第57話(中編)ホワイトデーは考えたら負け



 ――マカロン。

 意味は『あなたは特別な人』



 結局授業が終わるまで、ボクはバレンタインの贈り物で思考が満たされていた。


「………………」


 放課後。

 文芸部室内で、読みかけの本を開いたものの、脳内は先輩からの贈り物のことでいっぱい。1か月の時間を空けて不意打ちとはなかなかやる。


「…………………………」


 だめだ……読んでる内容が頭に入らない。文字を追ってるだけになってる……それもこれも隣にいる人のせいなのだが。

 部室の端でキーボードを叩く先輩は画面とずっとにらめっこ。普段の悪戯っぽい表情はなく、くすんだ瞳で液晶から視線を話さない。黙っていれば様になるとはこの人に贈りたい。真剣な眼差しのまま、淡々と先輩の脳内から文字が紡がれる。


 『あなたは特別な人』


 先輩を見ていたら、マカロンを思い出してしまう。

 ……いやいやいやいやいやいやいやいやいや。

 え、違うよね? 可愛い後輩(自分で言ってて恥ずかしいけど)だからそういう意味ってことだよね? まさかそんな、意味そのまんまなんてこと……


「さっきから視線が気になるんだけど、何か用かな?」

「うぇっ⁉ あ、いや……なんでもないです」

「そう言われると余計に気になるじゃぁないか」


 執筆集中が一点、こちらへ身体ごと向けると、先輩は妖しく笑う。何かよろしくないところに火を点けてしまったようだ。このまま逃げても白状するまで問い詰められることは確かめるまでもない。


「先輩、バレンタインにくれたのって……」

「あぁ、あれね…………美味しかったかい?」

「えぇ、まぁ……はい、とっても」

「あのマカロンがどうかしたかな?」


 笑っている。

 この先輩ときたら、ニンマリと笑っているではないか。そりゃもう楽し気に。執筆しているときはどこか張り詰めていたのに、ボクに意識が向いた途端これですよ皆さん。

 わざわざボクが「バレンタインの」と濁したのに、はっきりと「マカロン」と言い直しましたよ。


「い、や! チョコじゃなかったのは理由があるのかなぁーと思いまして……」

「へぇ……?」


 まっすぐな先輩の瞳に、ボクは目が四方に泳ぐ。

 視線が先輩へ向くたび、静かに、じっくりとこちらを眺める彼女の両目がこちらを射抜く。三度みたび、目が合うと、先輩は目を閉じて壁に背を預けて、



「――どっちだと思う?」



 夕日の逆光で、表情が影に隠れる。

 でもきっとその顔は、

 

 笑っていたと思う。

 

 

 

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