第044話 サリエとクリスの日常+<オーバーレイ>について

 自分のスキルについてサリエに意見をもらおうと自室から出ると階段を上って来たクリスさんと出くわした。


「こんにちは、クリスさん。サリエに会いに来たんですか?」


「えぇ、最近あの子の顔を見ていなかったので様子を見に来たのです。」


 クリスさんは次期領主としての務めの他にパルヌス学園では生徒会に似た組織の代表も務めており、学校行事の一旦を仕切っているため普段は忙しい身だ。

 以前俺達にも何度か勧誘があったが丁重にお断りさせてもらった。


「継さんもあの子に用事があるのですか?」


「えぇ、俺のスキルについて意見をもらおうと思って。」


「何か困った事でもあるのですか?」


「スキルの出力が上がらないんです。」


 俺はクリスさんに<オーバーレイ>について手に入れた経緯とその時の自身の身の状況と現在の状況を説明した。


「そうでしたか、宜しければ私もご一緒しても良いでしょうか?何かお力になれるかもしれません。」


「良いんですか?」


「サリエに会うために色々と片付けてきましたから最近は時間があるのです。」


「そういう事ならお言葉に甘えて。」


 クリスさんとサリエの部屋の前にやってくると前を歩いていたクリスさんが振り返る。


「ここで少し待っていてください。サリエ、入りますよ。」


 そうと言うとノックをしてサリエの部屋へと入っていった。


 スタリエ学園長がサリエは一人では起きられないと言っていたので昼近くになるがまだ寝ているのかもしれない。

 しばらくして静かに扉が開くと部屋の中にいたクリスさんが『シー』と唇に指を当て部屋に入るように促してきた。


 なんだろう?


 言われた通り静かに部屋に入るとこちらに背中を向けて椅子に座っているサリエの姿が見えた。

 椅子に座ったサリエはボサボサではないが髪が乱れてフラフラしている。


 寝起きだったか。


 フラフラしているサリエの背後に立ったクリスさんはヘアブラシを持つとサリエの髪を梳かし始めた。


「昨日も遅くまで本を読んでいたのですか?」


「うん、翻訳されたあっちの世界の本が手に入ったんだ。」


「スタリエさんが居ないからと言って夜更かしはダメですよ。」


「うっ、分かってるよぅ。今回はたまたまだよ?霧くん達と行動するようになってからは夜更かしはしてないよ。」


「全く本当かしら?」


 サリエの返答にクリスは優しく微笑む。

 傍から見ると仲の良い姉妹と間違えてしまいそうなサリエとクリスは2つ歳が離れた幼馴染である。


 エクレシーム国トップのスタリエと領主を務めるエクレシーム家の関係上顔を合わせる機会が多かった二人は自然と仲が深まったそうだ。

 こうして様子を見に来るのは今回の様に生活が乱れてないかチェックも兼ねているらしい。


「皆さんとは仲良くやっていますか?」


「うん、彩奈とフィエールとはこの前買い物に行ってきたよ。」


「継さんとは仲良くしていますか?」


「どうして霧くん限定なの?」


 俺の話を振られたサリエが不思議そうに後ろに振り向くと俺と目が会った。


「霧くん、いつから居たの!?」


「初めから居ましたよ。」


「仲が良いんだな。」


「もう、声を掛けてくれれば良いのに・・・。クリス姉様も酷いよ。」


 サリエの頬が少し赤くなっている。


「ごめんなさい、普段見せないあなたも知ってほしかったのです。」


 一連の流れはサリエが今よりももっと俺達と打ち解けられるようにというクリスさんからの気遣いだったのか。


「それで霧くんはボクに何か用なの?」


「実は俺のスキルについてサリエの意見が聞きたいんだ。」


 俺はクリスさんにした話をサリエにも同じように話した。


「ボクの考えを話しても良いけど、一つお願いがあるんだけどなぁ~。」


「な、なんですか?」


 身構えて思わず敬語になってしまった。

 身なりを整え終わったサリエが立ち上がると近くまで寄ってきて下から覗き込むように条件を出してきた。


「ボク、おなかがすいたな~。」


 ◇


「買ってきたぞ。」


「えへへ~、ありがと!」


 俺は広場で待っていたサリエとクリスさんにタマゴサンドを渡す。

 サリエから出された条件というのはタマゴサンドを3人分買って皆で食べるというものだった。


 このタマゴサンドはただのタマゴサンドではなく、地球の有名パン屋の店主がスキップターキー(跳躍鳥)という魔獣のタマゴをミニチキン(弱鳥)という魔獣のタマゴを使用して作ったマヨネーズ擬きと塩コショウ、そして秘伝の調合で作り上げた特製の調味料で味を付けしたエクレシームでしか食べられない特別なサンド。


