第31話 サイラス王の即位

 あたりまえだが、私は国際情勢に目を光らせている。

 隣国のオースティンにはヴァレンティンの間諜が多数いて、情報が入ってくる。第二王子だったときから、オースティンの情報には気を配っていた。王太子になり、王都ゾーイに居住して、より詳しく、より機密な情報に接することができるようになっている。


 サイラス王子がかなり危険な男だということがわかってきた。

 人をいたぶり、殺すことに興味を持っている。

 侍女を4人殺している。無礼があったとか、反抗したとか理由をつけているが、いずれも寵した後、捨てる際に絞殺、撲殺、刺殺、毒殺したようだ。

 恋人を少なくとも3人は死なせている。美しく快活だと評判だった男爵令嬢と付き合った。彼女は精神的に追い詰められて自殺した。平民の歌姫とはスキャンダラスな恋愛をしたようだ。庶民の憧れのアイドルは、王子を暗殺しようとしたという咎で斬首された。おそらく冤罪だ。弓が得意な女騎士を恋人にしたこともある。彼女は狩猟中に王子の矢で射ち殺された。

 クロエは相当にひどい乱暴をされていたようだ。公爵令嬢は婚約破棄され、国外追放処分となり、暗殺されかけた。


 令嬢を死に追いやられた男爵は、反逆罪で処刑された。

 サイラス王子の友人で、彼を諫めた勇気ある男は、遠ざけられ、旅先で崖から落ちて死亡している。

 王子の剣の指南役は訓練中にサイラスに刺し殺され、学問教師は数学の未解決難問を解くよう執拗に迫られ、衰弱死した。

 他にも多数の事件がある。


 これほど危うい男でありながら、オリバー王のひとり息子であるがゆえに、廃嫡されることなく、王太子として傍若無人にふるまいつづけてきた。

 軍事的野心も持っている。たびたび閲兵し、世界平和はオースティンによって成し遂げられるなどと放言している。殺人を戦争という形で国家規模でやろうとしている気配がある。

 狂気の王子としか思えない。

 23歳。甘い顔立ちらしい。醜聞は可能な限り隠蔽されたり、偽装されたりしているため、毒牙にかかる女性が後を絶たないようだ。


 10月20日、永らく病魔に侵されていたオリバー王が亡くなった。20年前のヴァレンティン侵攻はこの王の仕業だった。内政では賢明な人であったという評価もあるが、息子の育て方は誤ったとしか言いようがない。

 10月23日、早々にサイラス王の即位式が行われた。

 前王の逝去と新王の即位は国際的に通知されてしかるべきだが、11月に入ってもヴァレンティン王家には外交的な連絡はなにも入ってこなかった。

 かわりに複数の間諜から、戦争の準備が行われているという情報がもたらされた。


 オースティン王国軍は全30万と呼称している。

 王直属の軍は8万程度であるらしい。治安維持部隊を含んでいるため、全軍を挙げて戦地へ行くことはできないようだ。遠征部隊と国内部隊の再編制が急ピッチで行われている。可能な限り大きな遠征軍をつくろうとしている。

 大貴族にも招集がかかり、兵員の提供が求められた。無視するわけにもいかず、地方から王都へ兵士の移動が始まっている。その動きは鈍いようだ。逆らえず渋々従っている者もいるが、サイラス王のふるまいを危惧して、意図的に遅延させている貴族もいるらしい。

 マティス・ブライアン公爵は北方からのヨーン民族の襲撃を理由にして、兵の提供に応じていない。おそらく令嬢のクロエへの仕打ちを知っていて、腹に据えかねているのだろう。

 サイラス王が弱体化すれば、ブライアン公爵とは同盟を結ぶことができるかもしれない。


 11月中旬には、サイラス王が動かせる兵力は10万程度だということがわかった。

 全軍の3分の1だが、それでも恐るべき軍事力だ。

 サイラス王はオリバー王以来の賢臣の反対を無視し、強引に遠征を準備し、兵士と武器と兵糧を集めている。本気でヴァレンティンと戦争をするつもりのようだ。

 諫める者は追放され、王の言葉にイエスとしか答えない者で側近を固めている。

 

