第61話(後編)記憶を取り戻す時、覚醒するらしい



「ハジメの名前? ハジメじゃね?」

「苗字のことよ、バカね」


 さっそく第1村人……ならぬ第1クラスメイトと遭遇。新田くんと志麻さんだ。いつもと変わらなくも見えなくないが、二人の距離感が前より近い気がする。


「苗字ぃ? ……あれ、なんだっけ?」

「もぅ、抜けてるわね。あれよ、ほら……あれ?」

「お前もじゃねーか! ハッハッハッハッハ!」

「うっさいわね、ちょっとド忘れしただけよ!」


 夫婦漫才よろしく、ボクら4人の前で男女がイチャついている。何を見せられているんだろう。あぁ、まずい。永井が白目を剥いている。


「くそ、ラブコメに当てられたか!」

「衛生兵〜」

「ぐだぐだだねぇ」


 出鼻を挫かれた形ではあるが、まぁいい。

 その後もナツキ先輩との検証で関わってきた人たちや、クラスメイトへ聞き込みをしたのだが……


「自己紹介で聞いたけど……どうだったかなぁ」

「受けってことは覚えてるけど」


 丸野さんと南雲さんに聞いてもこれといった手がかりはない。というか、何か変なことを聞き逃した気がするんだけど…………


「後輩君の名前? いや、知らないな。すまない」

「庶民の名前なんて覚えていませんわ!」

「ごめんね、なぜか後輩君ってしか覚えてなくて」


 竜胆さん、瑠璃垣さん、白百合さんに聞いても勿論知らない。またカタにハマりそうだったので急いで退避。


 結局他の人に聞いても分からずじまい。自分の名前だというのに。


「わかんないかぁ」

「本人がわからないものを他人が知っているかというとねぇ」


 午後の空は変わらず青い。

 グラウンドの方からは部活に打ち込む生徒の声。いつもと変わらない風景とBGMが続いている。


 窓の外には、カタにハマった風景が流れて……


「うぃ〜花見酒ぇ〜っと」


 一気にアルコール臭くなったんだけど。茶色の一升瓶に千鳥足。最近登場が減っていたのは世界が持て余したせいなのか、それともボクの無意識が避けていたのか……我らが顧問、真田先生が目の前を通る。


「うぉ〜文芸部どもぉ、お前らも飲むかぁ?」

「校内飲酒……」


 この先生にモラルは通用しないらしい。

 今更ながら水の代わりに常飲してそうだと思ってしまう。


「春の陽気ね〜」

「謎の存在っすよねぇ、酒飲み教師」

「おらおらぁ、目上の者をうやまえー!」


 赤ら顔で言われてもなぁ。

 説得力のかけらもない先生だが、ボクらの様子を察してか、のろのろした足取りでこちらへ寄ってきた。


「なんだなんだぁ、青春真っ只中でお悩み中かぁ?」

「うわ酒臭っ……お悩み中というか、先生、ボクの苗字ってわかります?」

「知らなぁい」


 ダメ元だったけどね、仕方ないか。

 一升瓶を煽った先生は、しゃっくりをひとつ置いてから続ける。


「だって名前なのか苗字なのかどっちか覚えてないしー。なんだっけ、ショーイチだっけ?」

「……は?」

「お前は後輩ー、部長は先輩ー」

「ちょ、先生! ボクの名前のこと知ってるんですか⁉︎ ショーイチってなんですか⁉」

「んぁ⁉ 入部届出したのはお前だろぉー」

「どこにあるんですか!」

「うぇっ? あたしの机のどこか……でも、散らかっててわかんないや」

「先輩!」

「でかしたよ先生、この前のやらかしは揉み消してあげよう!」

「職員室だ、走れ!」

「急げ急げ〜」


 意外、ヒントは先生が持っていたのだ。

 ボクらは駆ける。障害物のない廊下を。誰も咎める者はなく、ただひたすらに。


「失礼しまっすッ!」


 やや汗ばむ陽気、ノックもせず開けた職員室から冷えた空気が毛穴を締める。


 そこは、伽藍堂がらんどう

 授業の用意や、どこかへ電話を掛ける教師の姿はどこにもなく、撮影のセットのようにきれいに人がいない状態。


「む、無人……?」

「君の記憶には職員室のイメージが少なかったんじゃないかな? カタにハマった姿なら、コーヒーの匂いくらいはしそうだけどねぇ」


 埋め合わせたイメージと自分の記憶で歪んでいるんだろうか。


「そんなことより、真田先生の机よ〜!」

「嵐子さん、あれじゃないっすかね……?」


 永井の指差した先、並べられたデスクの中でも、書類や本でカオスな空間となっているエリアがあった。


「あれだ!」


 ゴミのやm……じゃなくて、ボクのの手がかりとなる宝の山だ! 明らかに提出期限を過ぎた書類などをかき分けていく。デスクの上にはない。ならばと今度は引き出しを漁っていく。


「取っ散らかってるねぇ」

「誰かさんも負けてませんよ!」

「うわ、机の中も酒くさっ」

「カオスね~」


 そして、ファイルを探っているとようやく文芸部の入部届の入ったそれが見つかる。薄いファイルの中に用紙は2枚。


 救世くぜナツキ


 もちろんご存じ、先輩だ。1年経過しているためか、やや色あせたその紙の下に、もう一枚。答えは意外な所……でもないか、先生が持っていてもおかしくないし。



 部活動名 文芸部

 生徒氏名 正一ただしはじめ


 ――――ただし……はじめハジメ


「ただし、はじめ…………!」


 刹那。

 欠けていた…………いや、失っていた自分の一部が目覚る。

 記憶の視界、目の前にいたのは変わらず飲んだくれの顧問だった。



『うぉーいショーイチぃ! 今日もナツキといちゃついてるかぁ?』

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