第050話 抗戦
エクレシーム国内の至る所から爆発音や戦闘音が聞こえてくる中避難する人々の間を抜けて冬也達は瓦礫が散る道を走り抜ける。
頻繁に上空を飛び回る魔族がいつ自分達に向かってくるか分からない以上剣を抜いたまま臨戦態勢は崩さない。
二道の民や紫の魔獣との戦闘でボロボロになった東瀬の街並みも酷いものだったが空を覆うほどの魔族の軍勢に襲われたこの国の状況もまた酷いものだと言葉には出さないが冬也は思う。
「大丈夫ですか!?私達が護衛しますから地下通路から脱出してください。」
「はい・・・、ありがとうございます。」
戦闘に巻き込まれて傷ついた住民を警備兵や冒険者が助け起こしている所を目にしたフィエールが口を開いた。
「スタリエ学園長が先程の魔術通信で言っていましたが本当に関東に避難させるのですね。私には無茶なことだと思うのですが・・・。」
「規模を考えると人数が多いからスタリエ学園長も全ての住民を避難させようとは考えていないんじゃないかな?」
先頭を走る冬也が振り返らずに答える。
「冬也の言うことにボクも同感かな。今のままだと住民を守るので手一杯だから母様も攻めに転じられる数まで減らしたいと考えているはずだよ。」
「それでも時間が掛かってしまいますね。」
「そうだね。関東と東北に分散させられたら良いけれど、それができないからね。」
「東北の寒さが問題だから?」
彩奈の言葉に冬也はうなずく。
「僕達はこちらの世界にいるから忘れがちになるけど日本は今3月だ。東北の3月の平均気温は5℃前後。避難できたとしても寒さを凌ぐ住いと食料の問題がある。東北の先にあると言われている国が住民を受け入れてくれれば良いだけど、どういう訳か異界変災以降元々の住人であるはずの異世界人も例外なく受け入れていないんだ。」
関東に逃れることが出来れば気温は10℃前後とまだまだ寒い方だが昼は15℃と温かい。
それに加え、会場にいる教皇ギノンから聖都に働きかけてもらえれば住民は関東を越えて一時的に聖都に避難することもできる。
そうなれば、住いと食料の問題の大半が解決である。
「確かこっちの世界だと『帝国』と呼ばれている国よね。」
「僕が聞いた話によると帝国は元々鎖国的ではなかったみたいだよ。異界変災が起こってから受け入れてないみたいだ。」
「私や冬也君みたいな日本の人を受け入れないのなら分かるけど、どうしてこちらの世界の人も受け入れないのかしら?」
鎖国的ではなかった帝国の不可解な行動に彩奈は疑問に思う。
「わからない、治安の安定のために受け入れないのか、そもそもエクレシームの様に受け入れる体制が整っていないのか。ちょっと情報が足りないかな。」
「今まで妙な噂が聞こえてくることはなかったので表面的には安定しているはずですが、この先帝国の情報が必要となった時には直接乗り込む方法を考えた方が早いかもしれませんね。」
フィエールが言うようにエクレシームで過ごしていた間一度も内情が聞こえてこないという事は入国だけではなく、出国も許されていない可能性が高い。
そのため内情を掴むためには何かしらの方法で直接乗り込み情報収集するしかないのが現状である。
さらに移動して広場の近傍までやってくると何かを察した冬也が手に魔力を集中させる。
「皆!僕の後ろに!!」
冬也が素早く魔法で土防壁を出現させたその直後、広場付近から飛んできたと思われる複数の魔法が冬也達の近くの家を破壊した。
土防壁のおかげで冬也達は無傷だったが破壊された家から落ちた瓦礫が土埃を巻き上げて短時間のあいだ視界を奪う。
「誰か助けて!!」
「女の人の声!?」
彩奈が女性の声に反応して振り向くと広場付近の建物から大きな爆発が起こった。
「急ぐよ。」
「えぇ!!」
冬也達はすぐにそばから離れ、急いで聞こえてきた声の下へと向かう。
「「「はあぁぁぁ!!」」」
