第046話 剣魔大会

 剣魔大会予選当日。

 予選の場所は入学前に行われていた適性試験と同じ場所である2階建ての特別訓練場で行われていた。


 スタリエ学園長が出した推薦状という粋な計らいの効果なのか参加人数は前大会の倍近くを超え、適性試験の時とは違い会場全体には魔力障壁が張られていた。

 2階は観客席になっていて応援しにきた参加者の友人や俺の様に順番待ちをしている者が座っていた。


「私も参加すれば良かったかな。」


 一人応援に来てくれた彩奈が残念がるように隣でつぶやいた。

 冬也とサリエは俺の実力なら心配しなくても勝ち上がると思ってそれぞれ修行と読書、ヴィンスとフィエールさんは用事が有るようで不在。


 結果、彩奈だけが応援に来てくれていた。


「推薦状が必要なことでもあるのか?」


「ううん、今の自分の力を試してみたくて。」


「この一年近くどんな修行をしていたんだ?」


 俺は食事や休日での雑談から彩奈はスタリエ学園長と、冬也は一流冒険者パーティと同等の力を持っているナタルさんなど冒険者ギルドの職員達と、フィエールさんは長所である魔法をサリエやヴィンスと訓練しながら自身で剣と弓の基礎を鍛え直していた事をそれぞれ大まかに把握していたが詳しい内容までは知らなかった。


「えっと・・・。ルーザァさんが持っていた絵本をスタリエ学園長も持っていたからその中で<魔力具現>の新しい可能性を一緒に探していたの。」


「<魔力具現>の新しい可能性?」


「私が使うヘラクレスの矢って<魔力具現>で矢を覆うように魔力を凝縮させたものなのだけど、それをもっと別の形で力に昇華させられないかな?って思ったの。」


「上手くいったのか?」


「うん、どうにか。スタリエ学園長のおかげ。」


 師匠が持っていた魔道具はやはりこの学園の結界を参考にしてスタリエ学園長が作りだした物なのだろう。

 スタリエ学園長は師匠と知り合いだから何かの機会にあげたとかそんなところか。


 それにしても魔力コントロールが得意な彩奈が『どうにか』と口にするという事は昇華した<魔力具現>は恐らく<ヘラクレスの矢>よりもより繊細な魔力コントロールと集中力が求められるものなのだろう。

