6月2日 −2−
「ところで、君は本当に目星がついていないのかい?」
恐縮した僕の態度に多少気をよくしたのか、優里先輩はニヤリと笑うと僕の顔をのぞき込んだ。
「目星って……何をですか?」
「この事件の犯人だよ」
「え!? もう? 少し話をしただけですよ?」
「さすがに現時点で個人名までは特定できていないさ。でも、条件にあう人物はそういないはずだ。少し調べれば判るだろう」
「へえぇ……」
僕はどう答えればいいのか判らなかった。昨晩は僕なりに色々考えて、結局仮説の一つすら立てられなかったのだ。それなのに彼女は、わずか十数分話を聞いただけですべて理解したと言うのだろうか。
「むしろ、気になっているのは犯人の行動のちぐはぐさだ。ボクの想像が正しければ、犯人は衣装を根こそぎ持ち出す必要まではないはずなんだ」
「え、でも、ロッカーは全部からっぽでしたよ」
「そこが理解できない。たくさんあるうちの数着程度なら、そもそも盗難自体気づかれなかった可能性がある。わざと見つかる危険をおかしているような気さえする」
「僕は先輩の発想が理解できませんけど……そろそろ説明してくださいよ」
先輩は〝できの悪い奴だ〟とでも言いたげに顔をしかめて深いため息をつき、ソファに深く座り直した。
「四持、君は本件をどう考えた? 犯人は何を考えていると思う?」
「え?」
思いがけない質問が来て一瞬言葉に詰まる。
「僕は、犯人は演劇部を助けようとしてる気がしたんです。脚本家を紹介し、現部長に主役をやるように焚きつけて……」
「うん。そうだ。そこまではボクも間違っていないと思う」
「でも、その先がさっぱり判らないんです。だったらどうして衣装を持ち去るんですか?」
「そう。そこに矛盾がある……さっきの写真、もう一度よく見せてくれないか」
先輩は思いついたようにストラップを首にかけたままのカメラを無造作に引っ張る。当然僕の頭も引きずられ、彼女の顔に触れんばかりに近づくのも構わず、彼女は真剣な表情で矢印ボタンを連打して写真を送っていく。
「これだ! もう少し大きく表示できないか?」
そういって彼女が示したのは、空っぽのロッカー全体を写した何の変哲もない写真だった。
「どこを拡大すれば?」
「ここだ」
彼女はロッカーの底、隅に埃が吹き溜まっているあたりを指さす。
「最大倍率にしてくれ」
「ったって、たぶん砂埃しか写ってないですけど?」
僕のコメントを無視し、画面を縦にしたり横にしたりして凝視していた彼女は、やがて諦めたようにカメラを手放した。
「だめだな。解像度がまったく足りない。ポンコツだな」
「ええ!? 一体何を確かめたいんですか?」
僕のカメラの解像度は千二百九十万画素だ。確かに最新鋭の機種には及ばないけど、その分感度が高く、真夜中の星明かりでもくっきりと撮影できるのが密かな自慢だった。それをけなされたような気がして正直気分がよろしくない。
「……明日だ。明日朝一番で直接現場を確認したい。部長に許可を取ってくれ」
「え、明日ですか?」
相変わらずマイペースの彼女に、僕は憮然として聞き返す。
「明日は土曜。授業は休みです」
「でも部活はやるだろう? のんびりしてると稽古の時間が取れなくなる。ことは一刻を争うんだ」
そこまで言われては仕方ない。僕はLAIMを立ち上げ、古平先輩に明日朝一番の訪問を告げる。見ている間に既読がつき、またたく間に承諾の返事が返ってきた。
「OKだそうです。やっぱりメッセージアプリのやりとりはこうじゃなくちゃいけませんよね」
何度メッセージを送っても既読スルーの誰かさんをからかうように画面を見せると、彼女はむっとして僕の手からスマホを奪い取り、連絡先にほんの数人分のアカウントしか並んでないのを確認して鼻で笑った。
「確かに、ずいぶんと使いこなしているようだね。私とはレベルが違う。はぁー、大したもんだ。いやあ、心から感服したよ」
つまらぬことを言った。
僕が口で優里先輩にかなうはずがなかったのだ。結局、僕は顔を伏せて黙り込むしかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます