第60話(前編)特徴がないのが特徴のキャラクターは意外と特徴がある
「さて、前回からの続きなんだけど……」
文芸部室へ戻ると、さっそくコーヒーを作らされて先輩へ献上。やっすいインスタントコーヒーの香りが部屋に充満させつつ、彼女は切り出した。
「ループから抜けるとか抜けないとか、ですよね」
「そうそう。大事なトコロだねぇ」
ストレートは苦かったのか、ナツキ先輩は眉を寄せた。
「カタにハマらないように……って、よく意味が分からないんですけど」
「まずなぜカタにハマってしまっているのか? それは君が君自身をまだ完全に思い出してはいないからだよ」
自分自身かぁ……
『ハジメ』ってことは思い出したんだけども。
「記憶にない事は何かで補うしかない……つまり君は空白の部分を埋め合わせようとカタにハマった事象でそれをした、ということさ」
「なんだか急に壮大になってきましたね」
「おいおい、君が目覚めるかどうかの話なんだよぉ?」
そう言われても……
というより、ボクはどうして眠っているんだろう? 事件? 事故? それとももっと別の何か?
「緊張感がないねぇ」
「まぁ、なんだかんだ1年気付かずやってきたもんですから」
それもそうか、と先輩はひとり納得しながらコーヒーを飲み切る。
もっとループしていたのかもしれないけど、今あるのはこの1年間の記憶だけだ。説明を受けている現在も、正直実感はない。だけど、『ハジメ』というボクがどんな風に生きてきて、どんな風に先輩と関わって来た記憶も曖昧ではある。春夏秋冬過ごしてきたものの、イマイチぼんやりしているというか。
考え込んでいるボクに対し、先輩はまた本棚を物色している。
「記録はしたかったんだけどね、ループする度に消えるから困っていたんだ。自分の手元にあるものくらいしか引き継げなかったからねぇ。ほらこれ」
またまた本棚から重要書類でも出されるかと思いきや、手渡されたのは赤いハードカバー。
――
「……なーんか前にも見たことあるような」
「君の世界なんだから当然だろう。筆者名は違っていたかもしれないけどね」
先輩、救世ナツキっていうんだ……救世先輩って、なんだか言いにくいなぁ。もしかして『ナツキ先輩』って呼んでたのは、それ?
「さっさと目を通したまえよ」
「あ、はい」
早速捲ってみたものの、
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」
「……真っ黒なんですけど」
「何度か試しているんだけどね、引き継げるのは結局当人の中にある記憶のみなのさ」
自分のこめかみを指でつつきながら、先輩は苦笑する。確かに記憶を持ち越せないなら、ボクに気づかせるのは難しいのかもしれない。
「けれど前回、そして今回は明らかに反応が違う。君は創作をして、記憶が戻りつつある。良い兆候と言えばそうなんだけど……」
「ど?」
「思い出せなければ君はまた記憶の穴埋めのためにカタにハマるというわけさ」
真っ黒なページを閉ざし、先輩はボクから本を取り上げた。そしてゆっくりとそれを棚へ戻すと、小さくため息。
「だからまずは、君という存在を定義して『後輩』というキャラクターではなく『ハジメ』という存在に固定されなければならない」
「小難しい話ですね……もっとこう、分かりやすく表現してもらえません?」
「それでも文芸部員かい?」
さもありなん。
しかしボクはどちらかというと消費者側なのだ。自分で書くより先輩の作品を読む方が好き。好意前回の眼差しを送ると、先輩は呆れつつもスマホを取り出した。
「……要するにキャラクターの掘り下げさ。『ハジメ』という君のね」
「ちなみに先輩から見たボクのイメージってどんなです?」
素早く操作を終えると、先輩はこちらを見て、
「『特徴がないのが特徴で癖のあるキャラ達に振り回される普通の高校生』……と思っている自分も変なツッコミ系男子」
めんどくさい奴だな……
って、ボクのことそんな風に思ってたの⁉ これだけ巻き込まれればツッコミ系にもなるよそりゃ。特徴は……別にないし、この前まで後輩系キャラだったんだからなぁ。
「と言っても、これはあくまで私から見た君の一側面でしかない。年齢相応に悶々としたり、私へ真っ直ぐな行為も向けてくれる可愛い少年だ」
「真剣な顔で言われても恥ずかしいんですが」
事実だろう、とナツキ先輩は口角を上げた。
この人はホントに……!
「だから私だけだとイメージが偏るから助っ人を呼んだのさ」
「ちゃーっす! 悪友枠やってきました!」
「ヒロインの悪友枠も来たわよ~?」
振り返った先、部室の入り口には
「キャラ立ちは大事だからねぇ、さぁ掘り下げてみようか」
第1回、ハジメ君掘り下げ開始である。
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