第042話 V1について

「ありがとうございました。遺跡内に何がありましたか?」


 翌日、フィエールさんとヴィンスを連れて学園長室で調査報告をすることになった。

 学園長室にはいつも通りスタリエ学園長とローラさんが待っていた。


「実は・・・。」


 俺は遺跡内で起こった事を全て伝えた。


「そうですか・・・。一晩過ぎましたが大事ありませんか、何かあれば出来る限りのことは致します。」


「お気遣いありがとうございます。本当に大丈夫ですのでお気遣いなく。」


 ローラさんはフィエールさんの身を案じているようだが当の本人であるフィエールさんは力が増した以外は特に変わった所がなく平気そうである。


「継ちゃんは本当に退屈させないわね、それでフィエールちゃんの中で精霊は今どうなっているのかしら?」


 スタリエ学園長はフィエールさんの体に細めた目を向ける。


「それについては昨晩ヴィンスに(フィエールさんの背中から)<透視>してもらいました。」


「結論から言うと彼女の中で静かに眠っているように見えたよ。」


「過去にこういった事例はあったんですか?」


「高位精霊と契約を結ぶことで一時的に同化して力を借りることができる人は稀にいるわ。だけどそれは、高位精霊という人と意思疎通ができる精霊のみで低位精霊との事例は初めてね。」


 遺跡で精霊は俺達の周囲を回りフィエールさんを選んだ。

 様子を思い出す限りフィエールさんは精霊契約などしておらず、勝手にフィエールさんに同化した形のはずだ。


「今回の場合は一方的な契約という事ですか?」


「どうかしら、精霊は気まぐれも多いのよ。幼い精霊のようだからエルフの彼女を友達として認識して力を貸してくれているというだけかもしれない。でも、同化したのがフィエールちゃんで良かったわ。」


「どうしてですか?」


 安堵のため息をついたスタリエ学園長は言葉を続ける。


「ギリギリサリエは大丈夫でしょうけど、普通の人間と同化したら最悪コントロールできず魔力暴走を起こして弾け飛ぶからよ。」


 とスタリエ学園長は恐ろしい事を口にする。


 サリエでギリギリなら俺を含めた残りのメンバーは絶対に無理だな・・・。


 フィエールさんが同化出来ているのはエルフという元々魔力が高く魔法に秀でた種族だからこそ同化出来ているらしい。


「フィエールちゃんも何ともないようだし、今は運良くパワーUPできたということで良いんじゃないかしら。」


 話に区切りをつけたスタリエ学園長の口元がニンマリとする。


「そ・れ・よ・り、ねぇねぇ!ねぇねぇ!フィエールちゃん!データを取らせてくれないかしら!」


 新しい玩具を見つけた子供みたいに目を輝かせたスタリエ学園長はフィエールさんに詰め寄った。


「え、えぇ。構いませんけど・・・。」


「はい!決定!フィエールちゃん借りていくわね!ローラ、後の事は宜しくね。」


「スタリエ学園長!?」


 善は急げとスタリエ学園長はローラさんの返事を聞く前にフィエールさんを連れて学園長室から出て行ってしまった。


「申し訳ありません。学園長には後で説教、ではなく反省させますので。」


 心なしかローラさんの声色に怒気が宿っている。

 こんな感じでいつも居なくなってしまい仕事を押し付けられるのだろう。


「今日は逃がしませんよ。」などと小さく口にしているし・・・。


「それじゃあこの辺で。」


「待ってください。」


 フィエールさんが早く解放されることを願いながらヴィンスと共にこの場を去ろうとするとローラさんに呼び止められた。


「こちらを。」


 手渡された紙には地図が描かれている。


「これは?」


「遅くなりましたがヤマカ博士の住まい兼研究所の地図です。話は通してあるので訪ねてみてください。」


 用事があるヴィンスと別れて一人ローラさんから渡された地図を頼りにヤマカ博士の家へと向かうことにした。


「地図に描かれている場所はここだよな。」


 ドアをノックすると30代後半の眼鏡をかけた男性が出てきた。


「誰だ、忙しい私に訪ねてくる者は。」


「スタリエ学園長の秘書であるローラさんに紹介された霧島継です。」


「なんだ!それを早く言ってくれ!さぁ、入りたまえ。」


 自己紹介をすると人が変わったようにテンションが上がったヤマカ博士に言われるがまま家の中に入る。

 家の中は片付いているが実験魔道具があちらこちらに置いてある。


「あの魔女の関係者というのが気に食わないが聞くところによると君は興味深いものを持っているそうだな。それが一体何なのか非常に私は興味がある。」


『あの魔女』って多分スタリエ学園長のことを言っているんだよな?

 スタリエ学園長と仲が悪いのか?


「もしかしなくてもスタリエ学園長とは仲が悪いんですか?」


「何を言っているスタリエとは飲み友達だ。」


 良いのかよ!!

