第63話 主人公は記憶喪失になりがち



「回想に割り込まないでください! …………あれ?」


 回想から目が覚めると、視界には見知らぬ天井……ではなく、保健室のそれが出迎えた。どうやらいつのまにか眠っていたらしい。窓から入って来る光は、既にオレンジ色に染まっていた。

 確か入り込んできた記憶の最後にナツキ先輩がコメントしてきて……


 そう、ボクと先輩は今と同じく……ずっと一緒だったんだ。

 それなのに…… 


「……どうして」

「『気絶の後、見知らぬ天井』……は定番じゃぁないかな?」


 ベッドの傍ら、片手で本を読むナツキ先輩がすぐに返した。


「いや、天井じゃなくて」

「ツッコミの冴えは変わらないねぇ。カタにハマってるというのに、世界に影響はないようだ。安心安心」

「…………永井と嵐山さんは?」

「何か手がかりがないか探してくるってさ」


 ナツキ先輩の瞳はくすんでいる。

 記憶で見た先輩と一緒に見えるが、雰囲気はやっぱり少し違う。ボクの意識の中だから……なのだろうか。


「楽しかった……はずなんです」

「そうだねぇ」

「部員は少ないけど自由だったし、フリーダムそのものな先輩もいましたし」

「ちょっと引っかかるけど、そうだねぇ……」


 謎がある。

 『後輩』という存在から、『正ハジメ』という自分は取り戻した。断片ながら、記憶も戻った。でも、それでも根本的なことがまだ解決していない。

 それはこの世界であり、ボクそのものの謎。


「先輩……ボクは、ボクはどうして、全部忘れて……」



『ループしてるんだよ、この世界は。だってここ、君の意識の中だもの』



 世界がループしているというなら、繰り返されているというのなら、ボクがボクの意識に沈んでいるというのなら、



「ボクはどうして…………なんでここにいるんですか」


 

 本来の自分の記憶を少しずつ取り戻すことで、謎が謎を呼ぶ。これじゃまるで、記憶喪失の主人公だ。


「『物語の主人公は記憶喪失になりがち』……どうやってもハジメ君は、カタにハマる運命から逃れられないらしい」


 やれやれ、と……先輩は本を閉じた。

 脚を組み、そして組んだ腕で頬杖をついて、こちらをまじまじと見つめる。瞳は揺れ、自嘲気味に笑う。夕日に照らされた彼女の表情は、どこか悲しそうで。


「もう何度も繰り返したせいで、記憶は朧気だけどね……君は、ずっと眠ってるんだよ。病院のベッドで」


 意識下の話。

 そして繰り返される1年生のボク。


 ナツキ先輩の言うことに、今更嘘はないだろう。


「病気……ですか?」

「さてね……病気だったか、事故だったか。私も、もうはっきりとは憶えていないんだよ」


 ボクが知らないだけで、ナツキ先輩は何度も『ボク』と過ごしてきた。その間に、記憶は擦り切れてしまったのだろう。


「今でも憶えているのは、ベッドの傍らで君が目覚めるのを待ちきれなくて、伝手を頼ってオカルトな手段に出たってことかな」

「なんとまぁめちゃくちゃな……」


 ナツキ先輩ならオカルトに足を突っ込んでいても不思議ではない。それに今この空間、世界が非現実なら余計に合点がいく。


「失った記憶の補完には検証と体験がちょうど良かった。だから現実と同じく、私は君を連れ回したのさ。内容は現実と違うこともあったけど」

「だから文芸部なのにほとんど執筆してなかったんですね……」

「君が鈍感クソボケ主人公でなければ、もう少し展開は早かったんだがね?」


 そう言われましても……

 ともかく、多少記憶がフワフワしてても自分が何者か思い出せたなら前進だ。


「おかげでカタにハマってしまって、以降ループしてしまった。だがハジメくんとして確立したからには、あとは進むしかない」

「……そうですね。で、何をすれば?」

「おいおいおい、私たちは文芸部だよぉ? だったらやることはひとつさ」

「世界でも救います?」

「執筆だよっ⁉︎」


 クソボケに対するツッコミ、いただきました。

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