 それでも2年近くで自分のモノできた彩奈の魔法の才は本物だ。


「もし私が出場していたら継くんにも見せてあげられたのに残念。」


「さり気なく俺で試そうとしてないか?」


「継くんはどう思う?」


 彩奈は俺の顔を覗き込むとクスリと笑う。


「あははっ、冗談だよ、継くん。ほら、そろそろ継くんの番じゃないかな?応援しているから頑張って!」


 背中を押されるように彩奈に送り出された俺は1階で待っている対戦相手のもとへと向かった。


 予選突破の条件は3回勝つこと、負ければそこで敗退。

 運も実力のうちという事で毎戦抽選が行われ自分の番まで順番待ちをする。


 これでオウエンと当たったらどうするつもりなのだろうと思っていたが予選は2つのグループに分けられていたので心配はなかった。

 これは学園側の配慮、しいてはローラさん若しくはスタリエ学園長の配慮だろう。


 武具や魔法に関しては基本的には自前で良いのだが禁忌や過度な魔法・装備・魔道具は当然禁止。

 学生は学生らしく常識の範囲内で己の力を出し切り戦えという感じだ。


 試合フィールドに着いた俺は対戦相手である女子生徒の外見を観察する。


 ぱっと見たところ魔法使いタイプ。


 制服の上から羽織った短めの黒いマントに手には杖を持っている。

 他に何か無いか注意深く観察するが見える範囲では特に何も身に着けてはいない様だった。


 気になる点があるとすれば手に持っている前腕ぐらいの短い杖だ。


 術者が自身の補助として杖を持っていることは普通の事なので別段可笑しい話ではない。

 問題は杖の長さだ。


 短い杖を持っている魔法使いの多くは上級魔法等での一撃必殺タイプでなく素早く中級・初級魔法を発動して手数で攻める傾向がある。


「両者前へ!」


 審判役を務める教員の声に合わせて俺は剣を構えた。


「始め!」


「アイス・バレット!」


 試合開始の合図と同時に女子生徒が3つの氷塊を出現させて魔法を放つ。


 思った通りだ。


 俺は試験問題のヤマを的中させたような感覚を体で感じながら横に飛ぶ。


「このまま一気に!アイス・バレット!」


 反撃の隙を与えたくなくない女子生徒は回避されたと分かると間髪入れずに小さな杖を振るい魔法を放つ。


 本選に出ようと思う生徒なのだから隙らしい隙を見せてくれないのは当たり前か。

 それに女子生徒との距離も少しある。


 2発目の魔法をさらに横に避けた俺は着地した足と左手に力を込め<急加速>を発動させて前に出る。


「アイス・バレット!」


 この学園に入学して分かったことがある。

 それは必要以上に魔法を恐れる必要がないということだ。


 魔法で気を付けなければいけない事はその魔法の威力と範囲、そして効果だ。

 範囲魔法だったどうしようもないがアイス・バレットなど単純に飛んでくるだけの魔法ならば今の俺が捌くのは簡単だ。


「ふっ!はっ!」


 俺は飛んでくる3つの氷塊うち2つを走りながら切り伏せ女子生徒との距離を詰める。


「来ないで!アイス・ガイザー!」


 距離を詰められた女子生徒が防御魔法を発動させると間欠泉のように周囲に厚い氷の壁が噴き立ち女子生徒の姿がぼやけて映る。

 俺は女子生徒を守る厚い氷の壁に躊躇することなく左手を向けて魔法を放つ。


「残光!」


 左手からショットガンのようの放たれた黒い光が厚い氷の壁を一気に砕く。


「うそー!?」


 氷の壁を砕かれ姿が露わになった女子生徒から驚愕の声が上がる。


 チャンス!


 俺は驚いて動きが止まっている女子生徒の懐に入ると剣を向けた。


「降参します。」


 女子生徒はそう言葉を口にするとその場でへたり込んでしまった。


「勝者、霧島継!」


「やった!」


 剣を下ろして観客席に目を向けると彩奈が嬉しそうに手を振っているのが見えた。


 まずは一勝。

 予選突破のためになるべく魔力を温存しておきたかったが生徒一人一人が学園生活を通して強くなっている事を肌で実感できたので慢心せずに済み寧ろラッキーだっただろう。


 この後も2戦目、3戦目と苦戦することなく勝利した俺は無事本選出場を決めた。


 ◇


 学園祭1日目の午後、オウエンは滞在先であるエクレシーム国内にある屋敷の中である人物と面会していた。


「お前のような存在がよくこの国に侵入できたな。」


 肘を付いて足を組んだオウエンが無礼な態度で相手を見るが令嬢の恰好をした女は気に留めることもなく従者から恐る恐る出された物に手を付ける。


「この通り、お陰様で入れたみたいね。」


「ゴクリ。」


 自然体な振る舞いをしている女から発せられる異常な圧力に従者は『この場から逃げたい。』と本能的に唾を飲み込む。


「分かっていると思うが誰にも気づかれていないだろうな?」


「そこは心配しなくても大丈夫。学園祭?だったっけ?外はどこもお祭り騒ぎで似たような格好がうろついているから。それに私はお前のみたいな無能とは違うしね。」


 女がわざと挑発するように余計な一言を口にするとオウエンは女を睨みつけた。


「そう怖い顔しない、ちょっとからかっただけじゃない。それとも図星だった?」


「チッ。」


 オウエンは露骨に舌打ちした後、女に向かって手を伸ばした。


「例のモノをさっさと寄こせ!」


「はいはい。」


 やれやれと女はどこからともなく20㎝程度の長方形の木箱を取り出すとそれをテーブルに置き、オウエンの前まで指で弾いて滑らせた。


「これが・・・。」


 箱を受け取ったオウエンが中身を確かめると目を奪われた。


「渡してから言う事ではないけれど、本当にそれを使うの?あなたには分不相応だと思うのだけれど?」


「これさえあれば・・・。」


 オウエンは女からの質問には答えず箱の中身に目を奪われ続けていた。


(あぁ~あ、箱の中身に魅入られてもうこっちの話を聞いていない。この様子だとボスト家が消えるのも時間の問題でしょう。)