「軽いな。」
ブラウン色の肌と2本の角以外は人間の姿と変わらないオーガが戦斧を横に構え警備兵の3人の剣を一人で受け止める。
「武器を振るうってはこうするんだあぁぁ!」
「「「うわあぁぁ!!」」」
剣を受け止めたまま戦斧を振るい警備兵をまとめて建物の壁に叩きつけたオーガは斧腹で大きく地面を打つと期待外れとばかりに口を開いた。
「人間どもはそれでよく兵と名乗れるな。お前たちの様な弱い奴は俺達魔族じゃ兵とは呼ばないんだよ。」
「力の差が違いすぎる、彼女達だけでも逃がしたいが・・・。」
僅かに残った兵数で子供を抱える女性を守ろうと密集陣形をとる警備兵達。
そんな兵達に対して魔族達は力の差が歴然だとしても確実に獲物を仕留めるためジリジリと包囲していく。
「くっ、このままでは全滅だ・・・。」
憎らしい目を向けてくる警備兵達をオーガは鼻で笑う。
「覚悟は良いな。」
「くそっ!!」
死を目前にした兵にオーガの采が振るわれようとした瞬間サリエの声が響いた。
「
サリエの声に合わせて魔法が発動すると兵達を中心に直径10mの魔法陣が展開する。
展開した魔法陣にいる兵達の周りに5つの雷球が出現すると雷球から放電された雷が包囲していたガーゴイル族やオーガ族など魔族の身体を貫いた。
「うぐがあぁぁぁ!!」
しかし、サリエの放ったフィルレイの魔法効果はまだ終わらない。
初撃の雷球から放たれた雷がマーキングの役割を果たし、雷に貫かれた魔族の足元に別の魔法陣が出現するとそこから放たれた紫電が突き上げるように魔族の身体を焼いた。
紫電に焼かれた者達は声を上げる事無く黒焦げになりバタバタと地面に倒れると魔族に動揺が走った。
「下がれ、お前達!一体誰だぁ!!」
リーダー格のオーガが目の前で黒焦げになった同胞を目にした仲間達に叫ぶと杖を構えているサリエに顔を向けた。
「ボク達の国でこれ以上好きにはさせないよ!!」
「人間の子供とエルフだと?」
高度な魔術から成人した冒険者や魔術師の類だと予想していたオーガは冬也達の姿を見て顔をしかめた。
「さぁ、今のうちにここから離れてください。こいつらは僕達が引き受けます。」
「あぁ、わかった。我々ではどうにもならない、頼りなくて申し訳ないがここを頼む。」
冬也が兵達に避難を促すと兵の一人が守っている女性の扶桑な顔を見て悔しげに了承して女性と共にその場から離れていった。
離れる際に彩奈とフィエールは魔族達が兵達に襲いかかっても対応できるように警戒をしていたがリーダー格のオーガは兵達の後を追わせる気が無いようだった。
「僕達が引き受けます・・・か。子供だろうと剣を向ければ戦士だ、その意味を分かっているだろうなぁ!」
オーガは殺気を放ちながら敢えて口にすることで冬也達を脅すが今までの経験と新たに身に付けた自信が冬也達を支え、脅しに動じることはなかった。
「君達魔族こそ、この国に攻撃する意味を分かっている?光の壁で世界が分断されているとはいえ、この国に攻撃する事はボク達の世界の多くを敵に回すことになることを。」
「お前達人間にとって俺達魔族はそもそも敵だろうが今更何を遠慮する事がある!お前ら、エルフもいる子供だからと油断するなよ。」
「おおぉぉぉ!」
オーガが手を振り指示を出すと周囲にいた魔族達が雄たけびを上げて冬也達に襲い掛かった。
「全員蹴散らすよ!」
地上と上空から襲い掛かる魔族達に冬也と彩奈は武器を構えて前に出る。
「私が行くわ、合わせて!」
「わかった!」
並走していた冬也に仕掛ける事を伝えた彩奈は冬也の正面に出て先行する。
先行する彩奈は走りながら身を屈ませて魔族との距離を測ると冬也に合図を送った。
「今よ!」
「プロトアス!」
合図に合わせて冬也が彩奈の足元に土魔法を発動させると石畳から出現した石柱が彩奈を乗せたまま空にいる魔族達の方向に向かって勢いよく突出した。
