第048話 襲撃

「継くん!」


 継が黒い空間に飲み込まれた直後只事ではない事態に混乱する会場の中で助けようと真っ先に動いた彩奈が観客席からヘラクレスの矢を放った。

 彩奈から放たれたヘラクレスの矢は黒い壁に傷一つ付けることができずに反射するように金属音を立てながら地面に転がる。


「弾かれた!?」


「ボクの魔法で!ライジング・レイド!」


 スキルでは突破できないと判断したサリエは攻撃範囲絞り威力が上がるように出来る限り魔力を込めて電撃を放つ。

 横に構えた杖から放たれた雷撃が黒い壁に直撃すると轟音と共に爆風が観客席に吹き荒れ視界がふさがれる。


「きゃあああ!」


 魔法による急な爆発に観客席から悲鳴が聞こえてくるが継の安否を心配する今のサリエが気にすることは無かった。

 爆風が収まり次第に視界が晴れてくると黒い壁の姿が現れる。


「ボクの魔法でも傷一つ付かないなんて・・・。」


 傷一つない黒い壁を見たサリエが驚きの声を漏らす。


「ヴィンスのスキルであの壁の中を見る事はできるかい?」


「もうやっているよ。」


 冬也に問われたヴィンスはそう答える。


「ヴィンスさん、継さんは無事ですか?」


 ヴィンスは余裕を欠いたフィエールに訊ねられると手で制止する。


「待って、・・見えた。大丈夫、継は無事みたいだ。」


 ヴィンスが中の状況を伝えると冬也達はとりあえずホッとする。

 冬也達がホッとしたつかぬ間混乱する会場の地面に何かの影が映った。


「ねぇ、あの影は何!?」


 会場に居た観客が地面に映っている影に指を指して声を上げる。

 観客達が影に注目して空を見上げると翼が生えた人型の影で覆いつくされた空が広がっていた。


「うそ・・・。」


「おい、あれってまさか・・・。」


 空を見上げた観客達に動揺の波が広がっていく。


「フィエール、あれは何?」


「あれは・・・、魔族です。」


 彩奈と同じように空を見上げたフィエールが警戒心を高めて答える。


「あれが魔族。」


 初めて魔族を見た彩奈の目が大きく見開いた。

 見上げた空に浮かぶ魔族の群れの中にはガーゴイルのような翼を生やした人型の怪物やトカゲの姿をした魔族も存在しエクレシームの住人を見下ろす様に飛んでいる。


 エクレシームを覆う結界越しに魔族の群れとは距離が離れているはずなのに敵意のような闘志だけは彩奈達にもはっきりと伝わってきていた。


「だ、大丈夫。エクレシームには結界が張ってあるから魔族は入って来れないはず!」


「そ、そうだった!」


「魔族共も結界を破れず見ていることしかできないぞ。」


 その場に居た生徒や住人達がエクレシームを守る結界の存在を思い出すと魔族の出現によって不安に襲われていた観客達の間に安堵の空気が広がっていく。


 (だったら良いんだけどね。結界があることは魔族も知っているはずだから考え無しにこれだけの数で攻めて来るとは思えないかな・・・。)


 観客席から聞こえて来る話を聞きながら戦闘になるだろうと冬也は覚悟を決める。


 冬也の予想通りその空気はすぐに霧散することになった。

 魔族の一人が手を挙げて群れ全体に2回魔法をかけると魔族達が次々に頭から急降下して結界を突破し始めたのだ。


「結界が破られたぉぉぉ!」


 観客席から聞こえてきた誰かの叫び声を皮切りに会場全体が大混乱に陥る。

 結界を突破した魔族達がエクレシーム内全体に飛んでいき暴れているのか会場の外から爆発音や戦闘音が聞こえ始める。


「気を付けてください、攻撃が来ます!」


 会場に向かってきていた群れの一部が魔力を集中させて観客席に向けて一斉に構えた。

 フィエールが周囲の観客を守るために魔力障壁を展開しよう両腕を前に伸ばすと貴賓席からスタリエ学園長の声が聞こえてきた。


「セント・ピアーズ!」


 貴賓席にいたスタリエ学園長が魔族の群れに短い杖を向けると杖の先から百の魔力矢が解き放たれる。


「「「「ウアァァァァ。」」」」


 解き放たれた魔力矢は1体1体魔族の身体を貫きつつ縦横無尽に駆け回り逃げだそうとする魔族を追尾して殲滅していく。


「皆、無事かしら?」


 殲滅劇を見ていた冬也達の耳元にスタリエ学園長の声が聞こえてくる。


「スタリエ学園長の声!?テレパシー?」


「結界内でしか使えない限定的な魔術通信よ。受信側の耳元で展開された魔法陣から声が伝わるようになっているの。」


 冬也が仲間の耳元を確認すると直径3㎝の白い魔法陣が耳元で付かず離れず展開されているのが見えた。


「それよりも母様、状況はどうなっているの?」


 サリエがスタリエを急かせるように質問をする。


「状況は良くないわね、エクレシーム内全体で魔族と戦闘が起こっているわ。ギルドに連絡して冒険者にも協力してもらっているけど敵の数が多いわね。教職員には会場と校内にいる生徒と観客の避難とその護衛を、ローラとクリスは警備兵を連れて逃げ遅れた人の保護を優先にすでに動いてもらっているわ。」


 スタリエ学園長の話を聞きながら冬也は舞台近くで黒い壁に攻撃をしていたローラとクリスの姿が無い事を確認する。


「スタリエ学園長の力で継を助け出すことはできますか?」


「魔法とスキル、外からの干渉を受け付けない以上彼が自力で発動者を倒すしか手が無いわ。ごめんなさい。」


(スタリエ学園長でも助け出す事ができないとなると国内にいる誰も継を助け出すことは出来ないかもしれない。)


 冬也は黒い壁に目を向ける。


(なら、任された僕のやることは・・・。)


「僕達にできることはありますか?」


「えぇ、あなた達には手が回っていない住宅地区と商業地区の境に位置する広場付近の魔族の討伐をお願いするわ。私が行って片付けたいところだけど観客が避難しきれていない会場から離れる訳にはいかないから。」


「わかりました。すぐ動きます。」


 冬也がスタリエ学園長との通話を終えるとヴィンスが話しかけてきた。


「冬也、継の事もあるからここに残ろうと思っているんだけど・・・、どうかな?」


 ヴィンスからの提案に冬也は考える。


 魔族との戦闘にヴィンスの支援魔法があれば間違いなく戦闘が楽になるだろう。

 だけど、それで戦闘に集中できるだろうか?と。


 自分に当てはめて考えた冬也の答えは『きっと集中できない。』だったのでヴィンス提案を受け入れる事にした。


「・・・そうだね。壁の中を見る事が出来るのはヴィンスだけだから頼んでも良いかな?」


「動きがあったらスタリエ学園長に頼んで皆に知らせるよ。」


 ヴィンスとの話が終わると今度はサリエから話しかけられる。


「冬也、本当に良いの?霧くんだってまだ助けていないのに・・・。」


 サリエが申し訳なさそうに顔を俯かせる。


「継は僕より凄いから大丈夫。それに継ならきっと「俺の事は良いから助けに行け!」って言うはずだから。」


「そうだね、継くんならそういうと思う。」


「私もそう思います。」


 冬也の言葉に彩奈とフィエールが頷く。


「そっか・・・。みんな、ありがとう。」


 サリエが顔を上げると冬也が声を上げる。


「それじゃあ、みんな、行くよ!」

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