第48話 魔女裁判
ワーテルの街の広場には沢山の人々が集まっている。
丸テーブルには豪華な料理が並べられていて、いつもよりも着飾った街の人々が立食パーティーを楽しんでいる。
人々に混じり、記者の方々の姿も見える。
王国では悪い意味で有名になってしまった私と、滅多に社交界に顔を出さないゼスティア辺境伯の婚礼なのだから、きっと記事にすればいいお金になるのだろう。
その姿を見ても、もうどうとも思わなかった。
好きなように記事を書けばいい。
本当の私の姿は、ルカ様と楼蘭と鈴音だけが知っていてくれればそれでいい。
馬車から楼蘭のエスコートで降りた私は、楼蘭に介添えをして貰い長く敷かれた赤い絨毯の上を、沢山の人々に見守られながら歩いた。
長いドレスの裾を、鈴音が整えてくれている。
楼蘭は新しく作った黒い燕尾服を着ていて、鈴音は介添え人のための青いドレスを着ている。
二人とも、私の大切な家族だ。こうして一緒に歩けることが、誇らしい。
商店街の見知った人々が、「マリスフルーレ様!」と声をかけてくれる。
すれ違う人々の中にエミリアさんの姿もあった。彼女は同じ年ぐらいの男性に支えられるようにしながら、私に頭を下げた。
白い祭壇には、司祭の服に身を包んだルネス様と、王国の婚姻用の白い衣服の上から東国の黒い生地に大きな鈴蘭の模様が描かれた上衣を着たルカ様の姿があった。
黒い髪を後ろに流しているルカ様は、両耳に私の頭飾りと同じ色の赤い耳飾りをつけている。
精悍で、美しい姿を見上げて私は感嘆の溜息をついた。
足を止めそうになった私にルカ様が手を伸ばしてくれる。
楼蘭から私の手を受け取ると、ルカ様は私を自分の正面に立たせた。
楼蘭と鈴音は、祭壇の奥へと控えた。
私たちの中央に立つルネス様の後ろには、大きな鐘がある。
新しく作ったのだろう、広場には今までなかったものだ。
祭壇の下に並んでいる長椅子には、貴族たちの姿がある。
一番前の席には、メルヴィル様とクラーラ、お父様とアラクネアの姿があった。
メルヴィル様はどこか虚ろな表情を浮かべている。
クラーラは重そうな宝石を沢山頭につけていて、目に眩しいぐらいのピンク色のドレスを着ている。
お父様はかっちりとした燕尾服に身を包んでいる。元々見栄えのいい方だったけれど、なんだか随分と老け込んで見えた。
アラクネアは大きく胸の開いた真っ赤なドレスを着ていた。
「ルカ・ゼスティア辺境伯。マリスフルーレ・ミュンデロット公爵令嬢。双方は、ローゼクロス王の名の元に、どんな困難にも手を取り合い、お互いを支え尊敬し、変わらぬ愛を誓うか?」
ルネス様の厳かな声が響いた途端に、広場の騒めきがさざ波のようにおさまっていった。
ルカ様は私の手を取って、優しい眼差しで私を見つめる。
「変わらぬ愛を、誓います」
よく通る声で、ルカ様は言った。
広場の方々からの感嘆の溜息が聞こえる。
それぐらいに今日のルカ様は、広場に作られた英雄の彫刻のように美しかった。
「……私も、誓います」
出来る限り大きな声で、私は言う。
緊張に、声が少しだけ震えた。
ルカ様が私の手を力強く握りしめてくれた。
「ルネス・ローゼクロスの名の元に、双方の婚姻を認めよう。ミュンデロット公爵家の爵位は一時王家の預かりとする。二人の子が産まれたら、相応しいものを選んで与えるといい」
美しい顔に柔和な微笑をたたえて、ルネス様が言った。
「ミュンデロット家の領地は、ゼスティア家と統合。もしくは、王家の預かりとしてもいい。ルカは国境を東国の侵略から長らく守り続け、和平を結んだ国の英雄だ。その働きを認め、王家はお前の望みをかなえよう」
ルネス様の言葉に、広場にざわめきが起こる。
ルネス様はメルヴィル様とクラーラから、ミュンデロット家を、領地を取り上げようとしている。
ルカ様は既に知っていたのだろう。表情を変えずに答える。
「それならば、ミュンデロット公爵領は王家に返します。俺は、辺境の地で手一杯ですから」
「了解した。ミュンデロットの爵位が再び戻ることがあれば、領地をその者に与えよう」
ルネス様は深く頷いた。
ざわめきが、おさまっていく。ルネス様の言葉の意味を皆、理解したのだろう。
妙な緊張感が、広場を支配した。
「――納得できません!」
祭壇の前に並べられた長椅子の一番前で、立ち上がる者がある。
クラーラだ。大きな青い瞳に涙をためて、必死な様子で口を開く。
「ミュンデロット家は、メルヴィル様が継ぎました! それを……あんな恥知らずなことをしでかした、お姉様のものなどというのはおかしいのではないですか……?」
憐れみを誘う声で、表情で、クラーラが言う。
