6月1日 −2−
釈然としないまま教室に戻ると、細かい衣装直しを終えたらしい延田メイドがカーテシーで僕を出迎えた。お針子チームは一足先に帰宅したらしく、教室には彼女一人だった。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
僕が反応に困って立ちすくんでいるのをどう勘違いしたのか、ニヤニヤ笑いながら肘で僕の脇腹をドスドスと突く。
「どーよどーよ、ぐっと来た? それとも惚れた?」
「ぐっと来てないし惚れてもいない」
「あれ、おかしーな。こーやって媚びればオタクはすぐにおちるって――」
「なんだその怪情報。そもそも僕をおとそうとするな。延田は僕をなんだと思ってるんだ?」
「えー、オタクとは違うのかー。ま、陰キャってーのもちょっと違うっぽいし、なんだ?」
「知るか! それより何か用でもあったんじゃないのか?」
答えながら彼女の前を素通りし、自分の席に戻ると、鞄をまとめて立ち上がる。
「あーそう。それそれ、まだ帰らないで。客が来んのよ」
「客?」
「演劇部の子なんだけど、なんだか妙な事件に巻き込まれたとか。四持に解決して欲しい」
「へ? 事件? それになんで僕?」
「だって、この前、音楽室の幽霊事件を解決したじゃん」
「……別に僕が解決したわけじゃない」
そう。僕はただそこにいただけで、謎解きの大半は優里先輩がこなした。
「細かいことはいいからいいから。それに、演劇部は今度の文化祭で何かやらないと廃部になるんだって。彼女、本当に困ってんのよ」
僕ははたと立ち止まった。僕自身、写真部の廃部でずいぶんな迷惑をこうむっている。何だか身につまされる話だ。
「……話だけでも聞くか」
「そー! それでこそ四持!」
テンションの上がった延田が腕にまとわりついてくるのを引き剥がしていると、廊下に人影が走った。
「あ、ほら、来た」
見れば、教室の扉がわずかに開き、そこから見知らぬ女子生徒が中をのぞき込んでいる。
「入っていいですか? それともイチャイチャの邪魔をしてしまいましたか?」
「「イチャイチャなんてしてないっ!」」
珍しく僕と延田の声がそろった。
◆◆
「私は演劇部二年、古平奈緒です」
肩までの黒髪に前髪ぱっつんが印象的な彼女は、両手をそろえて丁寧に頭を下げた。
「演劇部の部長を務めています。とはいっても、演劇部員は現在私一人なんですけど……」
言葉尻を濁し、なんだかゴニョゴニョと言い訳をする古平先輩。
「でも、そんな状況だと普通は新学期になってすぐ廃部の決定がなされるはずでは?」
なにしろ僕は、眼の前で写真部が廃部にされる瞬間を目撃している。そこに慈悲はなかったはずだ。
「生徒会に何度も掛け合いました。演劇部は照明や音響設備も多く、部室の他に資材倉庫を持っています。もし廃部になるとそのあたりの処分が必要で、産廃処理の費用もかなりかかりますから」
なるほど、生徒会は余計な出費を嫌って廃部に猶予を設けたのか。
「そのかわり、タイムリミットは文化祭まで。それまでに部の体裁を整えて、文化祭のステージで劇の上演を行うことが条件でした」
まあ、確かにうちの演劇部はそれなりの名門で、過去に何度も県大会に出場している。なかなか全国に手が届かないあたりが残念だが、しかし……。
「大丈夫なんですか? あと三週間しかありませんよ」
「死力を尽くすつもりです。ですが、それよりちょっと困ったことになりまして……」
古平はそこで言葉を切り、大きなため息を付いた。
「困ったこと?」
「ええ」
彼女は声を潜め、まるで秘密の話をするようにあたりを見渡した末、僕らに顔を寄せた。
「つい最近、資材倉庫の確認をしに行って気づいたんですけど、衣装が……」
「衣装?」
「ええ、うちは過去の公演で使った衣装が全部残っているんです。ごくたまに、ですけど過去の作品の再演もありますし、あれだけあると、だいたいどんな脚本でもある程度手直しすれば使い回しができますから」
「あー、なるほどね」
「ですが、この前点検のために資材倉庫に入ったら、あれだけあった衣装が一着も見当たらなかったんです」
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