第62話 覚醒する時、回想入ったり入らなかったり


 それは……正一ただしはじめの、いつかの記憶。

 そういえば、覚醒する時ってフラッシュバックしたりするよね……でもこの回想、りはなぜか酒臭い。


「先生……いつも言ってるじゃないですか。ボクはただしハジメだって」

「ただしはじめより呼びやすいだろー」

「ならでいいじゃないですか……?」


 先に部室を開けて先輩を待っている間に、気まぐれでやって来た真田先生に絡まれていた。もう部室に来た時点で出来上がっているのだから始末に負えない。


「なんだなんだ、ナツキにはショーイチって呼んでもらってただろ?」

「先輩は別です」


 悪い気はしない。

 ……しなかったんだけど、結局飽きたのか最近は「ハジメ」呼びに戻ったんだよね。


 後輩くん→ハジメくん→ショーイチくん→ハジメくんである。初期設定で名前はきちんと決めてほしいものだ。


「大体、先生今日はバレー部の方に行くんじゃなかったんですか?」

「気分じゃなうぃ」

「とか言ってぇ、ほんとはお酒取り上げられるから逃げてきたんじゃないんですかー?」

「…………」


 黙秘権行使。

 真田先生は酒を煽る。


「うーん、不良教師」


 入った時は部員はボク含めて2人だ、顧問は飲んだくれだ、と怪しさ満点だったもののナツキ先輩に言いくるめられて今に至る。それでもなんだかんだ居心地は良い。


 作品のための取材だー……とか言ってフィールドワークに付き合ったり、たまに永井や嵐山さんも巻き込んで馬鹿やらかすのも楽しいから充実している。


 まぁ……体育祭と文化祭、クリスマスイブと正月は調子に乗ってたら風邪ひいて休んだから、来年は楽しみたい。来年までは先輩にこのネタを弄られるんだろうなと思いつつ。


「──おや、今日は珍しく先生もいるね」

「あ、先輩!」


 初対面で見たふわっとしたパーマ……は寝癖なのか外ハネしたまま放置。「楽だから」という理由で着崩したブレザーに、ベージュのカーディガンを羽織った少女。徹夜だったのか、目の下にはクマがうっすらしているが、瞳の奥には光が灯っている。


「ぉおーハジメくん、酒乱の相手ご苦労」

「寝不足ですか?」

「締め切りが近くてねぇ。もし居眠りしたらハリセンで頼むよ」


 そう言ってナツキ先輩はボクにハリセンを渡して、部室の隅でキーボードを叩き始めた。ハリセンで起こしたことなんて、ないんだけどね。

 部屋に響く小さな打音と、ボクが淹れたなんの変哲もないコーヒーの香りだけが部屋を包む。その静寂の中にアルコールが混じっているのは変なんだけど、真田先生だからしょうがない。


「いたぞ、真田先生だっ!」

「げっ、バレー部」


 静寂を壊すように、ナツキ先輩のライバル(自称)である天海さんが現れて、飲んだくれを連行していく。


「何しにきたんだろ、あのひと」

「あれでも生徒のことが心配なのさ。さて、もう少し頑張ろうかな」


 ボクがページを捲る音と、先輩がタイピングする音。外からは部活に勤しむ生徒の声。そんな毎日だ。


 物語を紡ぐ先輩の姿は、なんとなく好きだった。好きだったから、自分もそうなれるかなと思った。


「先輩」

「なんだい?」

「ボクも、何か書いてみていいですかね?」

「あぁ……やってみるといい」


 先輩は目を合わせることはなかったけど、いつもと変わらないように見えて、どこか嬉しそうに微笑んでいた。


 これは……文芸部の後輩、ただしハジメの記憶。

 たった2人の文芸部の、『後輩君』の記憶。


 何故忘れていたんだろう。

 どうして、憶えていなかったんだろう。

 入部届から流れ込む記憶は、確かにボクのものだ。



 ずっと前から……ボクと救世ナツキあのひとは、

 『部活の変な先輩と常識人系後輩』というカタにハマっていたのだ。






「常識人系後輩っていうのは、やっぱりちょっと過大評価な気がするけどねぇ」

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