6月3日 −5−

「ばあさん、生徒会が配った職員紹介、ここにもあるかな?」

「相変わらず口の悪いこと」


 教師を教師とも思わない優里先輩だが、司書先生は慣れているのか、さほど気にする様子もない。片手で紅茶のカップをつまみ、空いた手でカウンター横のパンフレットラックをちょいちょいと指さした。


「確かまだ残ってたと思うわよ」


 僕は先輩の目配せを受けてスイングドアを抜け、先週発行された生徒会の広報誌を一部抜き取って席に戻る。


「あ、これですよ、僕が手伝わされたの。先生の数が多いから撮影が慌ただしくて大変でした」


 ウチの学校職員は多い。

 実際に教鞭をとる教師に加え、校医や、今目の前で優雅に紅茶を飲んでる司書先生のような専門職まで含めると五十名を越える大所帯だ。

 その全員の顔写真をわずか二日で撮りおろせと言われた時には一瞬目の前が暗くなった。

 結局、生徒会の役員がコーディネーターとして僕に張り付き、LAIMで先生たちの居場所とスケジュールをリアルタイムに調整しながら校内を走り回って撮影した。一人あたりにさける撮影時間はわずか一、二分という、まるでレースカメラマンのようなとんでもない荒行だった。


「なるほど。それで名前を把握してないのか」


 優里先輩は小さく頷きながら意味不明のつぶやきをもらすと、司書先生のペン立てから勝手に赤色のサインペンを抜き取って二人の女性教師にキュッと丸印をつけた。


「さっきの〝緑陵〟と照らし合わせてみろ」

「はぁ……?」


 わけがわからないまま演劇部名簿と見比べる。


「あれ、これって?」

「そういうことだ」


 誌面には、当時唯一、演劇部に残った女生徒と同じ名前の教師がにっこり微笑んでいた。


「宮本明日美、担当英語……園芸部顧問」

「そしてもう一人、この女」


 キャップをしたサインペンの先でつつく先は新任教員の紹介コーナーだった。


「ぇ? でもこの人は……」

「退部した男子生徒の姓、女子生徒の名前、組み合わせてみろ」

「あっ!」


 メタルフレームのメガネをかけ、生真面目な表情で写っているのは、吉見あずさ、担当は国語、生徒会顧問。


「年齢的に見て他校からの転任だろう。転任早々生徒会を任されているところから見て、前任校での評価も高かったんだろうな」


 説明しながら慣れた様子で書棚の隅に置かれているストッカーをあさり、カップとソーサーを二つ取り出す。


「吉見は卒業後ずっと本校を離れていて、十数年ぶりに母校に戻った。そして、演劇部の置かれている危機的状況に気づいたんだよ」

「危機的?」

「そう。数年がかりの遠回しな陰謀で潰されようとしている状況に、な」


 優里先輩はそこで言葉を切ると、ティーポットから紅茶を自分のカップに注いでぐいと飲んだ。


「やっぱり、わかりません」


 僕は、先輩が紅茶を飲み終えるまでの数分間、ずっと広報誌を睨みつけながら考えた。でも、先輩が簡単に見抜いているであろうことを察することがどうしてもできなかった。


「そんなわけないだろ? 君なりの推理を聞かせてくれ」

「……笑わないでくださいよ」

「笑う? そんなことはしない。ただ愚か者と罵るだけだ」

「だからそれが嫌なんですって。誰もが先輩みたいな鋼の心臓を持っているわけじゃないんですからね」

 

 その瞬間、先輩はまるでその言葉がショックだったかのように、仰々しく左胸を押さえ、顔をしかめて小さく唸る。その様子がなんともあざとかわいく、僕は思わず唾を飲んだ。


「し、仕方ないですね。じゃあ、僕の思いつきを話します」


 頭の中を整理しながら小さく指を折ると、ゆっくりと口を開いた。


「まず、十五年ほどまえ、演劇部で何らかの不祥事があった」

「ふむ」

「結果として、不祥事に関与したとされる二名が退部した。活動休止も恐らくそれに関する理由でしょう」

「なるほど。それで?」

「ただ、演劇部の活動は実質、退部した二人が担っていた。脚本は男子生徒、恐らく衣装担当は女子生徒」

「……そこは気付いていたんだな」


 先輩は〝緑陵〟の記述を読み直しながら小さく感嘆のため息をつく。

 〝緑陵〟には、その年に行われた学外の高校生論文コンテスト結果も書かれており、優秀賞の項に吉見の名があった。


「活動の主力を失った演劇部は実質開店休業になり、ただ一人残った三年生の宮本が卒業し、新たなメンバーが入部するまで活動は再開されなかった。ここまでが僕の推理です。ただ、それが今起きている事件にどう結びつくのかがさっぱり……」


 僕が話し終えると、先輩は無言で僕の前に湯気の立つティーカップを押しやった。


「……悪くない推理だ。所々間違ってるけどな」

「な!」

「褒めてるんだよ。君は動き回るのが本分で知恵働きは苦手なタイプだと思ってたんだが、意外にいい線ついてる。やっぱりカメラをやってるだけあって目の付けどころがいいんだろうな」


 先輩なりの不器用な賛辞を受けて思わず頬が熱を持つ。


「だが、実はもっとドロドロしてる。本当は、君にそこまで踏み込んで欲しくはなかったんだがな」


 先輩は司書先生と顔を見合わせて寂しげに眉尻を下げた。




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