第049話 箱の中身と方針

 冬也達が会場から抜け出していた頃上空ではスタリエのセント・ピアーズによって散っていく同胞を目の当たりにした魔族達が怯んでいた。


「あの魔女一撃で百近くの同胞を持っていきやがった!?」


「良い感じに騒がしくなってきたな。」


「ゴラム様、このままあの魔女を放っておいても良いのですか?」


 スタリエの一撃に魔族達が怯む中ガーゴイルの一人がゴラムと呼ばれる現状を楽しんでいるデーモンに詰め寄る。


「構わん、あの魔女が見捨てるという選択をしない限りあの場所で人間を守り続けるしかないからな。先走らず距離を保ちながら攻撃を続けろ。」


「おぉ!!さすがゴラム様!!」


 殲滅力を目にしても堂々としたゴラムの立ち姿に魔族達が冷静さを取り戻していく。


「そんな事より状況はどうなっている?」


「は、はい!」


 ゴラムが目を細めガーゴイルを睨みつけるとガーゴイルは姿勢を正し現状を話し始めた。


「多少手こずりましたが指示通り外に配置されていた全てのゴーレムの魔術核を破壊し無力化を完了しました。現在、各門を内外で押さえ増援を防いでいます。」


「各隊所定の場所でこのまま戦闘を継続、ギルドや冒険者どもを押さえ戦力を分散させろ。お前たちは遊撃に回れ。」


「「「はっ!!」」」」


 ゴラムが素早く指示を出すと周囲に居た魔族達がエクレシーム全体へと飛び去って行った。


「事前に偵察を出した甲斐があったな、情報通りここまでは計画通りだ。」


 擬装魔法を使用したエクレシーム周辺までの隠密行動と接近。

 エクレシーム付近にいたゴーレムの魔術核の破壊と各門の同時制圧。


 結界の突破と突破後のエクレシーム全体での戦闘による戦力分散。

 順調に進む戦況の流れにゴラムの口角が自然と上げる。


「ところでゴラム、人間に渡した代物は一体何だ?」


 多くの魔物達が飛び去る中、剣を背負った傷だらけのリザードマンが黒い壁を生み出した正体が気になりゴラムに質問をする


「あれは魔剣だ。『ハーフ・インテリジェンス・ウェポン』(半知性を持つ魔剣)またの名を『ネメシス』。」


「そんな魔剣の名は聞いたことがないぞ。」


「お前が知らなくても当然だ、あの魔剣が造られたのはお前が生まれるよりも前らしいからな。」


 ハーフ・インテリジェンス・ウェポン(半知性を持つ魔剣)別名:ネメシス。

 ある魔族の研究から造られた魔剣で保管庫の奥深くに放置されていた。


 通常の場合、魔剣などを扱うには資質が必要である。

 資質を持たない者が使用すると力の反動で使用者の身体に重大な負荷がかかってしまい場合によっては命を落としてしまうケースがあった。


 それを解決するために造られたのがこの魔剣である。

 剣と使用者の2つの意思で魔剣の力を押さえ込み使用者の身体的負担を軽減させ誰でも使用できるようにしようとしたのだ。


 だが、完成した魔剣には欠陥があった。

 時間経過と共に使用者の身体能力を向上させる一方で剣に宿る意思が魔剣の力どころか使用者の意識さえも押さえ込み身体を乗っ取ってしまうという欠陥があったのだ。


 そのため失敗作として保管庫の奥深くで今まで放置されていたとゴラムは語る。


「では、あの黒い壁は人間の身体を乗っ取った魔剣に宿る意思によって展開されているということか?」


「能力を使用する所を見るのは俺も初めてだが間違いない。」


「そんな事が本当に可能なのか?」


 スキルによって魔剣に意思を写している訳ではなく魔剣自体が意思を持ちスキルを使用するなどリザードマンにはとても信じがたい事だった。


「お前が疑問に思うのも無理はない。武具に意思が宿らせる事など普通は無理だからな。だが心当たりがある。」


「何だ?」


「『魂結晶』だ。」


 ゴラムが自分の胸に手を当てると心臓を鷲掴むように指を曲げる。


「魂の塊である魂結晶を材料に魔剣へと作り変えたのなら魔剣に意思が宿りスキルを発動させることも可能だろう。」


「魂を武器に作り変えるとは正気を疑う話だな。」


「だが、『人間でも扱えそうな強力な武器が欲しい。』と求める奴もいる。」


 リザードマンが心底嫌そうな顔をする隣でゴラムが笑う。


「しかし、ゴラムの想像通りならば捕らわれた者が抜け出すためにはその魔剣を破壊するか・・・。」


「意思を奪われた人間を殺してでも魔剣から切り離すしかない。」


 話を聞き終えたリザードマンが背を向けてその場から去ろうとするとゴラムに呼び止められた。


「待て、リッヒ。」


「言ったはずだぞ、ゴラム。付いてくるのは勝手だが邪魔をするならば・・・。」


 リッヒと呼ばれる傷だらけのリザードマンが背負っていた剣に手をかける。


「邪魔はしねぇさ。もう少し待てと言っているだけだ。お前だって他の人間に邪魔されたくはないだろ?」


「だったら、さっさと腰に付いている魔力ブースターを発動させろ。目的があるのだろう?」


「事前に起動しておくと結界に弾かれる恐れがあったからな、侵入してから起動させた。発動には周囲の魔子を取り込まなければならない、もうしばらく時間がかかる。」


「何でも良いがいつまでもそうのんびりと構えてはいられないぞ。実力ある者がまとめあげて反転攻勢に出るのも時間の問題だ。」