お父様はアラクネアの隣で青ざめて震えている。
アラクネアは不遜な態度を崩さずに、足を組みなおした。
大きくスリットの入ったドレスから、白い足が覗いている。
メルヴィル様は相変わらず虚ろだった。
虚ろな瞳の奥にある仄暗い何かが、私をじっと見つめているような気がした。
「衆人の前での裁きを望むのだな?」
柔和な印象のルネス様のものとは思えない冷酷な深い声が、声を張り上げているわけでもないのに広場の端まで響き渡っている気がした。
ルネス様は、いつかのルカ様に似た冷たい瞳でクラーラを見据えている。
そこには隠しきれない激しい怒りがあった。
「祝いの席に水を差すようで申し訳ないが、ここに集まった者たちの中にはミュンデロットの青い薔薇、麗しのマリスフルーレの醜聞を、面白おかしく楽しむために足を運んだ者も多いだろう」
ルネス様の言葉に、貴族たちは顔を見合わせたり俯いたりしている。
「心から二人を祝福するために、あらぬ疑いは晴らさないといけない。……マリィ、君にとっては辛い話になるけれど、いいかい?」
ルネス様に問われて、私は頷いた。
ルカ様が私の体を引き寄せて、そっと後ろへと下がらせた。
それだけで、メルヴィル様の視線から私の姿は隠れた。
「それでは……ルカ。君の知っている――真実を、皆に教えてあげるといい」
「ルネス王の御心のままに」
ゼスティア家では親し気に会話をしていたけれど、ルカ様はルネス様に綺麗な所作で臣下の礼を行った。
それから手を伸ばして、鈴音と楼蘭に何かを指示する。
彼らは立礼を行うと、祭壇の反対側から降りていった。
「長い話だが、わざわざ俺とマリスフルーレを見物に来た貴族の方々には急ぐ用事もないだろう。ゆっくりと、聞いていくといい」
ルカ様の声が、朗々と広場に響く。
「東国の魔女。魔女とは名ばかりの暗殺者が、我が国に入り込んだことから、全ては始まった」
「何の話ですか! 私はミュンデロット家の話を……!」
両手を胸の前で組んで、クラーラが言う。
思わず手を伸べたくなるような哀れな様子のクラーラを、ルカ様は心底どうでもよさそうに一瞥した。
「黙れ、女。お前はただの庶民と伯爵家の三男……四男だったか? まぁ、どうでもいい。そんな男の元に産まれた身分の卑しい者だ。俺やマリスフルーレ、ルネス王の許しなく、言葉を話せるような者ではない」
「私はミュンデロット公爵家の、クラーラです! 身分が卑しいなどと、失礼ではありませんか」
「言葉を話せないように舌を抜かれたくなければ、少し、黙っていろ」
ルカ様の冷ややかな声に、クラーラは鼻白んだ。
瞳に涙をためて黙り込む彼女を、メルヴィル様は立ち上がって助けようとはしなかった。
「東国の魔女。暗殺者として仕込まれた女たちは、我が国に救いを求めて逃げてくる亡命者に混じり、今は亡き俺の父や、俺に近づき――あらゆる手を使い篭絡し、暗殺しようとした」
鈴音たちのような魔女を実験体に使い、つくりだされた暗殺者の魔女。
彼女たちは実際に、辺境の街へと入り込んでいた。
そして、その末路はきっと――いいものではなかっただろう。
「それは王国に害をなす者だ。辺境では魔女たちを見つけ次第殺し、その屍をこの場所、この広場で見せしめに焼き、切り裂き、吊るした。多くの魔女がこの場所で死んだが、逃げ延びた者がいた。その魔女は――王国の中に隠れ住み、やがてある一人の伯爵家の息子と出会った」
「……っ」
私は口元をおさえて息を呑んだ。
その先は、言われなくても分かる。伯爵家の息子とは、ローレンお父様の事。
魔女とは、アラクネアの事。
彼らは結託し、共謀し、ミュンデロット家を――。
「魔女は伯爵家の息子を誑かし、権力を手に入れる事を唆した。そうして、ローレンとアラクネアは、ミュンデロット家を奪う事に決めた。ラスティナ様を騙し婚姻を結び、ミュンデロット家に入り込んだローレンは、ゲオルグ様を殺めた」
事実を淡々と話すように、抑揚のない声でルカ様が言う。
お母様の体から漂っていた、甘い花の気怠い香り。
鈴音のお姉様、亡くなった鈴蘭の、蘭花の毒。
お爺様、お母様。それから、国王ディーア様と、王妃ロゼッタ様。
皆若くして体を病み、心を病み、命が失われてしまった方々。
「言いがかりです……そんな、そんなこと……!」
クラーラの声が震えている。
お父様は何も言わなかった。
反論は無駄だと悟っているのか、それとも、罪をようやく自覚したのか、青ざめた顔を両手に埋めて、俯いた。
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