第11話(後編)額同士で体温を測るのはお約束


 眠りから目覚めたのはそれから数時間後のことだった。


「ぅ……」


 相当な汗をかいたのか、全身びしょびしょ。しかしそのおかげもあってか、倦怠感はほとんどなくなっていた。


「おや、お目覚めかな?」

「あぁ、せんぱ」


 さすがに初手ハンディカメラを向けられては言葉も詰まる。


「……なに、してるんですかね?」

「うなされるというのを実際に見たことなくてね。せめてカメラに収めようかと思ったんだがねぇ」


 失敗失敗、と先輩がカメラを撤収。

 天使のように見えた先輩は幻覚のようです。好きにさせるものか。


「残念でしたね、もう下がりましたよ」


 まだ熱は測ってないけど。

 勝ったッ! 熱にも先輩にもッ!!

 完全復活ッ!!!



「──どれどれぇ?」



 汗にまみれた身体など気にもせず、

 先輩このひとは自分の前髪を上げて額を突き出し、


 ボクの額とくっつけた。

 


「ひゅ」

「36.7°……というところだねぇ」

「せ、せんぱ、たい、おけ……こ」

「あぁ……私は人肌で調べる質でね」


 心臓が止まるかと思った……

 突然何をするかと。まったく、恐ろしいひとである。


「看病イベントで『額同士で体温を測るのはお約束』だろう? どうだったかな?」

「な、なかなか……変わったお約束で……」

「そうかい? 好感度的には問題ないと思うけどねぇ……まァ冗談はほどほどに……発汗のあとをそのまま放っておくのは悪手だ、脱ぎたまえ」

「さすがに席外してもらっていいですかね」


 さっきのイベントでまだ心臓がバクバクしている。落ち着けボク。きっと熱でおかしくなっているだけだろう。クールダウンボク、冷静さを取り戻せ。


 気取られないように深呼吸をしたものの、先輩は見透かしたようにいたずらっぽく歯を見せる。


「それはフリかな?」

「純粋にお願いですっ!」

「ハッハッハ! ピュアっピュアだねぇ! 着替えは出しているから、それを着るといい」


 高笑いしながらようやく退室してくれた。念のため体温を測り直してみると、36.7°……いやいや、偶然だろう。


「ははっ、まさか……」


 平熱に戻ったはずなのに、先輩と突き合わせた額だけは熱を帯びている気がする。やはり体調は崩さないに限る。これからは気を付けよう。


 足元に置かれた着替えを手に取る。 

 いつだったか、ネタで買ったサーモンピンクのトランクス……


 首筋に嫌な気配を感じ背後へ振り返ると、ほんの少しだけドアを開けて先輩がこちらを見ていた。


「いい色をしているよね、そのパンツ」

「きゃっー!」


 やはりこの人は、油断ならない。



 ◇



 日は暮れ始め、空はオレンジ。


「えー! もうかえっちゃうのぉ?」

「せっかくなら夕飯まで食べていけばいいのに〜」


 玄関先で姉と妹が先輩を引き止めようとボクまで引き摺り出された。


「後輩くんとの好感度がまだイマイチでねぇ」

「あんた、こんないい子なのに」

「おにぃのばか」


 散々な言われようである。

 多分わかってていじってるなこの3人。


「はーいはい、先輩に風邪移しちゃいけませんからね、早く帰ってもらいましょ」

「「つまんな〜い」」


 短めのお別れをして、姉妹を居間へ追い返す。これ以上いじられてなるものか。


「ハッハッハ、愉快だねぇ」

「まぁ……なんであれ助かりましたよ。ありがとうございます」

「おやおや、なにか切り返しがあると思ったら予想外」

「そりゃあ──」


 嬉しかった、とは言わないでおく。

 下手に調子に乗らせると面倒だからね。


「ふふ、詰まった言葉は聞かないでおくよ」


 玄関を開けた先から、オレンジの光が差し込む。


「私が風邪を引いたら存分に看病してほしいね」

「……機会があれば」

「さっさと学校に来てくれよぉ? ひとりではつまらないからねぇ」

「はいはい、しっかり寝て、明日には行きますよ」

「ふふ……ではまた、学校でね」


 光に溶け込むように、先輩は消えていった。やっと帰った……まったく、家の中すら落ち着けないとは……


「見たぁ? あれで先輩ちゃんとは何もないらしいよ」

「おにぃ変」

「健全でなによりでしょうが」


 うーん、まだ切り返しのキレが足りない。早めに寝よう。



 額同士で体温を測るのはお約束……この知識は、体験したからこそ受ける側に回ってはいけないと、ぼんやりどころかハッキリと確実に、脳内に保管させたのだ。



 そう、ボクらはカタにハマってる。

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