7月27日

 事件が無事に解決し、僕にとっての夏休みがようやく始まった。


 昨夜は優里先輩の家で食事をもてなされた。

 例のお手軽ミールキットだが、先輩みずからレンジで温めてくれたのはぎりぎり手作りと言えなくも……まあ、そのあたりは深く追求しないことにする。

 料理をつまみながらポツポツと事件の顛末を話し、「君にしては良くやった」と微妙なコメントをもらう。

 それでも、毒舌家の先輩にしては最大限の褒め言葉なんだと思うことにして、まあまあ気分良く帰宅した。

 おかげで翌朝の目覚めも快適だった。

 六時過ぎには目が覚め、朝食の準備を手伝って家族に変な顔で見られたりした。が、今日の僕は寛大だ。父母の怪訝な表情だって気にもならない。

 だが、涼しいうちに宿題に手をつけておくか、と思った所で、珍しく自宅の電話が鳴った。


「はい、四持でございます」


 どうやら母が電話をとったらしい。

 最近は家族の誰あての電話でもそれぞれのスマホにかかってくるので、家の電話が鳴ることはほとんどない。そもそも半分以上存在を忘れかけていた。


「……い、はい、おりますが……」


 その後母と通話相手の間で二言、三言のやり取りが聞こえたと思ったらいきなり大声で呼ばれた。


「太陽、学校から電話よ。〝よしみ〟って女の人」

「ええ? 吉見先生?」


 僕は首をひねる。

 生徒会から請け負った仕事で何かやり残しがあっただろうか?

 不審に思いながら階段を駆け下りて受話器を取ると、いつも淡々とした吉見先生らしからぬ緊迫した口調で、挨拶もなしに切り出された。


「四持、申し訳ありませんが、今すぐ学校に来てくれませんか?」

「どうしてですか?」

「ちょっと電話では説明しにくいですね。あと、比楽坂さんに連絡は取れますか?」

「優里先輩?」

「恐らく、現状あなたから話をするのが最もスムーズだと思われます」

「何があったんです? できればもう少し詳しく事情を教えて下さい。先輩はそう簡単に動く人じゃないので……」


 僕の要望に、先生は受話器の向こうでしばらく沈黙した。だが、先輩の性格は先生もある程度理解しているようで、ため息交じりに切り出した。


「職員室のガラスです。今度はヒビ割れではありません。恐らく人為的に壊され、何者かが侵入したようです」


◆◆


 優里先輩の機嫌は最悪に近いほど悪かった。


「先輩、無理を言ってすいません」


 僕は先手を取って頭を下げるが、先輩は射殺でもしそうな鋭い目つきで僕を睨みつけるきりで、口を開こうともしない。


「二人とも、夏休みにまで呼び出してごめんなさい」


 すぐに職員室の引き戸が開き、吉見先生が姿をあらわした。


「先生、一体何があったんです? それに僕ら——」

「ええ、順を追って説明します。まず、あなた達を呼んだのは、校長の指示です。迷惑なのは私も充分理解しているけど、ここはどうか飲み込んでちょうだい」


 そう言われると文句も言いにくい。だが、先輩はむすっと黙り込んだまま、フンと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。


「次に、ガラスが割られたのは熊元先生の後ろの窓です。初日にヒビが入った場所ですね。犯行時刻は昨夜夜二十二時から今朝八時半までの間と思われます」

「あの?」


 僕はその説明になんとなく引っかかった。


「警備会社に連絡は行かなかったんですか?」

「昨夜はセンサーの誤作動を避けるためにアラームを切っていました。ここ数日のヒビ割れ騒ぎを見て、校長が決めました」

「……嵌められたんだよ!」


 それまでずっとむすくれていた優里先輩が、突然吐き捨てるように言った。


「ボクらはいいように利用されたんだよ。せっかくの四持の頑張りも、犯人に隙を与えるダシに使われた。ボクはそれが我慢ならない!」

「……先輩」

「四持、君は悔しくないのか!? ボクらは、ボクらのやったことはっ!……」


 それ以上の言葉を失って、先輩は肩をいからせて両拳を固く握りしめた。その姿勢のまま、まるで威嚇する猫のようにフーフーと荒々しく息を吐く。

 先輩は怒り狂っていた。でも、僕はその矛先が僕ではなく、僕を嵌めた犯人に向いていることにホッとして、同時に少しだけうれしかった。


「その件で校長が話を聞きたいそうです。四持は、熱割れは半分自然現象のようなものだと言いましたね」


 僕は無言で頷く。


「だとすれば、犯人は現象をコントロールすることなどできないはず。アラームを切るかどうかの判断も完全に人任せです。昨夜たまたま降ってわいたチャンスに、刹那的に犯行を行ったとしか考えられません」

「違うんですか?」

「犯人は侵入の形跡を何も残していません」

「どういうことですか?」


 話の行き先が見えず、僕は思わず聞き返した。


「思いつきの犯行と考えるにはやり口が鮮やかすぎる。そう言っているんだよ」


 先輩のつっこみに吉見先生も大きく頷く。


「実際のところ、何人かの先生がかすかな違和感を感じただけで、無くなったとはっきり言い切れる物もありません。警察に届けるべきかどうかすら決めかねているんです」


 

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