第4話 クールな武道少女は黒髪ポニテな件

 学園内、弓道場にて。


「先輩……足がきついです」

「我慢が足りないよ後輩、くぅん」


 といいつつ、先輩も正座している両脚をもぞもぞと動かしている。


 押したい、あのタイツの足裏を思いっきり指で押したい。


 バシュッ!

 一本の矢が的の真ん中に的中する。直後、「ヨシ!」と弓道部員たちの張りのある掛け声が響く。


「見事だねぇ」

 

 ひとり、射手の少女はゆっくりと下がる。

 黒の長髪を一本に結い纏めた、凛とした立ち姿。この前取材した志麻さんとは別のベクトルで美人の竜胆りんどうさんである。


 普段から冷静沈着、人にやさしく自分に厳しい武道少女。女子からも人気のひとだ。


「取材は構わないが……そもそも貴方、弓道知っているだろう?」

「大事なのは打ち込んでいる人間から得られるものだからねぇ」


 先輩と竜胆さんは同い年で割と仲がいいらしい。だから取材にも応じてくれたわけで……


「この子が後輩君か、苦労してそうだな」

「絶賛苦労かけられてますよ」

「ひどい言われようだぁ~」


 さもショックを受けてそうで、実は受けていない声色のまま先輩はボクの痺れた足をつつく。


「んぁ! ちょ、せんぱッ」

「後輩とは先輩に虐げられる存在なんだよぉ」


 その様子がおかしかったのか、竜胆さんはくすっと微笑んだ。


「あまり虐めてやるなよ? 足は崩していいから、ゆっくり見学するといい」


 実にクールである。

 どこかの誰かとはずいぶん違う。


「君は、彼女のようなヒトが好みかな?」

「そういうわけでは……」


 大和撫子……は言い過ぎかもしれないが、クールレディは嫌いではない。が、ど真ん中というわけでもない。


「しかしどうして、クールな武道少女は黒髪ポニテなんだろうねぇ」

「は……? 単に結ってないと邪魔になるからじゃないですか?」

「そんな安直な解答を求めていると思うかねぇ?」


 バシュッと連続で音が鳴る。


「スポーツという面を考慮するなら短い方が良い。しかしそれでも共通知識として武道を嗜むクールガールは黒髪×ポニーテールがある謎について考えているのだよ後輩君」

「はぁ……」


 先輩はいつもこうして概念を考える。

 先日の志麻さんへの取材も「金髪ツインテールはなぜ素直ではないのか?」という疑問を調べる為の取材だそうな。


 ……なんて暇人なんだろう。


「失礼だねぇ、まっとうなデータ収集だよぉ?」

「エスパーですか」


 で、今は武道ガールの髪についての証明をしようと見学しているんだけど。先輩は観察して答えを見つけたいらしい。


「う~ん……謎だねぇ」


 う~ん、わからない。

 行動が早いのは売りだけど、こういう時考え込むのも先輩の癖だ。


 足の痺れからも解放されたいので、休んでいる竜胆さんへインタビュー。いつまでも正座されるのはかなわない。


「え、髪型の訳?」

「えぇ……ほら、スポーティな髪型にしないのかなぁって」


 一瞬先輩の方を見て、竜胆さんはなにか同情の笑みを浮かべた。


「大した理由ではないんだが……家の仕来りで大和撫子たれと言われていてね、髪は長く美しく維持するよう躾けられているんだ」

 

 なんでも竜胆さんの家は名家で許嫁もいるとか。『手入れに時間をかけられる余裕がある証拠』として長い髪らしい。


「それでも弓を射る時は少し邪魔だからな。こうして結っているわけさ」

「なるほど……?」



 ◇ ◇ ◇



「ってことらしいですよ、先輩」 


 そのあと竜胆さんはじめ、弓道部員にお礼を言い道場を後にした。しかし結局、先輩は黙りこくったままだ。


「う~ん……解答の一例には間違いないけどねぇ」

「しっかりした理由じゃないですか? 要するに昔ながらの女性らしくあれって家訓と、弓道をする時のやりやすさの折衷案……というか、そんなに気になるなら先輩が竜胆さん本人に聞いたらよかったんじゃ?」

「個人の事情ではなく、なぜそうあるのか? という概念に対するアンサーが欲しいんだよねぇ」

 

 よくわからないが、どうやら納得がいかないらしい。


「ところで……君は私がポニテにしたら喜ぶかい?」

「ひょっとして、ボクのことうなじフェチと思ってます?」


 質問に質問で返したあとの先輩は、なぜだか嬉しそうだった。



 クールな武道少女は黒髪ポニーテール……これは竜胆さんだけに当てはまるわけではない……けれどこの知識は、なぜかぼんやりと、しかし確実に脳内に保管されているのだ。

 


 そう、ボクらはカタにハマってる。

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