第10話 デビュタントに向かう道


 

 最近の社交界の主流は、極楽鳥からむしり取ってきたような鳥の羽がついた帽子らしく、クラーラもアラクネアもお互い競い合うように大きな羽のついた帽子を被っている。

 幾重もフリルが重なったいかにも動きにくそうなドレスを着ているクラーラと、胸元が大きく開いたやや下品なドレスを着たアラクネアと、侍女の服をいくらか飾りつけただけ、というような灰色のドレスを着せられた私は、同じ馬車に乗って城へと向かっていた。


 公爵領と王都はさほど離れていない。

 馬車で数日程度の道程で、王都に到着するとミュンデロット家のタウンハウスに泊まる。

 タウンハウスの端にある小部屋で一晩を過ごし、朝を迎えると、使用人たちによって着替えが行われた。

 それから、馬車へ乗ったというわけだ。


 同じ馬車に乗せられるのは不思議だったけれど、私と別に乗るために、馬車を二台用意できなかったのかもしれない。

 ミュンデロット家の財政は、恐らく切迫しているのだと思う。


 城の大広間で、貴族の子供は十五歳になると王家へ挨拶を行う。

 それは社交界に入るための挨拶であり、貴族同士の力関係の把握と、結婚相手をみつけるという意味もある。


 昔は王が同席をして、好みの娘を後宮に入れるという意味合いもあったのだけれど、何代か前の王が後宮に娘を入れ過ぎ、財政を逼迫させたということもあり、今は行わなくなっているそうだ。


 お爺様の書棚にある王国史には、そういったことが案外赤裸々に書かれている。

 クラーラとアラクネアが話す声を聞きながら、私は押し黙ってそんなことを思い出していた。


 お父様は一緒には来ていない。王家から叱責の手紙を貰ったお父様は、王妃様に会いたくないのかもしれない。


「第一王子のルネス様は、今年で十九歳。第二王子のメルヴィル様は今年で十七歳。お二人ともまだ決まった婚約者はいないそうよ」


「まぁ、そうなのね」


「クラーラと年が近いのは、メルヴィル様ね。けれどクラーラほどに可憐な子は他にいないのだから、ルネス様の目に留まるかもしれないわ。そうしたら、あなたはこの国の王妃になれるのよ」


「いやだ、お母様。私にはそんな役割は務まらないわ」


「なんて謙虚な子かしら! 大丈夫よ、クラーラならきっと出来るわ。ルネス様もメルヴィル様もきっとクラーラの美しさに虜になるに違いないのだから、今からどちらがいいのか考えておきなさい」


「そうね、お母様。私はルネス様がいいわ。メルヴィル様は第二王子でしょう、国王にはなれないもの」


 お爺様の書棚を読めば昔の歴史について知ることはできるけれど、現在の時勢については、五年前の記憶のまま時が止まってしまっている。

 ある程度のことはかつての使用人たちが教えてくれていたけれど、五年も前だと記憶も薄れている。

窓の外を眺めながら、二人の王子の名前を心の中で繰り返した。


 ルネス・ローゼクロス様が第一王子。つまり次期国王。

 メルヴィル・ローゼクロス様が第二王子。


 関わることはないだろうけれど、名前だけは記憶しておこう。

 挨拶をしなければいけないかもしれない。


「でも、もしかしたらお姉様がルネス様やメルヴィル様に見初められるかもしれません。私、心配です。お姉様のような性根の捻じれた方が、この国の王妃になるかもしれないと思うと」


「あら、クラーラ。そんなことがあるわけがないじゃない。クラーラを差し置いて、こんなみすぼらしい鼠のような女が選ばれるなんて」


「それもそうね、お母様!」


 青空には、白い雲が流れている。

 上質な革が張られた馬車の椅子には羊毛が沢山入っていて、馬車の揺れから体を守ってくれている。

 かつては言い返していた私だけれど、最近はそれもしなくなってしまった。

 口を開かなければ、罵倒はやがておさまることを覚えた。


「お姉様、何も言わないのね。屋根裏にいる間、誰にも相手にしてもらえずに、言葉を忘れてしまったのでしょうね」


「それではまるで、木偶だわ。屋根裏の鼠は言葉も話せず、耳も聞こえないのね」


 そんなことを言いながら、おかしそうにけらけらと笑う二人の声を聞いていると、いつの間にか城に到着していた。



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