第40話 好きという気持ち
結局いつものように、食事は城の食堂でとることにした。
店頭にあったマフィンを、小麦粉と共にいくつか買って帰ってきた。
城に戻ってから、鈴音は木の実が沢山入ったものを、私はベリーが沢山入ったものをひとつずつ食べた。
そんなに甘くない。果物の甘酸っぱさをしっかり感じる。
「鈴、あの女性のことですが」
食事をとりながら、私は鈴音に先程の女性についてを尋ねてみる。
「あれはエミリア・エンリケ様。ワーテルの街の首長の一人娘です。ルカ様の前では借りてきた猫のように大人しいですし、直接言葉を交わしたのは今回が初めてです」
「そうなのですね。ずいぶんと、失礼な方でした」
「ええ。……ハワード様がここに来た時には、その後ろに控えるようにして静かにしていました。あのような言動をする方だとは、私も知りませんでした」
そう言って、鈴音は目を伏せた。
「ワーテルの街で買い物をしても、差別的な言葉をきいたことはありませんでした。でも、エミリア様のように思っている人も少なくないのだと思います。戦争は終わったばかりですからね」
寂しそうに鈴音が言う。私はなんと返していいか分からずに、言葉を喉につまらせた。
辺境に来たのはつい最近で、東国人でもない私が、大丈夫だと、軽率に言うことなんてできない。
「けれど、鈴は幸せです。マリィ様が守ってくださいました。全ての人に好かれようなんて思いません。私の家族とルカ様と、マリィ様。もう十分です」
「私もそう思います。ルカ様と鈴と楼蘭。私に優しい人たちが笑ってくれていれば、私はそれで、幸せです」
明るい笑顔を浮かべてくれる鈴音に、私も微笑んだ。
「それじゃあ元気になったところで、お菓子を作りましょうか!」
食事を終えると、鈴音がいつもの調子で言った。
街で起こった出来事など、何もなかったかのように明るく振舞ってくれる鈴音に、私は救われたような気持ちになった。
鈴音は、強い。
私も――鈴音のようになれたらいい。
はりねずみの形をして、中に餡子の入っているはりねずみまんじゅうは、とても可愛かった。
鈴音は楼雅君へのお土産にいくつか袋につめてそれを持って帰った。
私を一人でお城に残すことをとても心配していたけれど、私は大丈夫だと微笑んだ。
「やっぱり、護衛の兵や、使用人を増やすべきですね。ルカ様がいるときはいいですが、これでは……」
そう言って帰ることをためらっている鈴音の背を、大丈夫だからと私は押して、家に戻ってもらった。
一人きりでベッドに横になり、天井に泳ぐ魚の絵を眺める。
ルカ様がいらっしゃらないのが、寂しい。
私は――ルカ様が好きだ。
恩人だからということはもちろんある。
けれどそれ以上に、あの明るい声が、優しさが、気遣いが。
私に触れる手が――そして時折感じる、感情の抜け落ちてしまったような欠落が。
全て――好きだと思う。
「早く会いたい……」
口に出してみると、その感情がじんわりと体に広がっていく。
エミリアさんに鋭い言葉で責められた時は、ルカ様のご負担になるのならいつでもお傍を離れようと思った。
けれど今は、それを考えると、胸がきりきりと痛んだ。
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