第35話 悲報

 

 初めの日こそ眠ることが怖かった。

 けれど毎日ルカ様が私を抱きしめて眠ってくださるので、それはまるで幼子の入るゆりかごのようで、安心して眠れるようにもなった。


 静かで満ち足りた日々は、まるでお母様が生きていたころのミュンデロット家に戻ったようだった。


 王妃ロゼッタ様の悲報が届いたのは、私がルカ様の元に来てから数週間後。

 あっという間の数週間だった。その間に楼蘭は挙式の準備をしてくれていて、私は鈴音と共に婚礼の衣装を服飾屋の方を呼んで相談したりと、忙しく過ごしていた。

 婚礼の儀式が終われば、正式にルカ様の妻になれる。


 そう思うと待ち遠しいような気もしたし、けれど今の穏やかな関係がずっと続いてもいいとさえ、思うようになっていた。

 私は、ルカ様の傍に居たい。それがルカ様の望む形であれば、どんな形でも構わなかった。


「ロゼッタ様のお加減は、陛下が身罷られてからずっとよくないようだったからね。……やはり、駄目だったか」


 辺境伯家に届いた王家からのお手紙を読みながら、ルカ様が言う。


「葬儀があるようですね。ゼスティア辺境伯家としては、欠席するわけにはいきません」


 執務室のソファに私は座っていて、ルカ様と楼蘭の話を聞いていた。


「あぁ、そうだな。もうすぐルネスの即位の儀があるというのに、息子の晴れ姿を見ずに逝かれるとは、無念だったろうね」


「ええ。――残念なことです」


「あぁ。とても残念だ。ルネスが話したいと、俺を呼んでいる。気が重いけれど、王都に行かなくては」


 ルカ様はそう言うと、深い溜息をついた。


「……ロゼッタ様は、私の恩人です。そう言ってしまうのは、烏滸がましいですけれど。デビュタントの日、一人きりで震えていた私に、ミュンデロットの跡継ぎなのだから顔をあげなさいと声をかけてくださいました」


「そうなんだね、マリィ。俺も、参加していればよかったな。そうしたら、その場からマリィを連れ出せたかもしれないのに」


「ありがとうございます、ルカ様。色々ありましたが、私は今、ルカ様の元で、幸せです。過去のことはもういいのです。でもせめて、献花をさせていただきたかったです」


 私は葬儀には参列できない。

 ゼスティア家にいる私はとても平和で穏やかに暮らすことができているけれど、私の醜聞が消えたわけではないのだから。

 王家にとって、私はメルヴィル様を裏切った最低な女だ。

 そんな私が、葬儀に参列できるわけがない。


「マリィの分まで、献花をしてくるね。本当は、行きたくないけれど。……一緒に連れていけなくて、すまないね」


「大丈夫です。お気づかいありがとうございます」


「俺は、君が一緒の方がいい。本当は。でも、君が言葉で傷つけられるのは嫌だから」


「マリィ様、鈴音と共に待っていてください。あなたが傷つけられると、ルカ様が穏やかでいられなくなってしまうでしょうから。マリィ様はきっと大丈夫です。でも、ルカ様が大丈夫ではない」


「それはそうだよ。大切なマリィが傷つけられて、落ち着いていられるわけがない」


「王妃様の葬儀で、問題を起こされては困りますからね」


 ルカ様も楼蘭も、私にとても気を使ってくれている。

 ともに連れていけないことを、私が気に病まないようにと。

 私は大丈夫だと頷いた。そんなことで拗ねたりしない。

 自分の立場を嘆くこともない。

 私はここで、十分に――幸せなのだから。


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