剣を片手に身を屈ませたまま石柱の頭に捕まった彩奈は突出しきった石柱の勢いに任せて空から迫る魔族、ガーゴイルやリザードマンの下へと飛んだ。
片手持ちから両手持ちに変えて下段に構えた彩奈が剣に魔力を集中させると剣身に以前とは勢いが違う紅蓮に燃え盛る猛焔が宿る。
紅蓮に燃え盛る猛焔の形と勢いが炎の大剣よりも一定かつはっきりとしているのは魔道具を使用して2年近くイメージ修練した成果である。
「はあああぁ!!」
強く剣を握りさらに魔力を込めた彩奈が眼前の魔族を両断すると同時に焔の剣身から猛り狂う紅蓮の炎が放たれる。
剣身から放たれた高密度の魔力の炎は前方にいた全て魔族を飲み込み消し炭して消滅させていく。
「魔法で仲間を射出しやがったのか!?」
進行方向を焼き尽くした彩奈は意表を突かれ動きが止まるガーゴイルやリザードマンの間を抜けて魔族よりも高い位置を取るとすぐに振り返り眼下に両手をかざして炎を灯した。
「ブレイズダスト!」
灯した炎から拡散された錐形の炎が頭上を見上げる魔族達の翼や身体を次々と打ち抜いて地面へと沈める。
「散開しろ、自分達ガーゴイル族は回避しつつリザード族を援護する。リザード族は直接あの娘を止めろ!」
空の魔族を率いる一人のガーゴイルの号令によって各自回避行動に移るガーゴイル族とリザード族。
ガーゴイル族は仲間同士の間隔を広く開けて散らばるように回避ながら魔力を掌や口の中に集中させると照準を彩奈に合わせた。
リザード族がガーゴイル族の援護を信じて回避行動後彩奈に向かって強襲かけるとガーゴイル族が魔法を発動させようと動いた。
「撃てぇ!」
「ぐあらあぁぁ!!!」
号令が突然の断末魔によってかき消される。
「どうした!?」
号令を出したガーゴイルの隣にいた仲間が倒れて落下する。
落下していく息絶えた仲間にガーゴイルが駆けると幾本もの風を纏った矢が横切り、彩奈に強襲を仕掛けたリザード族やガーゴイル族達の背中を正確に貫いて仕留めていく。
「狙撃だと!?長距離ではないとしてもこの距離を寸分違わず打ち抜く!?」
矢が飛んでくる方向に焦り振り返ったガーゴイルの眼に映ったフィエールは何か言っているようだった。
「聞こえないと思いますが、私の事を忘れていませんか?」
空に弓を構えたフィエールが一言そう口にするとガーゴイルの頭を貫いた。
風を纏った矢と<精密射撃>による対空射撃。
風を纏った矢は矢の強度と魔力コントロール次第で飛距離はどこまでも伸びていく。
それにスキル<精密射撃>が組み合わさることで目視で小指ほどしか確認できない的でも正確に打ち抜くことが出来るようになった。
今のフィエールとって距離があろうと背中を見せた隙だらけの的を外すことなど絶対に無いのだ。
彩奈とフィエールによって周囲を飛んでいた魔族のほとんどが一掃され広場周辺の空を押さえる事に成功した。
◇
押し寄せるように建物に挟まれた石畳を進んでくるオーガ族に向かって彩奈を送り出した冬也が剣と盾を構えて恐れること無く駆ける。
冬也の後方ではオーガ族に杖を向けたサリエが詠唱を開始していた。
「ボクが援護するから冬也は好きに戦って!」
「うん!」
サリエが杖の先から複数の雷魔法を放つと魔法は冬也の横や上を抜けて先頭のオーガ族達を撃破する。
雷魔法を放ち続けるサリエはその場から動くことなく固定砲台としてオーガ族を撃破し続け数を減らしていく。
「怯むな!数で一気に押しつぶせ!」
「「「おぉぉぉ!」」」
士気を鼓舞する声が空気を震わせ一丸となったオーガ族が武器を振り上げて冬也に押し寄せる。
「正面から受け止める!リアクション・シールド!」
「ぐっ!?」
顔の前に突き出すように構えた盾と振り下ろされた剣がぶつかり合いオーガの剣が弾かれた。
「はぁっ!」
剣を弾かれ無防備となったオーガを斬り払った冬也が大きく踏み込む。
<加速>発動!
