6月1日 −3−
「見当たらない?……ずいぶん曖昧な言い方をしますね?」
モニョモニョと言いにくそうな古平先輩をうながすと、彼女は両手をぐっと握りしめ、意を決したように顔を上げた。
「ええ、そうですね。言い繕ってもしょうがありませんね。恐らく、いいえ、間違いなく盗まれたのだと思います」
僕と延田は無言で顔を見合わせた。
「古平先輩、もしそれが本当なら、僕らに相談するよりもう少しふさわしい……それこそ警察にでも相談するべき案件ではないでしょうか?」
「いえ、それは……」
古平先輩は再び言いよどむ。
「なにか事情がありそうですが、詳しく話してくれないと……」
「え、ええ、話します。覚悟はしてきました」
うんうんと自分を納得させるように頷きながらも、先輩の額には薄っすらと汗が浮かんでいる。どうやら彼女はかなり緊張する
「……ねえ、奈緒っち、緊張してるの?」
と、いきなり延田が前触れもなくぶっ込んできた。
「奈緒っちって、おまえ! 一応先輩だぞ!」
「い、いちおう……」
呆然とする古平先輩に向かって延田はにへっと笑いかける。
「いやいや、あーしら、そういうのあんま気にしないっしょ? だったらこの方がよくない? なんだか仲良しって感じがして」
ヘラヘラと笑いかける延田。だが、おかげで古平先輩の顔から焦りの色が消えた。
「そういえばあーしら、まだ自己紹介もしてないし。あーしは延田マリア。で、こっちのが
「よもつ?」
「なんだっけ、ヨモッチ? ヨモッシー?」
「ゆるキャラみたいな呼び方すんな! ちゃんと太陽って名前があるわ!」
「ぷぷ、陰キャのくせに太陽だって、ウケる!」
「陰キャ違うわ!」
その瞬間、こらえきれなくなった古平先輩がついに吹き出した。
ひとしきり笑った末、小平先輩は指先で涙をぬぐいながら感慨深そうに言った。
「ごめんなさい。あなた達のやり取りがあんまり気やすいから。私も、一人で悩まずに早く誰かに相談すれば良かった」
「そうそう、一人で抱え込んでいても何もいいことないって。ぱーっとぶっちゃけちゃえ——」
「延田は表に出しすぎだ。少しは抱えとけ」
せっかくおさまった笑いの発作がぶり返し、話が再開できるまでにさらに数分を要した。
◆◆
「ここが?」
「ええ」
部室棟の一番端。入学以来何が入っているんだろうとずっと謎だったプレハブ倉庫の前に僕らは立っていた。
「鍵は?」
「いつもは職員室のキーボックスに。私が出入りした以外、ここ一年ほど貸出記録はありませんでした」
音楽室の一件でも、鍵の貸出はかなり面倒だった。担当教師の目の前で貸出簿にクラスと名前を記入し、学生証で本人確認までされる。そのうえ、貸し出される鍵にはかまぼこ板ほどの大きさの真っ赤なキープレートがついていてとにかく目立つ。こっそり持ち出したり戻したりはまず不可能だ。
「ここ以外の出入り口は?」
「ありません。窓もありません」
答えながら小平先輩はシャッターに鍵を差し込み、ガラガラと勢いよく引き開ける。
「どうぞ」
照明が灯され、促されて中に入ると、舞台照明や大道具、小道具が所狭しと収められ、そして隅の方には更衣室でよく見かける縦型の衣装ロッカーがずらりと並んでいた。
「わー、凄くない?」
延田の感想に僕も同意のうなずきを返す。その間に古平先輩は僕らを追い越すように衣装ロッカーに向かい、一番右端の一つをガチャリと開く。
「あー本当だ。空っぽ」
先輩は次々に扉を開くが、どれもがらんどうだった。
僕はロッカーひとつひとつの内部に念入りに目を通し、いつものように写真を撮る。そうして、一番壁際のロッカーの天井に水色の洋封筒が貼り付けてあるのに気づいた。
「先輩、これ」
古平先輩は僕の声に弾かれたように背筋を伸ばし、慌ててロッカーをのぞき込むと、小さくつぶやいた。
「……あ、こんな所にも」
「え? 他でも?」
思わず聞き返した僕に、先輩は困り果てたような表情でうなずいた。
