第29話 籠城
12月14日以降も、わたしは黒水晶で爆弾をつくりつづけた。
相変わらずオースティン軍によるライリー包囲はつづいているが、爆弾を怖れて、城壁には近寄ってこない。遠巻きに囲んでいる。
イーノは援軍が到着するまで、籠城を堅持する構えだ。
城壁に隙間なく、兵士を並ばせている。皆、爆弾を持っている。
夜には篝火を焚かせ、夜襲に備えている。
ライリーには兵糧の備蓄がたっぷりとあり、半年は飢える心配はない。
オースティン軍とライリー守備軍の睨み合いがつづき、わたしは黙々と爆弾を製造している。
12月18日までに、黒水晶1000キログラムを3000発の爆弾に変えた。
これくらいあればとりあえずはいいだろう。
城壁の守備兵にまんべんなく配布した。
総攻撃をかけられても、十分に持ちこたえられるはずだ。
わたしは爆弾の製造をいったん中断した。
登山隊員を率いて、東側城壁の守備についた。
2キロメートルほど先で、獅子の旗が風に吹かれている。
サイラス王はあそこにいる。
なんとか彼だけを爆死させる方法はないだろうか。
王が死ねば、戦争は終わる。
鳶が敵味方の上空を飛んでいる。
鳥よ、爆弾を運び、旗の下へ落としておくれ……。
そう願ったが、わたしに鳥を操る能力はない。
ジルベールはどうしているだろう。
そろそろライリーが敵に包囲されているという情報はつかんでいるはず。
彼は中央軍団とともに出撃しただろうか。
ゾーイからライリーまで約600キロメートル。
歩兵が主力だから、騎馬よりは遅い。
「1日30キロメートル行軍するとして、20日間くらいかかるでしょう」とイーノは言っている。
どんなに急いでも、到着は1月になってからだ。
「兵站が整わなければ、大軍は動けません。不測の事態で遅れるかもしれません。期待しすぎるのは禁物です」
イーノは楽観的な発言を避けている。甘い見通しがはずれて、兵が落胆するのを怖れているのかもしれない。
サイラスの心理は?
彼は電撃的にヴァレンティンの王都を襲撃し、一気に勝勢をつくりたかったはずだ。
国境警備の小城など、ひと揉みで陥落させ、先に進みたかっただろう。
ライリー城に思いがけず手こずって、焦っているにちがいない。
いまとなっては、ここを置き捨てて進軍することはできない。
後ろから爆弾攻撃を受け、前からヴァレンティン軍主力に襲いかかられたら、オースティン軍は潰走するしかない。
「サイラス・オースティン!」
12月20日、わたしは城壁の上から東方の敵陣に向かって叫んだ。
「女に暴力を振るう卑劣な男よ、ライリー城ひとつ落とせない非力な王よ、いますぐヴァレンティン王国から出ていきなさい!」
誰だあの女は、というようなざわめきがオースティン軍に広がった。
サイラスは城壁から1キロメートルほど離れたところに現れた。矢の射程距離外。
「誰だ、おまえは?」と彼は大きな声をあげた。
「わたしはクロエ・ブライアン」
「クロエ? 国外に追放したクロエか? 生きていたのか?」
「あなたが差し向けた暗殺者は死んだわ。わたしはヴァレンティン王国のジルベール王子に命を救われたのよ」
「敵国に組するとは、裏切り者め!」
「そちらが侵略しなければ、敵国ではなかった。あなたが事を起こし、敵味方となったのよ。いまわたしはジルベール王子と親しくしているわ。彼が率いる軍がまもなく到着するでしょう。そうなればオースティン軍は、ヴァレンティン軍主力とライリーの爆弾軍に挟撃されて、壊滅するしかない。ちなみに黒水晶爆弾は、わたしが魔法で製造しているの。いくらでもつくれるわよ!」
サイラスは激昂した。
「あの女を殺せ! 東門に総攻撃をかけろ!」
「あなたが先頭に立ってかかってきなさい!」
挑発したが、彼は出てこなかった。
敵兵が東門に殺到してきたが、爆弾で迎撃し、ことごとく退けた。
味方に死傷者なし。オースティン軍は少なく見積もっても、500人ほどの犠牲者を出した。
黒水晶爆弾を1500発くらい使用した。
わたしは爆弾の製造を再開した。
ときどきイーノや千人隊長たちと軍議をした。
「敵軍は手詰まりです。せいぜいトンネルを掘るくらいしか、手立てはないでしょう」と千人隊長のひとりが言った。
「トンネル? 危険ではないですか」
「1日にせいぜい10メートル程度しか掘れません。目に見える範囲には掘り口はありませんから、1キロメートルは掘らねば、城内には届きません。100日はかかります」
「それでも不気味ですね」
「警戒はしています。しかしいまのところ、土を掻き出しているようすもありません」
「サイラス王を爆撃することはできないでしょうか。たとえば獅子の旗をめがけて騎兵で夜襲をかけ、爆弾を投擲するとか」
わたしは積極策を提案した。
「やってみる価値はあります。私が打って出ましょうか」と応じる千人隊長がいた。
「いまは守備に専念しよう。時間は我々の味方だ。援軍が近づいているはずだ」
イーノは許可しなかった。
両軍が対峙したまま、日にちが経過した。
わたしは2000発の爆弾を追加製造した。
12月31日の夜、シローが温かい汁麺をごちそうしてくれた。
「年越し麺というんでやす。あっしの故郷の慣習で、年の暮れに汁麺を食べるんでさあ」
エビのフライが入っている美味しい麺料理だった。
デヴィットと一緒にそれを食べながら、司令塔で年を越し、新年を迎えた。
「ハッピーニューイヤー」とわたしは言った。
「ハッピーニューイヤー」とデヴィットは答えた。
ジルベールの到着を、わたしは信じて待っていた。
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