第58話(前編) 卒業式は知らない名前を知る機会
「卒業生一同……起立、礼」
すでに受験や就職活動を終えた3年生が、久々に登校した。ボクは3年生とは縁がなかったけど、当事者にとっては卒業という大きな行事の日だ。卒業証書の授与、祝辞など進行していく。
そして送辞に移り、見知った顔がひとり、壇上へ現れた。
「送辞―― 」
さすがは女優というか……嵐山さんが緊張する様子もなく送辞を述べている。澱みなく言葉を紡ぐあたり、台本に目を合わせているが暗記しているんだろう。
なんでも、先輩に白羽の矢が立ったらしいが「何をいうかわかったもんじゃない」とのことで嵐山さんに変わったそうな。その先輩はというと、目を瞑って友人の送辞を……じゃなくて、あれ寝てるな。
上級生の旅立ちの日なのに、先輩はマイペースだ。とはいえ、ボクの周りにも春の陽気にうつらうつらとしている人たちがちらほら……なんだかボクまで眠くなって来た。
「在校生代表、
芸名が風間嵐子で本名が嵐山風子なんだ……先輩と永井が「嵐子」って呼ぶから、結局いま知ったところだ。
永井佑、嵐山風子……なんだかんだ、この二人とは他の人たちより関わった気がする。
永井佑と……
嵐、山……風、子、さん?
…………なにか、大事なことを忘れている気がする。
ぽっかりと、いやまるで大きな風穴。
夏の頃からだろうか。
ちょうど文芸部員として、短編『夏の想い出』を書き上げた頃からか。
見たり聞いたりしたことが、記憶と重なる、強烈な
何か、確実におかしい。
既視感に見舞われるたび、ボクはその何かを知りたかった……でも、結局ボクにはわからなかった。まるで誰かに拒絶されるように、なかったことになっていた。
何か、何かがおかしい。
ボクは何を忘れている?
ボクがおかしいのか……?
ボクが…………?
ボ、ク……?
式は粛々と進行され、卒業生が退場していく。
感情をさらけだして消えていく彼らと対照的に、ボクの心は沈んでいく。深い謎は、ボクを式の会場に独りぼっちにさせる。
「ボクは…………誰?」
ボクは『ボク』だ。
じゃあ、『ボク』の名前は……なに?
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