「部室に行きましょう。お見せするものがあります」
古平先輩はそのまま先に立って倉庫を出る。
「おい、行くぞ」
普段見慣れない舞台用の照明器具に見とれていた延田を促し、僕らも後を追う。
演劇部の部室は部室棟の一番端っこ、さっき出入りした倉庫に一番近い部屋が割り当てられていた。
「これです」
古平先輩は机の引き出しから水色の洋封筒を二通取り出して僕らに見せた。
「ということは、これとあわせて三通?」
「ええ」
僕がロッカーから剥がしてきた封筒を差し出すと、先輩はハサミで早速封を切る。
中から出てきたのは封筒と同じ水色の便せんが一枚だけだった。したためられたメッセージは便せんの真ん中に、ブルーのインクでたった一行だけ。
〝探し求めよ。消えた装束は、装うにふさわしき者の元に戻る〟
「……どういうことだ?」
「あー、きれいな字」
延田がピントのずれた感想をこぼす。だが、古平先輩はそれも律儀に拾ってほほ笑んだ。
「確かに、まるでペン習字でも習ったような美しい筆跡です。他の二通も、ほら」
それぞれ、すでに封を切られた封筒から便せんを取り出して広げる。便せんに使われている紙も、筆跡も、メッセージの醸し出す雰囲気もそっくりだ。
〝請い願え。物語を書き綴る才はここに在り〟
〝胸を張り演じよ。まとうべき装束はここに在る〟
二枚の便せんには、それぞれこんなメッセージが書かれていた。
「最初の手紙は、生徒会から期限付きの廃部保留を言い渡された翌日届きました。朝来たら、この机の上に、この文集に挟んでありました」
先輩は、書棚から文芸部が年に一度出している文集を取り出すと広げて僕に差し出した。
「このページです」
受け取ってパラパラと目を通す。開いたページにあったのはタイムリープ物の短編だった。女子高生が戦国時代にタイムリープし、色々な事件を経て成長し、現代に戻る。アクション多めの破天荒なストーリーは思ったより読み応えがある。一言で言うなら、
「おもしろい!」
僕は思わず声を上げた。
「えー、どれどれ?」
延田が脇から手を伸ばしてきたのでそのまま渡す。
その間に先輩はもう一つ、きれいにクリーニングされ、袋がかけられたセーラー服を机に置いた。
「二通目はつい先日です。放課後に部室に来ると、このセーラー服と一緒に置かれていました」
「これは?」
女子の制服には詳しくないが、少なくともうちの制服じゃないのは確かだ。というか、このあたりの学校はブレザーばかりで、この手のセーラー服を見たことがない。
「延田、これ、どこのだ?」
「え? 知らない。たぶん関東の高校じゃないと思う」
延田は制服を一瞥すると、あっさりそう断言して文集に視線を戻した。
「凄いな、一瞬でそんなことまで」
「当たり前っしょ。あーしら、制服で相手がどこ高だかだいたい判るし」
文集から目を離しもせずにさらりとそんなことを言う。というか、延田が小説に夢中になっている姿を初めて見た。
「延田、そういうのも読むんだな。意外だ」
「バカにすんなし。あーし、ラノベとかも結構読むし。文学少女だし」
「へ、えぇ」
予想外の告白に僕は返すべき言葉を失った。
自称、文学少女は言うだけあって結構な速読で、あっという間に小説を読み終えてしまった。
「いや、これウケるっしょ。奈緒っち、これ文化祭で
古平先輩に文集を返しながら、延田はヤケに上機嫌だった。
「ええ、このお話を書いた人に脚本に落としてもらおうかと思ってます」
「で、主役が奈緒っちと」
「え!? しゅや——」
「だって、このセーラー、そういう意味っしょ? 実際、戦国時代に行くならあーしらの制服よりこっちの方が向いてるし」
「ああ!」
古平先輩は意外な大発見をしたように大声を上げた。
「思い出した。このセーラー、確か昔のこの学校の制服だし。ママの写真で見たことが……」
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