 分かりづらい人だな・・・。


 これ以上話をしていたらこっちが疲れそうだから話を進めよう。


「早速なのですがこれを見てくれませんか?」


 袋の中から紫の魔獣の魔石を取り出す。


「これがV1か。」


「V1?」


 初めて聞く名称に思わず聞き返してしまう。


「ヴィオレット・ワン。君たちの世界では紫の事をヴァイオレットと呼ぶことがあるそうじゃないか、そこから取った。1は他にも紫の魔獣が出現するかもしれないから仮で1を付けた。」


 v1の欠片を手にしたヤマカ博士の後に付いて行き地下の研究室に入る。

 研究室の中は1階と違い黄色や青色など液体が入ったフラスコが置かれた机と本、研究資料、食べかけの料理が置かれていた。


 そして、何よりも目が引くのは3mほどの顕微鏡である。

 通常の顕微鏡と違い大きな1つの接眼レンズ部分と様々な魔石が埋め込まれた対物レンズがあった。


「あれは君たちの世界の顕微鏡というモノを私なりに工夫して自作した魔術顕微鏡だ。少しずつではあるが君たちの世界のモノがこちらの世界でも広まっている。科学というモノがこの世界で広がるのも時間の問題だろう。」


 V1を魔術顕微鏡にセットしたヤマカ博士は魔術顕微鏡に魔力を注ぎ起動させた。

 通常ならば覗き見る接眼レンズ部分から光が放たれて壁に何かの断面が映し出される。


「・・・。」


 黙って断面を見ていたヤマカ博士が手を払うと対物レンズに埋め込まれた魔石から次々と特殊な光がV1に照射された。


「君、この魔石は初めからこの状態だったのか?」


「えぇ、拾ったままの状態ですけど。何か分かったんですか?」


「それに答える前に君は魔石についてどの程度知っている?」


「俺が知っている事は魔石は魔獣や魔物の体内で魔子が蓄積されてできた石で、魔力と結びつく事でそれぞれの属性魔法を発動させることが出来るとしか。」


 いつものフィエールさんからの受け売りの知識だ。


「基本的な知識としては十分だ。じゃあ火の魔石や水の魔石と言った属性付魔石はどうやってできる?」


 属性付魔石は属性と同じモノを操れる能力や身体的特徴を持った魔獣や魔物から取れていたはずだ。

 確か図書館で読んだ本には能力や身体的特徴を持った魔獣が生まれる原因は・・・。


「魔獣や魔物が誕生する地域の自然エネルギーまたは生命エネルギーを魔子と一緒に取り込んでいるから・・ですか?」


「正解だ、よく勉強をしている。では、これを見てくれ。」


 近くにあった棚の引き出しから何枚か紙を取り出すとそのうちの1枚を渡してきた。

 渡された紙には丸い円の中に円錐模様が万華鏡のように描かれていた。


「それからこれだ。」


 追加でもう一枚ヤマカ博士から紙を渡される。


「どう見える?」


「どうも何も同じじゃないですか。」


 一緒である。

 全く一緒の丸い円の中に円錐模様が万華鏡のように描かれていた。


 こんな物を見せて何が言いたいんだ?


「一体これは何の模様なんですか?」


「それは火の魔石の断面だ。君に見せた2枚は別々の火の魔石の断面を調べた物だ。」


「これが別々の魔石の断面?これ全く同じですよ?」


「同じだ。火の魔石の模様は大・中・小の大きさを問わず断面は全て一緒だという事がわかっている。」


 他にも水の魔石は波紋模様・雷の魔石は稲妻模様とバラエティに富んだ模様をしているがどの魔石も断面はそれぞれ同じになるとヤマカ博士は説明する。

 つまり、魔石を生み出す魔獣や魔物の姿形は違っても同じ自然エネルギーや生命エネルギーを魔子と一緒に取り込んでいるという事だ。


「そして、これがV1の断面だ。」


 俺は魔術顕微鏡から映し出されたV1の断面に目を向ける。


「模様が無いですね。」


「君が見た通りこれには模様が無い、これは無属性の魔石と共通する点だ。しかし、この魔石は我々の世界にある魔石と非常に似ている作りをしているが同一ではない。より正確には無属性の魔石と似ているがそれとは別物だ。」


 ヤマカ博士によると無属性の魔石と属性付魔石では魔子密度が違うようで無属性の魔石の方が魔子密度が低いらしい。

 だが、このV1の魔石は低いどころか属性付魔石よりもはるかに魔子密度が高いようだ。


 さらにV1の断面を拡大すると何層にも魔子が重なった形跡があった。


「通常と違う構造をしているということは魔獣や魔物の生まれ方も通常とは異なるということですか?」


「断言はできないが通常とは異なる生まれ方をしている可能性は高いだろう。こんな密度の魔石は初めてだ、実に興味深い・・・。」


 ヤマカ博士は魔術顕微鏡からV1を取り出して光にかざした。


「それと調べて分かったのだが様々な魔力波を流しても反応がなかった。通常の魔石であれば欠片だろうと魔力を流せば何かしらの反応するはずだがこのV1はまるで反応がない。完全に魔石としての機能が死んでいる。」


 V1を調べ終えたヤマカ博士は食べかけの料理を一口食べると手元にあった適当な紙にスラスラと何かを書きそれを渡してきた。


「今の所私に分かるのはこれくらいだ。」


 手渡された紙を見て見ると今回の事がまとめられて次のように書かれていた。


 ・紫の魔獣から取れた魔石(V1)は現在知られている魔石に該当しない新種の魔石である。自然形成なのか、人為的に造られた物なのかは不明。

 ・V1は無属性の魔石と非常に似ている作りをしているが同一ではない。

 ・紫の魔獣は通常の魔獣とは異なる生まれ方をしている可能性が高い。

 ・V1の欠片は通常の魔石と違い魔力を流しても何も反応しない。


 どういった魔石なのかは未だ分からないがいくつか細かい部分が分かっただけでも今は良しとしよう。

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