「分かっている。言われなくてもすぐに発動させるさ。」


 ゴラムは腰に付いていた半円形型の魔力ブースターを顔の前に持ってくると強く握りしめた。


 ◇


 付かず離れず面倒な硬直状態に陥ったスタリエは空に手をかざして観客と生徒を魔力障壁で守り続ける。


「撃て!撃て!手を休めるな!ここに釘付けにしろ!」


「いやらしい戦法をとってくれるわね。」


 一定の距離を保ちながら会場に向けて魔法を放ち続ける魔族達にスタリエは苛立ちを覚える。

 スタリエ一人ならば多少の被害が出ても大魔法を打ち込み続けてすぐに片が付くのだが学園長という立場がそれを許してくれない。


 エクレシーム国内に侵入した魔族はレッサーデーモンにガーゴイル、スタリエの下に集まった目撃情報にはオーガ族もいることがわかっている。

 その他にも報告に無いだけで他の魔族もいるだろう。


 スタリエの見立てでは下級魔族と中級魔族によって組まれた軍勢と見立てていた。

 もしも、上級魔族が混じっていたのなら被害はもっと甚大なモノになっているはずだからだ。


 さらに、スタリエは魔族の軍勢に違和感を感じていた。

 結界の突破前や目前の魔族達の様に統率が取れた魔族がいる一方で結界を突破した直後に先走り好き放題暴れ回ろうとした魔族がいたからだ。


 統率が取れた魔族の正規軍と言うよりは出来の悪い寄せ集められた集団と言う方が正しいというのがスタリエの感想だった。

 見立て通り下級・中級魔族の集まりなら会場で試合を観戦していたインゼルレッド国の騎士や高ランク冒険者など腕に覚えがある者達が討伐に協力してくれているので時間をかければ押し返せるだろう。


 問題は押し返すまでにかかる時間だった。

 普段から非戦闘員の割合が高い国内は剣魔大会当日でさらに高くなっているのでほとんどの地区では守りながら戦うしかない。


 仮にこのまま守りながら押し返した場合非戦闘員の犠牲者数は一国に見合った数になるだろう。

 現状、戦闘員と非戦闘員の割合を早急にひっくり返す必要がある。


 そして、指揮を執るリーダー格を全て倒して魔族を追い出す。

 スタリエが頭の中で考えを巡らせていると魔術通信が入ってくる。


「こちら冒険者ギルド所属のナタルです。スタリエ様、聞こえますか?」


「えぇ、聞こえるわ。そちらの状況はどうなっているかしら?」


「現在、冒険者ギルド付近にいた魔族を片付け負傷者の手当てを行っています。」


「それは良い知らせね。負傷者の手当てが終わり次第手の空いた者は押されている所の援護に向かってくれるかしら。」


「わかりました。」


 ナタルとの魔術通信を終えたスタリエはパルヌス学園の周りに張り巡らされた地下通路から城壁の外へと偵察に向かわせていたゲオルグと連絡を取った。


「そろそろ、戻ってきたかしら?ゲオルグ、外の様子はどうかしら?」


「城壁の外にも魔族が多数存在しておりゴーレムが破壊されているのを確認しております。カントウへと続く南門正面には竜人族が率いる魔族が占拠して冒険者と戦闘があったようです。」


 城壁の外を確認したゲオルグが答えるとスタリエは考える。


 ゲオルグが地下通路を無事に抜けて偵察出来ているという事は感知能力を持った者が居ないということ。

 地下通路を通って国内から脱出できれば後は自衛隊が先導してあちらの世界に一時的に避難できる。


 護衛と共に脱出することになるが魔族に襲われる危険は当然ゼロではない。

 しかし、戦場と化した国に取り残されるよりは幾分マシだろうと。


「ゲオルグは出口の確保をお願い。地下通路を通りあちらの世界に住民を避難させます。」


「かしこまりました。」


 方針を決めたスタリエがパチンと指を鳴らして術式を展開すると各方面に一斉に魔術通信を開始する。


「そういう訳だからクリスとローラも相手に勘づかれないようにお願いね。」


「はい、スタリエ様。先導はお任せください。」


「わかりましたが手が回っていない箇所はそのままですか?」


 各方面が避難に向けて動きだす中、ローラが確認のために訊ねる。


「それなら大丈夫、サリエ達を向かわせたわ。」


「サリエ達をですか?確かに彼らの成長には目を見張るモノがありますが魔族相手に戦えるのですか?」


 ローラはスタリエの判断を疑う訳ではないがサリエ達を向かわせることに思う所があった。


「心配し過ぎよ。あの子たちはこの1年で本当に強くなったわ、ここに来た頃とは比べモノにならないくらいにね。」


 スタリエの顔に自然と笑みが浮びあがる。

 修行に付き合っていた彩奈については勿論の事、継、冬也、フィエールについてもゲオルグやナタルなどに逐一報告させていたのでスタリエは常に継達の成長を把握していた。


「・・・嬉しそうですね。」


 魔術通信から呆れているだろうローラの声が聞こえてくる。


「そうかしら?」


 ローラのため息が魔術通信から聞こえてきた。


「お聞きしたい事もありますが全て片付いた後にします。スタリエ学園長指示をお願いします。」


 この有事でさえもスタリエ学園長にとっては利用できる手札の1つにしか過ぎないのだろうとローラは思いながら白い魔法陣から聞こえてくる声に耳を傾けた。

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