 もちろん私は対抗策を用意している。

 中央軍団を私の手足のごとく動かせるよう猛訓練している。

 東部軍団長のアントニオ・ディエゴ将軍と連携し、東部国境有事の際には、即時対応するよう軍議を重ねた。

 軍事行動は容易ではない。

 メイソン行軍演習の際にはからずも露呈したように、机上の計画どおりには進まない。

 北部軍団長はレオナルド・クラーク公爵、西部の長はロイド・マーフィー侯爵、南部の司令官はレオナルド・クラーク公爵だ。協力を依頼したが、彼らには自治権があり、ヨーン族、オルエス族、ジュール族というそれぞれの敵がある。まがりなりにも平時で、まだ戦争は勃発していない。北・西・南で兵を徴集することはできなかった。

 3者とも、令嬢との婚約を条件に、兵力を提供すると匂わせはした。

 私はうなずかなかった。

 クロエを愛している。季節の魔法はヴァレンティンの平和を超えて、人類の存続のために必要だ。ブライアン公爵家との同盟ができれば、対オースティンの切り札ともなり得る。クロエ以外の女性と婚約することはできない。

 中央と東部軍団を合わせると12万の兵力となる。これだけでもサイラス王に対抗できる。

 私は中央軍団を精鋭化することに注力した。東部軍団の基地、城塞都市アインホルンにも足を運んだ。


「お兄様、素敵ですわ」

 12月7日、王宮の空中庭園でベリッサとふたりきりで会ったとき、彼女は言った。

「ここから軍事演習を見ていました。わたくしにも軍団が素晴らしい動きをしているってわかりました。ジルベールお兄様なら、ヴァレンティンを守れます。クルトお兄様には無理だったでしょう。だって、遊び人なんですもの。サイラス王が戦争準備をしていても、適切な対応はできなかったと思います」

 妹の顔には、歪んだ笑みが浮かんでいた。

「わたくしはまちがっていませんでした。正しいこと、やるべきことをなしたのです」

 私の胸は重苦しくなり、のどは焼けるように痛かった。

「ベリッサ、おまえは兄さんを……」

「ジルベールお兄様、白状します。わたくしはクルトお兄様をニナ湖の底へ引きずり込みました。処刑してください」

 妹の表情からは、後悔はまったくうかがえなかった。

 彼女は明るくて賢いが、思い込みの激しいところがある。

 私には想像もできないほど、激しかったのだ。狂気の域に達するほど……。

「スカーレットは共犯か?」

「あの子はわたくしの水泳友達です。見て見ぬふりをしてくれただけです。王女を告発することはできなかったのでしょう。彼女の罪は問わないであげてください。罪人はわたくしだけ」

 妹は本当に処刑を望んでいるようだ。私にはそのつもりはない。  

「ベリッサ、このことはけっして他言するな。私はまもなく戦場へ行く。戦死したら、おまえが王太子になる」

「わたくしが王太子に……?」

 彼女は一瞬完全に無表情になった。

「まったく興味ありません。ジルベールお兄様が死ぬなんてあり得ません。お兄様は輝かしい王になり、万民に愛され、この国を楽園に変えてくださるのです……」

 狂信的な口調だった。

 妹は兄を殺し、心を病んでしまったようだ。


 12月9日、サイラス王が軍事行動を開始したとの報が入った。

 王都ミラから自ら10万の軍を率い、西方へ出陣したという。遠征先は明らかにヴァレンティンだ。

 情報が入ったときには、すでに状況は動いている。遠方の出来事ゆえ、やむを得ないタイムロスが生じる。

 もう行動を開始すべきだ。

 私は王と王妃に面会して、迎撃の決意を述べ、中央軍団に出撃準備を命じた。

 目的地はライリー、経由地はアインホルン。

 アントニオ将軍に合流を指令し、ライリー城主イーノに伝令を出し、堅守を指示した。 

 クロエの動向がわからない。

 カイシュタイン山は僻地すぎる。


 12月13日、中央軍団6万とともにゾーイから出撃した。

 時速4キロで8時間行軍し、毎日32キロ進む目算だったが、机上の空論だった。

 雨が降ると速度は落ち、山越えなどの悪路もあり、水や食糧を途中で調達しなければならず、平均して1日25キロ程度しか前進できなかった。

 私はもっと学ばなければならず、軍はもっと練度を上げなければならない。


 12月25日、アインホルンに到着し、東部軍団を旗下に加えた。

 アントニオ将軍から、クロエがライリーにいて、爆弾を製造し、オースティン軍と戦っているという話を聞いた。

 なんて女なんだ、あの子は!

 翌日、私たちはアインホルンを発ち、行軍速度を上げ、ライリーをめざした。 

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