 オウエンから興味が失せた女は立ち上がる。


「では、私はこれで。もう二度と会うことは無いでしょう。」


 部屋から退出の際にチラリと女はオウエンに目を向ける。


(精々頑張って目立つと良いわ。)


 結局オウエンは最後まで女が退出したことに気づくことは無かった。


 ◇


「これは凄いですね」


「コロシアムみたい。」


 慌ただしく過ぎていった学園祭も最終日を迎えて剣魔大会当日。

 試合会場に向かう人混みの中で彩奈とフィエールさんから驚きと感動が交じり合った声が上がる。


「どうなっているんだ?」


 前日まで何もなかった学園の広い敷地一部に古代ローマ時代に見られた巨大な円形闘技場が建てられているのだから二人が驚くのも当然だ。


「聞いた話によると昨日生徒が帰った後で先生達が建てたらしいよ。イエナさん達が使用していた系統合体魔法の土バージョンだと思えば良いかも。」


「なるほど、系統合体魔法か。」


 一つの属性の同じ魔法をまとめることで元の魔法とは似て非なる効果を生み出す魔法。

 使用された土魔法の種類は分からないがストーン・ウォールみたいな魔法をまとめれば建物の1つや2つ作り出すことは造作もないかもしれない。


 それに予めデザインさえ決めておけば普段協力して仕事をしている教員同士が息を合わせるは割と簡単だろう。


「通りも人が多かったけど観客席も人が多いね。」


 学生専用の観客席についたヴィンスが会場を見渡しながら感想を口にする。


 どこを見ても人、人、人。

 3万人前後の観客で埋め尽くされた会場全体は試合の始まりを今か今かと待ちわびていた。


「何だか少し怖いですね・・・。」


 これだけ多くの人が集まった所を見たことがないのか観客席に座ったフィエールさんは独特な雰囲気に戸惑っている。


「それだけパルヌス学園の生徒が期待と注目をされている証拠だよ。ほら、あそこの貴賓席を見て見て。」


 サリエが貴賓席で座る金の刺繍が入った白い祭服を着た50歳前後の男性を小さく指した。


「あの人がどうかしたのか?」


「あそこに座っているは教皇ギノンだよ。」


 サリエの代わりにヴィンスが答える。


「教皇ギノン?」


「女神信仰を守り続ける聖都ネストレアで現在頂点に立つ人物、それが教皇ギノンだよ。歳を重ねてからあまり国外に出ずエランデル枢機卿が代役として各国に顔と出していると聞いていたけど、まさかこんな所まで来ていたなんて・・・。」


 ヴィンスが興味深そうに言うあたり教皇ギノンがこうして国外に顔を出していることは本当に珍しいことなのだろう。


 背後で立っている祭服を着た2人よりも見栄えが良い祭服を着ていたのでそれなりに位の高い人物だろうとは思っていたけどまさか聖都ネストレアの現在トップだったとは。

 異界変災で大変な時期だからこそ親密さをアピールしてエクレシーム内外を安心させつつ他国を牽制しているのかもしれない。


 サリエが言うにはギノン教皇の他にもエクレシーム国で足止めされている海港都市や商業諸国統一国家の貴族、インゼルレッド国の騎士、高ランク冒険者などこの世界の有名な顔ぶれがこの会場に集まっているそうだ。


「話を聞くだけで警備が大変そうだね。」


「冬也、大変そうじゃなくて大変なの!貴賓席には母様がいるから安心だけど観客席まではそうはいかないからね。ローラ姉様とクリス姉様が協力して警備に当たってはいるけど絶対に安全なわけじゃないから今頃ピリピリしているはずだよ。」


 舞台の方に目を向けると壁際で武装したローラさんとクリスさんが左右分かれて警備兵と一緒に立っていた。

 二人の表情は普段とは違い緊張した面持ちで観客に潜む何かを探すように目を光らせている。


 緊張している二人の顔を見て俺はオウエンの事を思い浮かべる。


 俺は昨日の晩や今日の朝にもしかしたら仕掛けてくるのではないかと警戒していた。

 しかし、実際は何も起こらずにこうして観客席に座っている。


 そうなるとやはり仕掛けてくるのはスタリエ学園長の予想通り舞台の上という訳か。

 騒ぎを最小で収めたいところだけど一体どうなるか・・・。

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