第25話 あたらしいマリスフルーレ
浴槽の洗い場で、鈴音は私の伸びすぎていた髪を切ってくれた。
鈴音は「せっかく美しいのにもったいない」と言っていたけれど、私が「短くしたい」とお願いした。
髪も服も身に纏うもの全てが、ミュンデロット家で起こった出来事の残滓のように感じられて重たかった。
足元まで届きそうなぐらいに長い髪を背中のあたりまでにしてもらう。前髪も目の上までの長さに切りそろえて貰った。
それだけでとても頭が軽くなった。
髪を切ってもらいながら、鏡に映った自分の姿を、久々に見た。
私の顔の傷は思ったよりも薄く、想像していたよりも酷い顔ではなかったので安堵した。
綺麗に手入れをしてもらったからだろうか、薄汚れた襤褸布とばかり思っていた私の姿は、肉付きの少し悪いだけの普通の女のように見えた。
どことなくお母様に、似ている気がした。
鈴音は水色の綺麗なドレスを私に着せながら、サイズを合わせるために所々縫い直してくれる。
その手つきは手早く、とても器用だ。
関心していると、「縫物は得意なんですよ。東国の女は、縫物で生計をたてるのです」と言っていた。
編んだ髪に、水色のネモフィラを模した髪飾りをつけてくれる。
「王国の人々はコルセットをするでしょう? 私はあれを一度嵌めてみたことがあるのですが、何かの拷問かと思いましたよ」
「東国には、コルセットはないのですか?」
「はい。ありません。そうそう、最近ワーテルの街に美しいレースの下着屋が増えてきたのです。素敵なデザインの寝衣も売っていて、あぁ、マリスフルーレ様に何を着ていただこうかしら、お買い物が楽しみです」
「あの、鈴……私、動きやすい服が一枚あればそれで……」
「それはいけません。私の可憐な姫様を着飾らせたいと思うのは当然ではないですか。それに、ルカ様にはどれ程お金を使っても構わないと言われていますからね」
「でも、あまり贅沢をするのは、よくないです」
「尊い身分の方は贅沢をしていいのです。マリスフルーレ様が嫌だと言っても、贅沢はしていただきます。新しい婚礼着も作らないといけませんね、楽しいですねマリスフルーレ様」
「鈴、私……」
「気に病まれるというのなら、お仕事をしていただきましょうか。ルカ様がちゃんと仕事をしているか、見張るという仕事です。今までは楼蘭が行っていましたが、マリスフルーレ様に代わって頂くと、とても助かります」
「は、はい。わかりました」
――ルカ様の仕事を見守るのが、私の仕事。
それだけで、いいのだろうか。
もっと他になにかできることがあればいい。
助けていただいた分の恩を、返したいと思う。
「マリィ! なんて美しくて可憐で愛らしいんだ! まるで湖に舞い降りた妖精のようだ!」
突然扉が開いたと思ったら、ルカ様の明るい声が響き渡る。
鈴音は私の首に首飾りをつけていた手を止めると、真っ直ぐに私の元へと駆け寄ってきて抱き上げようとするルカ様に、「そろそろ本当に怒りますよ」とにこやかに言った。
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