという悪い癖がついていたらしく――何人かの使用人の亡骸がみつかったのだという。
ミュンデロットの家がなくなったことについては、なにも感じなかった。
私の居場所はゼスティア家にある。お爺様とお母様は、墓地で静かに眠っている。
魂はきっと、死者の国で幸せに暮らしている筈だ。
私はまだそこにはいけないけれど、いつか私の命が失われてお母様たちに会うことができたら、マリスフルーレは幸せでしたと、笑顔で伝えたい。
だって今も、私の大切な旦那様が、私を探す声がゼスティアの黒い棺に響いている。
「マリィ! どこに居るんだ! 目覚めたらいなくなっているとか、俺は寂しくて死ぬかもしれない……!」
食事を作る手を止めて、手を洗ってエプロンで拭くと、声のする方へと私はぱたぱたと走っていく。
寝室から出てきて階段を降りてきたルカ様が、私をきつく抱きしめる。
「ルカ様、おはようございます。今日も大好きですよ!」
私はルカ様の体に腕を回して、その泣き出しそうな顔を見上げるとにっこり微笑んだ。
――あなたに愛を伝えよう。
毎日、飽きるほどに。
虐げられた公爵令嬢は辺境の吸血伯に溺愛される~孤独な辺境伯は青薔薇の愛を手に入れる~ 束原ミヤコ @tukaharamiyako
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