第57話(後編)ホワイトデーは考えたら負け



『――どっちだと思う?』



 うまくはぐらかされて、先輩から聞き出すことはできなかった。ボクのリアクションを見てか、先輩は何事もなかったように執筆に戻った。


「どっちだと思う、か」


 どっちでもいい……なんてことはなく。

 気づけば親友と、ショッピングモールにあるホワイトデーの特設スペースに来ていた。


「とにかく質より量ッ! まとめて買って配る! いくぜいくぜい……って、おーい、どしたー?」

「マカロンのお返しって何がいいんだろうね」

「まかろん……? あぁ! ……かぁっー怖いねこの子は! おれぁお前が怖いよ!」


 あちゃー、と手で顔を覆って永井は天井を仰ぐ。

 勝手に納得して勝手にリアクションをしないでほしい。


「マカロンの意味を含めてってこと?」

「知ってて迷ってんならお前も十分クソボケだな!」

「えぇ……」


 お菓子を物色しつつ、永井は続ける。


「もう1年くらいだっけ? お前先輩のことどう思ってんの?」

「好きだよ」

「おまっ…………直球だな」


 likeかloveかと言われると、自分でもよくわからないけどね。


「隠すことでもないかなと……永井?」

「……………………」


 喜怒哀楽どの表情でもなく、友人は何か抜けた顔だった。強い感情がこもっているというより、『今更……?』の妙な眉の角度。


「なぁんかなぁ、お前の人間関係が進展してると嫉妬よりも嬉しいんだよな」


 嫉妬されても困るんだが。

 むしろお前に恋人がいないことが不自然なのだ。ボクに恋愛マスター()として指南するべきだ。


「で、告るの?」

「しないよ」

「は?」

「別にこのタイミングでなくともいいかなと」

「かぁっ~! お前って奴ぁどこまでも変わんねぇな! やっぱ■■■だわ!」

「……なんて?」


 一瞬、ノイズが走った。

 世界から拒絶されるように、世界がボクに伝えようとしないように。


「ま、お前と部長さんなら問題ないか! この永井佑ながいたすくが保証するぜぃ!」

「お、おぅ…………」


 永井のフルネームを聞くの、久しぶりな気がするなぁ。前に下の名前見たのって…………


 あれ? いつだっけ?


 永井、佑……?

 永井は『永井』だったはずじゃ……どうだったっけ…………思い出せない。

 

「おーい、買うもん決まったかぁ?」


 何か深みにはまりそうだったところを、友人の声かけで戻る。ちょうど考えていた商品の前に立っていたようだ。


「あぁ、うん。これにするよ」

「…………お前、直球だなぁ」

「こういうのは考えたら負けなんだと思うよ。だから、考えないさ」



 ◇ ◇ ◇



 そして、3月14日当日。

 先輩と会ったのは放課後の文芸部活動の時間だった。ボクは先輩のようにサプライズはしない、やるべきことはさっさと済ませるのだ。


「先輩、この前のお返しです」

「おやおや……私のように小手調べはしないのかな?」

「回りくどいのは違うかなって」


 先輩のように手作りではないけれど、

 ボク自身で選んだ贈り物。


「ハッピーホワイトデー……っていうんですかね、はは」


 無骨な銀色の缶、中身は桜色の飴玉。

 今になって、少し気恥ずかしさがあるけれど……先輩にはそれもお見通しかもね。思わず視線を下げてしまう。関係が変わることを期待しているわけでもないし、それが壊れることを怖がっているわけでもない。でもなぜか、ボクは少し俯いた。


 先輩はボクの照れ顔を茶化すのかと思ったけど、

 ほんのわずかに、静かになって。

 

 目を上げた先には、静かに微笑む人がいて。


「ありがとう」


 5文字の言葉に、感謝以上に何が含まれているのか……ボクには分からない。


 ただ、1年くらいの付き合いだけど……その1年で分かったことがある。たった1年弱だけど、ボクは先輩のことを少しは知っている。それはボクだけが知っている特別なことなのかもしれない。


 先輩の笑った顔は、とてもいい。

 ただ、それだけのことなのだ。

 それだけのことだけど、ボクにとっては大切な記憶だ。



 ホワイトデーは考えたら負け……どこから始まったかはわからないけれど、贈り物には意味がある。バレンタイン、ホワイトデー共に。もちろんプレゼントには気を付けなきゃいけないけど、深く考えたら負けだ。相手の出方を伺う前に、先手必勝でなければならない(ボクはずっと後手だったけどね)。この知識はぼんやりと、しかし確実に脳内に記憶されているのだ。


 そう、ボクらはカタにハマってる。



 

 

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