演劇部・失われた舞台衣装

6月1日

 中間考査が終了し、制服が夏服に切り替わる頃になると、校内は間もなく行われる文化祭「緑丘祭」に向けた準備で一色になる。

 僕は未だ部活に所属していない(所属すべき部活がお取り潰し中なので当然といえば当然)ので、自然、クラス展示の準備に駆り出されることになった。

 僕らのクラスは「アリス・イン・ワンダーランド」をモチーフにしたカフェをやるらしく、僕も日々トランプ兵士のダンボール衣装を量産したり、延田演じるアリスメイドと、クラス一の巨漢、花岡が演じるチェシャ猫執事のコスプレやPVを撮影したり、なかなかに忙しい。

 延田は素が整っているのでなかなかのアリス具合だったが、予想外だったのが花岡だ。

 メイクアップアーティスト志望の女生徒が渾身のメイクを施した花岡のチェシャ猫には、クラス一同その出来栄えに思わず絶句、いや、驚愕した。

 ニヤリとふてぶてしく笑うその顔は誰がどう見てもチェシャ猫そのもので、夜中にうなされる、あるいは子供がちびって泣き出すレベルの迫力があった。

 僕が撮影した素材画像は美術部の藤井の手でゴシックホラー調のポスターになり、校内はもちろん生徒会が開設した特設ウェブサイトでもその異容を誇った。

 前評判は上々、僕らは最優秀展示賞獲得に向け確かな手応えを感じつつあった。

 一方で、優里先輩からの連絡はあの日を最後にぱったり途絶えた。


◆◆


「優里はあなたに何も話してないの?」


 僕は延田を通じて放課後の図書館に麻子先輩を呼び出してもらい、優里先輩の様子を訊ねた。だが、麻子先輩は困り顔を崩そうともしない。


「ええ、交換したLAIMにも全然リプが返ってきませんし、二年生のどのクラスを探しても先輩の姿を見つけられなくて」

「そこまでして彼女を探して、君は一体何がしたいの?」


 聞かれて僕は絶句した。

 改めてよく考えてみたら、なぜ自分が彼女を探しているのか、言葉にできる理由が見つからない。


「いえ、あの……」


 言葉に詰まる僕に、麻子先輩は苦笑しながら、それでもきっぱりと言った。


「だったら私には何も教えてあげられることはないわ。音楽室の件で君には感謝しているけど、それとこれは話が別だから」

「でも、せめて消息くらい……先輩は元気なんですか? 本当に先輩はこの学校の生徒なんですよね?」

「うーん、まぁ、元気だと思うよ。それにこの学校の生徒であることも間違いない。私に言えるのはここまでかな。ごめんね」


 彼女はそれだけ言い残すと立ち去った。後には呆然とする間抜けヅラの僕だけが取り残された。

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