「インパルス・シールド!」
斬り払ったオーガの身体に盾を突き当ててスキルを発動させるとオーガの身体は後続のオーガ達を巻き込んで後方へと弾き飛んでいった。
「サリエ!」
冬也は大声で名前を叫ぶと素早く横に飛んでサリエの射線を開けた。
「ライジング・レイド!」
ゴーレムを一瞬にして飲み込んだ雷撃が横に構えたサリエの杖から放たれる。
赤から白へと変色する雷撃は荒々しく唸り響く音を立て石畳や建物の一部を黒く焼きつけながらインパルス・シールドによって吹き飛ばされたオーガ達を飲み込んだ。
「ぐおぉぉぉ!!!!」
雷撃に飲み込まれたオーガ達は一人残らず全身を瞬時に焼かれ黒い塊となって息絶えた。
「よくも同胞達を!!」
「八つ裂きにしてやる!」
口を開けて牙を剥き出しに激昂した二人のオーガが冬也に特攻を仕掛けた。
一人のオーガが膝を曲げてジャンプすると冬也に目掛けて鈍器を振りかぶった。
残ったオーガもまた剣を構えて冬也に突撃する。
「「ウォォォォ!」」
突撃してきたオーガの攻撃の動きに合わせて後ろに飛んで躱す冬也。
躱した足元の近くに大きな影が見えた冬也はすかさず自身の影を踏んでもう一度後ろに飛んだ。
冬也に回避され攻撃対象を失った鈍器は石畳を強く打ち付け周囲に破片を散らす。
「ちょろちょろと!」
二人のオーガが武器を横に構えて同時に攻撃すると冬也は手を伸ばして魔法を発動させた。
「ストーン・ウォール!」
冬也の前に出現した石壁がオーガの同時攻撃を防ぐ。
「我らの攻撃が人間のこんなガキに受け止められただと!?」
狼狽するオーガの隙を突いてストーン・ウォールを解いた冬也が二人の懐に潜り込んだ。
「邪魔だよ。」
剣を2度振るい二人のオーガを一気に斬り伏せる。
「「ぐはっ。」」
2人のオーガが倒れると彩奈とフィエールが屋根の上から丁度戻ってきた。
地面に着地した彩奈とフィエールが道を塞ぐ十数人のオーガ族に目を向ける。
「冬也君こっちは粗方終わったわ。」
「僕達もある程度片付いたよ。」
「ならば、残りも蹴散らしましょう。」
剣を向けたフィエールの気迫に数人のオーガが怯んだ。
周囲を制圧していた魔族達の大半がやられ、始めにあったオーガ族の勢いもすでに消え失せていた。
生き残っている十数人のオーガ族の中には冬也達との力の差を感じて「勝てない。」と頭に過り始めた者も現れ始めていた。
「お前達は邪魔だ、下がっていろ。こいつらの相手は俺がする。」
後方で静かに静観していたリーダー格のオーガがこれ以上戦わせても無駄だと判断して同胞を引かせようとする。
「待ってくれ、イブラッド!?まだ戦える!!」
戦斧を引きずりながらオーガ族の前に出てくるリーダーのイブラッドにオーガ達が必死に戦えることをアピールするがイブラッドは取り合わない。
「どけ、子供と言えどこいつらはさっきまでいた雑魚共とは違う本物の戦士だ。一瞬でも勝てないと過ったお前達では勝負はすでに見えている。」
(やっぱり警戒すべきはこのオーガだ。)
オーガ達を押し黙らせたイブラッドの姿に冬也は警戒心を高めて盾を構えた。
(サリエの奇襲に平静さを一瞬失っていたけど、それを以外では動じていなかった。加えて相手が子供だろうと強い者は強いと認めて仲間を引かせる判断とこの戦況下で前に出てくる自信。この魔族は間違いなく他の魔族よりも数段強い。)
イブラッドがオーガ達の間を抜けて冬也達の前に出てくると空から薄い石竹色のガーゴイルが近づいてきた。
「派手にやっていると思えばエルフに異世界人かぁ、変わった奴らの相手だな。」
「来たのかデベガ、ゴラムのお守は良いのか?」
他の魔族とは違い砕けた口調で話すデベガにイブラッドが顔を向けた。
「アイツの傍にはリッヒがいるからなぁ、なんとかなるだろ。」
「暇なら手を貸せ。俺一人では骨が折れそうだ。」
「しょうがねぇ、テキトウにやるか。」
気の抜けたやる気のない返事に反して鋭利に尖った爪が鋭く牙を剝いた。
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