第56話(前編)冬はアイスクリームがうまい季節


 校舎の一棟、畳の敷かれた室内にて。

 廃部となった茶道部無き後、い草の匂いだけが残るどこか寂しさを抱かせる一室である。


「侘び寂びだねぇ」


 正方形型の木目のテーブルの上には個包装のお菓子がどっさり。

 机の下は毛布が覆い、見えない足元には内部のヒーターが温める。膝を伸ばしたいところだけど、侘び寂びを語る我らが文芸部部長ともう1人がだらしなく伸ばして邪魔をしている。


 要するにこたつである。


「はい、王手~」

「また負けだぁ」


 対面トイメンはいない。ボクは静かに読書中

 左に先輩、右に嵐山さんが各々ゲーム機を持って将棋をしているようだ。雑念と遊戯にまみれたこの空間に侘び寂び…………?


 他に物がない空間の中心とは落ち着かない。

 なんでも、余っていたというこたつを貰って来たらしいが。


「室内が侘しければ侘び寂びでいいだろう?」

「それは殺風景っていうんですよ」

「婉曲表現とも言うわね~」


 ダメだ……今日は先輩に加えて嵐山さん。鬼に金棒、多勢に無勢、四面楚歌ならぬ二面楚歌。ボクのスキルでは会話で勝ることは不可能。 


「エアコンばかりじゃぁ味気ないからねぇ」

「そうそう、足元を温めるのは大事なことなのよ~?」


 そりゃ素肌丸出しじゃ寒いですよ……とは喉元で止める。コンプライアンスの厳しい昨今、どう受け取られるか分かったものではない。


「せめてボクにもぬくいスペースをくれませんかね」

「子供は風の子だろう? せっかく畳があるんだから受け身の練習をしたまえよ」


 先輩、貴方も風の子ですよ。

 ……それに、畳があるからって普通受け身の練習はしない。


 ……しないよね⁉


「受け身はともかく、なんで今日は元茶道部の部屋に? こたつを使いたかったからだけですか?」

「それは半分……夏と言えば熱いもの、冬と言えば冷たいものを食べるのが世の常だよ」


 そんな常識は知らない。

 嵐山さんにも何か言ってほしいところだけど、さっきからボクらを見てずっと微笑んでいる。


「こたつでみかん、まぁそれでも良かったんだけどね。それではそれでありきたりすぎるから、そろそろ来ると思うんだけど……嵐子、どうかな?」

「う~ん、あと30秒かしら」


 嵐山さんが腕時計を見ながらつぶやく。

 ……なんだ? 何を待ってるんだ?

 

「うぃ~っす! ながイーツでーすッ!」


 横開きの扉が勢いよく開けられると、そこにいたのは我が友・永井だった。膨らんだビニール袋を携え、頬は寒風でやや赤い。なんだよ永イーツって……

 

「さぁさぁアイスの時間だよぉ〜」


 何が始まるんだっ⁉︎

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