第54話(前編)チョコと言えば下駄箱に入ってるもの



 夕方、部室にて。

 目の前に置かれたのは「きっと勝つ」で有名な赤い包装のお菓子の袋。


「はい、後輩君。義理チョコだよ」

「いきなりですね」


 クリスマス飛んで、正月を越えはや2月。

 なにかとんでもないイベントを経験した気がするんだけど、脳内はノイズ混じりで思い出せない。楽しかった記憶はあるんだけどね。


 何だか世界に大きな力が働いた気もするけど気にしないでおこう。


 何を隠そう2月14日。

 男子待望のバレンタインデーである。



 ◇ ◇ ◇


 

 時間は少し遡る。


 我が親友こと永井に関しては朝から下駄箱の確認、ロッカーの確認、部室の確認……私物のある場所はとにかく確認へ奔走していた。移動教室ごとに、そして教室からいなくなるごとに彼はチェックしていたのだ。


「なんとなく分かるけど……なにしてるの?」

「ないんだよ! 本命が!」

「はぁ……でももらえたんでしょ?」

「義理はな!!」


 血涙でも流さんばかりに永井に詰められたのは言うまでもない。

 朝から、そして昼休みにもクラスメイトや同級生の女子から義理チョコを貰っていた。なんだかんだで、用意していたであろう紙袋が膨らんでいる。


「ならいいじゃない」

「お前は部長さんからずぅぅぅぇぇぇぇっっっっっっっっったぁぁぁっっっっっっっったいもらえるからそんなに余裕なんだ!」

「それこそ義理じゃん……」

「いーや、ラブコメ検定1級の俺はごまかせないね。どこかで、お前は必ず部長さんから本命をもらうね」


 ……ラブコメ1級とは?

 

 まぁチョコ大魔神のことは置いといて。

 昨今は意中の相手へ送るより仲の良い子に送る『友チョコ』の方が流行りと聞くんだけど……


「なーに話してんの?」

「出た、爽やかイケメンっ」

 

 金髪ツインテール・志麻さんのお相手(?)こと、新田くんである。鈍感主人公は両手にパンパンの紙袋を持って現れた。


「イケメンゆーなって。あーおもっ」

「そ、それは……!?」

「いやぁ、朝から下駄箱には押し込まれてるわロッカーにもぎゅうぎゅうだわで大変だったよ」


 永井は開いた口が塞がらない様子。

 あぁ、なんとまぁ罪な男か。教室の端でお昼を食べている志麻さんの目が怖いよ……


「そういえば何でチョコって下駄箱に入れるんだろうなぁ」

「ちょ、直接渡すのが恥ずかしいからじゃないかな……?」


 どれもこれも綺麗な包装のチョコ。

 きっと新田くんに対する想いの表れだろう。またもや急性ラブコメ中毒を発症しそうな永井を宥めつつ、バレンタインあるあるへ話は移る。


「個人的には直接渡してくれた方がお返しの準備がしやすいんだけどなぁ」

「そ、そう…………」


 持たざる者には理解できないことだ。

 片や義理、片や本命ではあるが、感謝の気持ち、好意を受け取っているのだから羨ましいものである。


 先輩から渡されるかどうかは分からないけど、

 

 ボクは毎年、家族からもらうだけだからね。

 

 

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