第8話(後編)学校のロッカーは男女の入る謎空間


 鍵もなければ歪んでもいない。

 けれどきみは応えてくれない。

 お願いロッカー、早く開いてくれないとボクの尊厳が崩れてしまうよ!?


「閉じ込められたねぇ」


 突然訪れたハプニング。どのくらい経っただろうか、先輩は冷静だった。


「先輩……もう少し離れてくれます?」

「この面積で離れろと言う方に無理があるねぇ」


 狭い空間、薄い金属の中で先輩の艶な声が響く。雑音がない分、余計にさっきよりも先輩の声を意識してしまう。


「おやぁ、密着してドキドキしてるかな?」

「イライラしてるんですよ!」


 何がとは言いませんが!!


「堪え性がないねぇ~」


 誰のせいだと思っているんだろう。さっきから当たっているんですよ……と、言いたいところだが先輩の事だ、ボクの精神状態が分かったらますます寄せてくるかもしれない。


「シャレにならないんでなんとかしましょうよ」

「仕方ないねぇ」


 お互い腕を曲げたまま、片手で扉を押してみる……が、まったく動かない。なぜ。


「アッハハハハハ! びくともしないねぇ」


 先輩が笑うたび、わずかに身体が擦れる。ふわっと甘い匂いが鼻腔をくすぐる。いつもはなんてことないはずなのに、なんなんだこの密室は!!


「まァいいじゃぁないか。気長に待とうよ後輩くん」


 気長に待てるような理性だったらここまで焦ってはないんです。先輩、ボクも男なんです。


「さっきから様子が変だねぇ……ひょっとして気分が悪いのかい?」

「気分はすこぶるいいですよ」


 全身に血が巡ってますからね。

 視線を逸らそうとすると、先輩の両手が両頬をがっちりつかんだ。


「体調不良者はそう言って無理をするんだ、顔をよく見せたまえ」


 ぐいっと引き寄せられ、先輩との距離はほぼ0センチ――

 刹那、扉が無造作に開く。そこにいたのはほんわかスマイルの先輩の悪友。


「あらあら~もしかしてお邪魔だったかしらぁ?」

「あ……嵐山あらしやまさんっ!?」



 ◇ 



「助かったぁ……ホントに出られないかと思いましたよ」

「借りてた漫画返しに部室に行ったら二人ともいなかったし、あちこち探してたらガタゴト音がしてね~……あ、そうだぁ」


 嵐山さんは何か気付いたようにスマホを取り出し、誰かに連絡している。


「うん、そうそう。2人とも見つかったらもう大丈夫よぉ永井くん、ありがとぉ~」


 どうやらボクの悪友は嵐山さんの配下になったようだ。今度お礼を言っておこう。

 ボクのことはさておき、先輩はカーディガンについた埃を払いながら嵐山さんへ笑って見せる。


「いやぁ嵐子らんこ、すまないねぇ」

「いいのよぉ……でもわたしとしてはぁ、ちょっと残念かも」


 意味深な言葉と共に、嵐山さんがボクの耳元へ近づき、



 この子、いい匂いしたぁ?



「ぃっ…………!」

「うふふ~、夕日で顔が赤いね後輩くんはぁ」


 柔和に見えるその表情、瞳は鋭く、そして愉しげだった……と思えば、いつものほんわか嵐山さんに戻る。


「さぁ、部室にれっつごぉ~」


 先輩の悪友がゆっくりと教室から消えていく。あの人のおかげで助かったけど、さっきのやりとりで血の巡りもスゥっと引いてしまった。

 そんなことはお構いなしに、先輩は満足気だ。


「やはり実体験に勝るものはないねぇ」

「勘弁してくださいよ……」

「ただ不思議なことがひとつ」

「なんですか、もう」

「入った直後と中にいた時で身体の可動領域が違っていた気がするんだよねぇ」

 

 ……確かに。

 背後の幅60センチの箱は、どうみてもボクと先輩を入れたらまともに動けるわけもない。じゃあさっきのはなんだったんだ……?


「気になるなら、もう一度入るかい?」

「……遠慮しときます」


 夕日に照らされる先輩の頬も、どこかほんのりと赤くて。



 学校のロッカーは男女の入る謎空間……実体験を踏まえても、この謎の真実は分からない。けれどこの知識は、なぜかぼんやりと、しかし確実に脳内に保管されているのだ。


 そう、ボクらはカタにハマってる。

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