 お昼限定でしか売り出されることがなく例え貴族や王族だろうと並ばないと売らない店の商品なのだ。


「うん、おいしい!」


 一口食べたサリエの顔は綻び幸せそうな顔をしている。

 どうやらタマゴサンドの味の虜になったようだ。


「噂には聞いていましたが本当においしいですね。」


 サリエの隣で座っていたクリスさんもタマゴサンドのその味に驚きの表情を浮かべた。


 俺も食べて見るか。


 一口食べて見ると塩コショウで引き立てられた濃厚な黄味の味わいがマヨネーズ擬きと特製の調味料よって包み込まれ飽きがこないタマゴサンドに仕上がっている。


 美味しい。

 それ以上の言葉が出てこない。


 本当に美味しい物を食べた時には余計な言葉が出てこない。

 それ程おいしかった。


 タマゴサンドを食べ終えるとクリスさんから<オーバーレイ>を発動させた状態で軽く手合わせをしてみたいという申し出があった。

 サリエも改めてスキルを観察したいというので3人で学園の訓練場へと足を運ぶことにした。


「それでは始めましょうか。」


 クリスがゆっくりと剣を抜いて構える。

 自信に満ち溢れた立ち姿から正面からぶつかってくる事が予想できた。


 出力が上がるように意識を集中させながら<オーバーレイ>を発動させて剣を構える。


「二人とも合図を出すよ、・・・初め!」


 サリエの合図と同時に俺とクリスは互いに真っすぐに駆け出す。


 予想通り正面からか。


「はっ!」


「ふふっ。」


 2本の剣がぶつかり合い訓練場内に金属音が響き渡った直後クリスの口角がわずかに上がる。


 誘われた!?


 クリスは女性特有の柔軟の体を生かして身体と手首を捻った。


 まずい、初手から受け流しか!


 剣を受け流したクリスは横払いを仕掛ける。

 慌てて<急加速>を発動させて後ろへ距離を取ると魔力が集中して緑色に光るクリスの返し剣が見えた。


 一瞬たりとも隙が無いな・・・。


 こちらも剣にオーラを集中させるが剣身に一定量の蒼いオーラが纏うとそれ以上出力が上がらない。


 やっぱり出力が出ない。


 すぐさま剣身のオーラを解除して魔力を剣身に再度集中させる。


「「はっ!」」


 同時に放たれた2つの魔力斬撃は訓練場の真ん中でぶつかり合い爆発を起こして爆煙が巻き起こった。

 剣を構え直して爆煙の中を進もうとするとクリスの声が耳に届く。


「ここまでにしましょう。」


 先ほどまで溢れ出ていた闘志を沈めてクリスが剣を収める。


「軽い手合わせでしたが継さんの実力がよく分かりました。スタリエ学園長がサリエを任せるのも納得です。」


「もしかしてしなくてもサリエを任せられるかテストしたんですか?」


「えぇ、サリエは私にとって大切な妹なので。」


「クリス姉様は心配し過ぎだよ。」


 サリエが抗議するとクリスは笑う。


「クリスさんの剣も凄かったです。」


 初手から受け流された時は正直面喰ってしまい距離を取るのがやっとだった。

 その後の横払いからの返し剣による魔力斬撃。


 クリスさんが止めてくれたお陰で軽い手合わせで終われたがもしあれ以上続けていたらお互いに熱が入り過ぎていただろう。


「ありがとうございます。ですが、私はまだまだです。」


「クリス姉様は頑張りすぎだと思うよ。」


「それは仕方ありませんわ、私はまだただのクリスですから。」


 ただのクリス?


「どういうことですか?」


「皆さんが私を慕ってくれているのは現領主であるお父様、先代のおじいさまなど代々この国に尽くしてきたエクシーム家の者達のおかげです。国の皆が私たちを領主と認めてくれるのはその務めを果たしているから。ですが、領主の娘である私自身はまだ何もしていません。」


「そんなことは・・・。」


「事実です。私はたまたまエクレシーム家に生まれただけにすぎません。ですから、私は皆の期待を裏切らないように、エクシーム家の名に傷をつけないように高め続けなければなりません。」


 自身の事を語るクリスさんの瞳にはエクレシーム家に生まれた誇りと皆の期待という重責が混じり合った信念に近い覚悟のようなものが宿っていた。


「ですが本当の理由は、私がこの国を愛してくれている皆の力になりたいだけかもしれません。」


 とクリスさんは穏やかな笑みを浮かべる。

 そんなクリスさんを見ていた俺は将来クリスさんが領主の座に就けば今よりももっと良い国になるだろうと確信めいたモノを感じた。


「話も一区切り着いた所だし、霧くん本題に入っても良いかな?」


 そうだった、スキルについて意見を聞きに来たんだった。


「改めて霧くんのスキルを観察して見たけど、恐らく蛇口みたいなモノだったんだと思う。」


「というと?」


「稀にあるのですがスキルが発現したときに栓が開きっぱなしの状態になることがあるのです。なので、落ち着いた後で同じスキルを使用しても本人の力量が足りず同じように扱う事ができなかったりする場合があるのです。」


 クリスさんの説明を聞いて納得する。


 なるほどな、現在の基本スペックがスキルに対応しきれず力の半分も出せていないのか・・・。

 それと俺が天狗に勝つことが出来たのはその稀な現象に救われたからという事か。


「どうやったら以前のように扱えるようになるんだ?」


「う~ん、霧くんが使っているのは気だからね。やっぱり・・・。」


「地道に鍛えていくしかないって事か。」


「そうですね、私も出来ることがあれば協力しますので頑張ってください。」


「頑張って霧くん。」


 心身を高めることができれば発動当初のポテンシャルを引き出せるかもしれない・・・か。

 やる事は今までと変わらないがサリエとクリスの意見によって<オーバーレイ>の力を引き出すという新たな目標ができた。

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