第54話(後編)チョコと言えば下駄箱に入ってるもの


 そして、夕方の文芸部活動に至る。

 永井の『ずぅぅぅぇぇぇぇっっっっっっっっったぁぁぁっっっっっっっったいもらえる』という部分は間違いなかったようだ。


 ……義理だけど。


「ありがとうございます」

「ぉや? もっと泣いて喜ぶかと思ったんだけどねぇ」

「ボクのキャラ像おかしくないですか……?」


 期待はずれだねぇ、と先輩はぼそっと呟いた。

 いや、嬉しいといえば嬉しいんだけど、『義理』と宣言されると素直に喜べないのが男子高校生なのだ。これは男子のさが、本能ともいう。


「ふぅむ……アプローチが悪かったかな」


 ボクに渡した先から赤い袋を分捕って、先輩は個包装されたチョコを開けて頬張る。先輩……義理チョコをプレゼントしたんだよね?


「食べないのかい?」

「あ、え……食べますよ?」

「不思議な疑問形だねぇ」


 チョコのお菓子はいつもと変わらない味。安心安定、先輩がもし手作りのモノを作ってきたらという想像はしたけど、こうして分け合うのも悪くないかもね。


 ボリボリチョコを食んでいると、スマホが震える。

 永井からのメッセージだった。


 そこには嵐山さんと一緒に映る友人の姿。A4用紙ほどの大きさである巨大な板チョコを頬張っている真っ最中だったようだ。


『友チョコだってよ!!』


 画像の嵐山さんは満面の笑み。

 …………本人が喜んでいるならいいだろう。恐らく、というかほぼ確実に嵐山さんは永井で遊んでいるんだろうけど。幸せそうでなにより。


「意外性が少なかったのかねぇ」

「まーだ考察してるんですか。嬉しいですって」


 その日は貰ったチョコを先輩と食べつつダラダラ過ごして部活を終えた……



 ◇ ◇ ◇



 暗くなるのも早かったので、ボクと先輩は部室を後にした。


「来年はサプライズ重視でいこうかな」

「下駄箱にチョコをぎゅうぎゅうに突っ込むのはやめてくださいね」

「あれ、衛生的に好みではないんだよねぇ」


 さもありなん。

 包装してるから問題ないけどね。


「バレンタインチョコと言えば下駄箱からドバーっと出る演出があるけれど、実際、そんな体験をするのはごくわずかだろうに」

「創作の話にツッコんでもしょうがないですよ」


 下駄箱に辿り着くと、またもや新田くんが下駄箱に詰まったチョコと格闘しているところだった。


「隠れよう」

「ですね」


 ささっと、下駄箱の影に身を潜める。

 夕暮れに照らされる新田くんは嬉しそうというより、どこか寂しそうだった。想いの詰まったモノを取り出している彼に、1人の少女がやって来る。


 金髪ツインテの志麻さんだ。


「もーなにやってんのよ」

「お~すげぇ詰められてるから困ってるんだよ。助けて」

「モテる男は辛いわね」


 はは、と苦笑いする新田くんに、志麻さんが雑に『何か』を渡した。こちらからは逆光が影になってわからない。が、それが何かなんてわざわざ確かめる必要もなく。


「言っとくけど、お母さんが渡せって言ったからあげるだけよ!?」

「おー、サンキューッ! 今年はくれないのかって気になってたんだ」

「義理だからね‼」


 2月の薄明、膨れた紙袋をまとめて右手で携える少年は、『義理』と念押しされた『何か』を左手で大切に持ちながら少女と帰路へ向かう。


「しょっぱいものがほしくなっちゃいますね」

「バレンタインだよ、それは野暮ってものさ」


 甘ったるい余韻に胃もたれしながら、その日は家に帰るのであった。





 ◇ ◇ ◇





 結局、バレンタインと言っても大した変化はなかったなぁ。ラブコメの波動に消し飛ぶところだったのは危なかった。


「ただいまー」


 いつも通りに帰宅を呟く。そして靴を脱ぎ…………


「ん…………?」


 朝にはなかったものが、下駄箱の上に座していた。

 長方形の赤い箱に、金色のリボンが装飾された特別感のある物体。

 ご丁寧に『後輩君へ』とカードまで添えて。微かにカカオの匂いがするカードを開くと、


『落として上げる、びっくりしたかな?』


 いつもの先輩の字である。

 箱の中は黄・青・ピンク・緑……と、色とりどりのマカロン。メーカーなど書いていないあたり、手作りのようだ。どうやって置いていったのか……敢えてチョコを外すのが先輩らしいというかなんというか……


 直後、震えるスマホ。着信が誰か、見るまでもない。


『ハッピーバレンタイン』

「あるじゃないですか、サプライズ」

『ハハッ、驚いてくれたかい?』

「驚きましたし、嬉しいですよ。ありがとうございます」

『ちゃぁんと手を洗ってから食べるんだよ』

「はいはい、ハッピーバレンタイン」


 小さくガッツポーズを取った瞬間、リビングから覗く姉妹の視線とカメラが向いていたことに気づいたが、時すでに遅し。


 顔を綻ばせたボクの写真は、先輩のスマホに送られてしまっていたのである……不覚。



 チョコと言えば下駄箱に入ってるもの……それはいつからかあるバレンタインの定番シチュエーション。経験する者がいれば、しない者もいる。ボクは後者だったわけだけど、それは送り主のポリシーなのかも。直接手渡しじゃ緊張する人もいるだろうし……あ、でも先輩は単純に楽しんでるだけかな。この知識はぼんやりと、しかし確実に脳内に記憶されているのだ。


 そう、ボクらはカタにハマってる。


 

 ところで、なんでバレンタインにマカロンなんだろうか。 

 何か意味があるのかな?



 

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