第32話 ライリー会戦

 1月5日、中央・東部軍団はライリーに一番近い街モーリッツ付近の草原に野営した。

 ガスパール将軍、アントニオ将軍、12人の万人隊長を集めて、軍議をした。

「ライリーまで開けた平原だ。速歩3時間で到達する。明日、中央軍団は会戦突撃隊形でオースティン軍に突撃してもらいたい。今夜中に隊形を整え、明日の夜明けとともに進撃する」と私は言った。

「芸がありませんな」とガスパール将軍に揶揄された。

「敵の体勢が整わないうちに、速攻で大打撃を与える。我が国の領土を侵した者たちに報いを与える」

「主力をもって奇襲をかける。理想的です」とアントニオ将軍は言った。

「奇襲にはならんだろう。敵もうちの動きを察知しているはずだ」

「とにもかくにも明日は急襲したい。午前中に戦闘を始める。夕刻には勝ってライリー城に入りたい」

「東部軍団はいかがいたしましょうか」

「軍をふたつに分け、中央軍団の右翼と左翼についてほしい。中央軍は敵軍を突破する。東部軍は包囲せよ」

 私はアイザック第1万人隊長を見た。

「この後、夕食を取れ。食後、会戦突撃隊形を整え、その位置で眠れ。午前6時起床、6時30分、速歩にて進軍し、そのまま敵主力に突撃せよ。すべての千人隊長、百人隊長に伝え、さらに全兵卒に至るまで徹底せよ」


 1月6日午前4時に私は起床した。

 正直に言うと、昨夜はなかなか寝つけず、3時間しか眠っていない。

 だが、まったく眠くはない。

 神経が張りつめている。

 侍従兵に紅茶を淹れさせた。

 できるだけゆっくりと飲んだ。

 遠雷のような音が聴こえた。

「天候は?」

「全天で星が見えます。晴れております」

「では、この音は雷ではなく、爆発音か」

 ライリーでは黒水晶爆弾が威力を発揮し、オースティン軍を城壁に寄せつけなかったという。

 そのおかげで戦況は局地戦にとどまっている。

 ヴァレンティンのどの街も略奪されていない。

 戦功はクロエ・ブライアンにある。


 6時に白馬に乗り、軍団の周囲を駆けた。

 この馬はベリッサが贈ってくれたものだ。

 日の出は数分後。すべての兵が起き上がっている。

 アイザックは中央軍団最右翼最前列にいた。

「第1万人隊長がこんなに前にいていいのか」

「本日は先陣をつとめるつもりです」

「ではまっしぐらにサイラス王をめがけよ」

「元帥閣下のお心のままに」


 アントニオ将軍は東部軍団を3万ずつに分け、中央軍団の右翼と左翼に配置した。

 全軍整然として静まりかえり、皆、東方を向いている。

 将軍の練兵は行き届いているようだ。

 こちらは彼に指揮を任せて良いだろう。


 6時30分、「とぉつげきいぃ」とアイザックが叫び、ヴァレンティン軍12万が野を圧してザッと踏み出した。

 私は中央軍団後方を進んだ。

 走り慣れた国境近くの草原。

 周囲に護衛が100名ほど騎乗している。

 軍団はザッザッザッと速歩している。

 起床直後の高ぶった気分が鎮まり、落ち着いてきた。

 このまま突撃するのみ。


 8時に敵軍が見えた。

 西を向いて鶴翼の陣を組んでいる。中央に獅子の旗がある。堂々たる大軍が前方にいる。

 兵力はほぼ互角。

 さらに前へ出る。

 敵は指呼の間にある。


 ライリー城から100騎ほどの騎兵の突撃があった。

 彼らは敵集団の前面を駆け、爆弾を投げ、爆音と閃光を起こして、風のように去った。

 敵陣がやや乱れた。

 黒水晶爆弾という兵器の威力を初めて見た。


 中央軍団の突撃。

 敵軍も止まってはいない。こちらに向かって走ってくる。

 激突した。

 剣と剣、剣と盾がぶつかる音が鳴り響いた。

 巨大なふたつの力が衝突し、つかのま拮抗して、がっぷりと組み合った。

 やがて敵味方入り乱れて、兵士ひとりひとりの剣戟が舞う戦いとなった。

「ちゅうおぉうぐんだぁんまえへー」というアイザックの叫び。

 殺しながら歩く軍団。

 血と首と腕が飛び、足がへし折れ、剣が火花を発し、馬がいななき、断末魔の声が地に満ちる。

 戦争。

 力と力が理屈もなくぶち当たり、殺し殺され、潰し潰され、国と国との勝敗を決める。

 中央軍団が敵陣を突破し、ひるがえって逆巻きに突撃した。

 東部軍団が右と左からオースティン兵を圧迫する。

 包囲が成立した。


 敵軍の勢いが消えた。

 どちらへ進めば良いのかわかっていない。

 チェスで言えば、味方の兵はルークのごとき強さを発揮し、敵兵はポーンのごときものとなった。

 やがてクイーンとポーンほどの差となって、戦闘が殺戮に変化した。

 敵兵は散り散りに逃げた。

 獅子の旗は折れた。

 生きている兵は立ってわあわあと喚き、死んだ兵は血を流して無言で大地に倒れている。


 アイザックが縛り上げた敵をひとり、肩にかついで私の方へ歩いてきた。

 非常にゆっくりとした歩みだった。

 余裕の笑みを湛えている。

 彼が近づくにつれて、大変な大物を持っていることがわかってきた。

 華美な軍服を身に纏っている。

 後ろ手に縛られ、足首も荒縄で締めつけられている。

 血涙を流しているような悔しげな顔は、甘く整っている。

 即位したばかりの若いキング。

 どさっと、サイラス・オースティンが生きたまま私の前に放り出された。

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