第12話 大広間での騒動



「あら、お姉様! こんな場所で一人きりでいるなんて。あまりにも地味なので、壁にうつった影かと思って気づかずに、ごめんなさい」


 媚びる様な甘い声に私の意識はひき戻される。

 私の前に、立派な身なりの青年を数人引き連れたクラーラがいつのまにか立っていた。


「皆さん、お姉様はいつもお屋敷に籠っていて外に出たがらないの。地味なドレスばかり着たがりますし、今日だってまるで給仕人のようでしょう? 華やかな社交界が、苦手なのですよ」


 クラーラは明るくよく響く声で言う。

 私を心配しているよくできた妹のように、悲しそうに眉を下げた。


「お姉様の周りだけ、じめじめと梅雨時のように湿っているかのようですね。お母様を亡くされたせいか、お姉様はいつもこの調子なの! 皆さん、可哀想だと思って、お姉様の相手をしてあげてくださいな」

 

 傍にいた青年たちが、嘲るように笑いはじめる。

 クラーラの腰に手をまわしながら「妹はこんなに華やかで美しいのに」と青年の一人が言った。「こんな薄暗くて陰気な女よりも、クラーラ、君がいい」ともう一人の青年が言う。


「でも、可哀想に。デビュタントだというのに誰からも声をかけられずにひとりきりでいるなんて。俺と踊るかい? 最も、君がダンスを知っていればの話だけれど」


 薄笑いを浮かべた青年が私に手を伸ばす。

 腕に触れられそうになった私は、思わずその手を思いきり払った。

 ――寒気がする。気持ちが悪い。

 ミュンデロット公爵家は、爵位だけで言えば今の状況がどうあれ、王族に次ぐ位の貴族である。

 彼らがどういった素性の方々か知らないけれど、無断で私に触れていい立場ではない筈だ。


「お前のような貧相な女の相手などしたいはずがないだろう。せっかく哀れんでやったのに、何だその態度は。調子に乗るな!」


 手を払われた青年が、私の腕を捻りあげる。

 私は痛みに顔をしかめながら、その青年を睨みつけた。

 悔しい。どんなに強く在ろうとしても、腕力では男性には敵わない。

 ミュンデロット公爵家の長女という肩書があるだけの、何も持たない無力な自分が腹立たしかった。


「……やめろ。見て居られない」


 私を掴んでいた青年の手が、軽々と払われる。

 そこにいたのは、先程壇上に並んでいた二人の王子の一人、第二王子のメルヴィル様だった。

 メルヴィル・ローゼクロス様。

 国王に似た赤みがかった金髪と、涼し気な水色の瞳の方だ。

繊細な雰囲気のあった第一王子のルネス様よりも快活そうな印象をうける。


「先程我が母が、マリスフルーレはミュンデロット公爵家の正当な後継者だと言っていたのが聞こえなかったのか? お前の身分はなんだ。マリスフルーレにそのように触れる権利があるのか?」


「で、殿下、もうしわけありません……!」


 メルヴィル様の詰問するような口調に、私の手を捻っていた青年は青ざめながら後退る。


「いや――身分などは関係なく、女性に暴力を振るうことは許されない」


 メルヴィル様が厳しい声で言う。

 クラーラは大きな瞳に大粒の涙を浮かべた。


「ごめんなさい! お姉様が心配で、私が余計なことを言ってしまったから……! ダンスに誘われただけなのに、お姉様がこんなに怒って失礼な態度を取るとは思わなかったんです……全部私が悪いんです、ごめんなさい!」


「……それは、違うわ」


「いいんです、お姉様! 悪いのは私、お姉様はすこしも悪くないわ……!」


 私が怒ったのは、許可もなく肌にふれられたからだ。

 ダンスに誘われたからではない。

 否定しようとした私の言葉を、クラーラの声がかきけした。

 大粒の涙をためて自分が悪いと繰り返すクラーラを、取り巻いている青年達が支える。

元々可憐な容姿をしているクラーラがそうして泣いていると、より一層可憐に見えるようだった。

 メルヴィル様は困惑したように眉を寄せる。


「もういい。祝いの場で揉め事を起こすな、下がれ」


 メルヴィル様は、軽く頭を振ったあと言った。

 青年達に支えられて離れていくクラーラを見守るメルヴィル様は、彼女に同情しているようにも見えた。


「……マリスフルーレ、怪我は?」


「問題、ありません。……メルヴィル様、騒動をおこしてしまい、申し訳ありませんでした」


 メルヴィル様が立ち去らないことに戸惑いながら、私は頭を下げる。

 捻りあげられ、赤く腫れた手首を見られたくなくて、手を後ろにまわしてそっと隠した。


「助けていただき、感謝します」


「怖かっただろう?」


「……大丈夫です。全て、私がいたらないせいです。お恥ずかしい、限りです」


 メルヴィル様は気遣うように、そっと私の腕に触れる。

 先程見知らぬ青年に触れられたときは激しい嫌悪感があったのに、メルヴィル様に触れられても嫌とは思わなかった。


「可哀想に。怪我をしている。……王家の馬車を出そう。君の同伴者は帰る気はないようだから、一人で先に公爵家に戻りなさい。ゆっくり、体を休めて」


「申し訳ありません……」


 私は俯く。

 メルヴィル様は私を気遣い家に帰そうとしてくれているのに、この場所に私は相応しくないから追い出されるのだなと漠然と考えてしまう自分が嫌だった。


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