第61話(前編)記憶を取り戻す時、覚醒するらしい


「苗字かぁ……」


 ようやく名前を思い出したが、それは半分。もう半分、苗字を思い出さなくてはボクは完全に取り戻したとは言えない。


「この部室のどこかに残ってないんですか……例えば、入部届とか」


 提案してみたものの、先輩は首を横に振った。


「ループする度に部屋にある物の配置も変わるからねぇ。どうだか」

「この部屋の本って、ハジメに関する奴があるんすか?」

「分からない。あるかもしれないし、ないかもしれない」

「とにかくしらみつぶしに調べるしかないわね~」


 ひとまず、悪友コンビ達と部屋の本棚にある本を一冊一冊漁ってみる。最初にボクが記憶を思い出した自作も手に取ってみるが、肝心の名前がない。ペンネームすら考えてなかったし当然か……


「お、この本続き出てたんだ!」

「あら永井君も本読むのねぇ」

「ちょっと二人とも……」

「ちょっとだけだからさ!」


 永井が話題のライトノベルを開き、続いて嵐山さんも小説を手に取って読み始めてしまった。


「んもぅ……」

「意外と本の中にヒントがあるかもね。君の意識の中なんだから」

「ホントに?」

「さぁ?」


 先輩もゆっくりと本を取り出し、中身を捲り始めた。


「小説の中にぃ……?」


 否定するだけはダメか。

 何事もチャレンジだ、先輩が検証していたように。ヒントがあれば儲けもの、なければそれだけだ。


「触ったことのないエリアを……っと」


 なんとなく、適当に本を取り出す。

 赤髪の少女が剣を構え、背中を合わせるように黒髪の少年が後ろに立つ表紙は、それだけでファンタジー要素のある物語と教えてくれる。


「う~ん……ボクに関する要素はないなぁ」


 中二病の少年が本物の戦うヒロインと出会って…………な話はいいんだけど、生憎今のボクには関係のない事である。


 ん……? こんな2人をどこかで。

 珍しく表紙にタイトルがない。本を傾けその先、白い背表紙にはタイトル『緋色の戦記スカーレット・クロニクル』。


 刹那……駆け抜けるように、記憶が蘇る。



『読みたいものが決まらない?』

『選択肢が多いと逆に迷うといいますか……』

『ふぅん……じゃあとりあえず、ライトノベルを読んでみるといいよ。私も最近読んだけど、これなんていいかもね』



 入部して、最初に読んだのがこれだったんだ。

 火村ひむらさんと夜宵やよいくん…………あの2人はカタにハマったボクの埋め合わせだったのか……! 考えてみれば、普通の高校で夜に剣戟アクションが起きてたなんておかしい。なぜ気づかなかったのか。

 

 あ、カタにハマってたからか。


「どうかしたのかな?」

「ちょっと昔を思い出しまして」

「苗字か⁉」

「いや、この部活で最初に読んだ本」


 懐かしい思い出は蘇ったものの、目的の名前に繋がる情報ではない。その後も本を漁ってみたが、どうやらヒントはない。取り出した本が積み木のように重ねられている。


「困ったわね~」

「部室内にヒントがない、ということが判明しただけでも第一歩さ。今まではここまで来られなかったからねぇ」


 ナツキ先輩、非常にポジティブである……散らかった本はボクが片づけるんですけどね。さて、困ったぞ。一体ボクのヒントはどこにあるのか。


「別に部室じゃなくても、他の人に聞けばいいんじゃね?」


 何気ない友人の一言。

 そうか、聞けばいいんだ。


「さっすが永井。マイフレンドだけはある」

「褒めろ褒めろ」

「じゃあハジメくんの関わってきた人に聞いてみましょ~」


 そうしてボクらは、散らかった部室を後にした。

 片づけは……後回しだ!


 







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