第036話 野外活動をします!

 翌日、登校準備を済ませて食堂に下りると彩奈、フィエールさん、サリエの3人が集まって話していた。


「ボクのスカート短くないかな?」


「そんなことないですよ。私と同じくらいです。ほら。」


 フィエールさんが体を一回転させてサリエに見せる。


「サリエちゃんは魔法使いだからローブとかの方が落ち着くのかな?」


「おはよう。3人で何をしているんだ?」


「あ、霧くん、おはよう。制服を着てみたけど似合ってなくてさ、落ち着かないんだ。」


 三人の制服姿を見比べて見るがサイズ以外の違いはなくサリエも良く似合っている。

 初めて着る衣装は体に馴染んでいないため何処かに違和感を感じてしまうのは仕方が無い事だ。


 ついこの間の俺自身がそうだったように。


「良く似合っていて俺は可愛いと思うよ。」


「そっか、霧くんから見ても大丈夫なら平気かな。ありがとう!」


 サリエはそう言うと食堂の席に着いた。


 さ、俺も席に・・・。

 ん?視線を感じる。


「ふ~ん、可愛いね。」


「な、なに?」


 なぜか彩奈からジト目で見られていた。


「別に、私は『普通に似合っている』から良いけど。」


「クスッ。」


 ツンとした顔をした彩奈となぜか笑っているフィエールさんはサリエの隣に座ると三人で会話を始めた。


「何なんだ?」


 彩奈の着こなした制服姿も普通に似合っていて可愛かったから『普通に似合っている』と言ったんだけどな・・・。

 周囲の良くわからない理不尽だと思う反応に俺は頭を悩ませた。


 朝食を済ませた俺達はパルヌス学園の教室へ向かった。

 パルヌス学園の教室は各々に机が用意される高等学校までの教室ではなく、大学などで講義を受ける教室の造りに近い。


 義務教育の途中だった俺や冬也、彩奈にとっては慣れない大人びた教室の雰囲気に初めは居心地の悪さを感じるだろう。

 教室に着いた俺達が適当に固まって席に着くとクラスメイト達がチラチラとこちらを見ながら話を始めた。


「ねぇ、あそこの先頭にいる男子って。」


「アイツか、初日から生徒一人をシメたとか言う異世界人は・・・。」


「ほぼハーレムじゃねぇかよ!!」


 聞こえて来る話し声の内容は俺についてらしい。

 元々はチンピラだったとか異世界(日本)で事を起こして居られなくなったからここに来たなどオウエンの一件に尾ひれが付き腫物みたいな存在になっているようだ。


 一部恨み節のような野郎の声も聞こえたがスルーしておこう。


 というか、皆、噂話が好きだからって好き放題言い過ぎじゃないですかね・・・。

 もっとも俺はそんな噂話は気にしないから言いたい奴には言わせておけばいいと思っているけど・・・。


「すまない、俺のせいで変な注目を浴びて。」


「継さんが平気なら私は平気ですよ。」


 フィエールさんの言葉に仲間が頷く。


「ありがとう。」


 しばらく仲間と楽しく話していると担任と思われる見たことある一人の女性が入ってきた。


 ん?あの教師って、まさか・・・。


「えぇ~と、初めましてじゃない人も居るけど、いいかな。初めまして今日からこのクラスを受け持つ担任の古賀です。」


「継、前で立っている先生って。」


「冬也も気づいたか。間違いない、担任だった古賀先生だ。」


 そう、剣と魔法の異世界の学園で見慣れた古賀先生がなぜか目の前に立っているのだ。


 それにしてもなぜでこんな所に?


 確か古賀先生は異界変災後、東瀬の避難所で生き残った生徒を支えながら保護者との連絡手段の模索や各避難所へ安否確認できる資料などを作成していたはず。


「私について質問したい人も居るとは思いますがそれは後にしてください。それよりも先にオリエンテーションの班決めをします。」


 オリエンテーションか、定番といえば定番だよな。


「先生、オリエンテーションって具体的には何をするのですか?」


「具体的には一班6人のグループを作ってここエクレシームから離れた場所で一晩野営活動をしてもらう事になります。どう野営するかは自由、現地調達でも事前に用意しても構いません。全て皆さん自身が決めてください。ただし、各班が向かう場所は当日クジ引きで決めます。」


 一人の生徒の質問に古賀先生はそう答えた。


 最悪全班向かう場所が別々で万が一の時は生徒同士が助け合う事が出来ないということか。

 事前準備や魔物への警戒、寝ずの番が肝心になるな。


 木さえあれば<作成>で食器は用意できる。

 それに彩奈の魔法があるから火種も心配ない。


 必要なのは食料と寝具それに調理器具か。

 食料は現地調達という方法もあるけど、獲物と出会わなかったら最悪飯抜きの状態になる。


 俺や冬也だけなら1日くらい飯抜きでも良いが彩奈達をそれに付き合わせるのは申し訳ない。


「じゃあ各自6人班を作ってください。」


 古賀先生の合図で生徒達が一斉に教室内を移動し仲の良い友人同士グループを作り始めた。


「ボク達も後1人どうしようか?」


「継、彩奈、フィエールさん、サリエ、そして僕で既に5人。オウエンの事で敬遠されているからこのまま5人でって事も有りえるかも。」


 さっさと班を作ったクラスメイトはメンバーを書いた用紙を古賀先生に提出して野営活動について話し合っていた。

 このまま6人班が作れなくてもサリエが増えただけなので正直特に問題はない。


 このオリエンテーションはクラスメイト同士の絆を深める事を前提として企画されているはずなのでサリエとの仲を深める事が出来れば学園側の目的を一応達成することになるはずだ。


 5人班か6人班どちらになるか分からないがとりあえず今いるメンバーの名前を紙に書くことにした。

 用紙にメンバーを書いていると一人の生徒から話しかけられた。


「良かったら入れてくれないかな?」


 顔を上げると一人の男子生徒が不安そうな表情をして俺を見ている。


「クラスに知り合いが居なくて一人残っちゃったんだ。良かったら入れてくれないかな?」


 俺達の班以外は彼の言葉の通りメンバーがすでに決まってしまったらしい。

 つまり、目の前にいるヴィンスは誰からも誘われなかったという事だ。


「助かるよ。残りの1人が決まらなくて俺達も困っていたんだ。俺の名前は霧島継。継と呼んでくれ。」


「初めまして、名前はヴィンス。よろしく、継。」


 ヴィンスの名前を加えたメンバー用紙を受け取った古賀先生は感慨深く用紙を見ていた。

 どうしてこの学園に古賀先生が居るのか気になっていた俺は古賀先生と少し話をすることにした。


「古賀先生はどうしてここの学園に?」


「一言でいえばスカウトされたからね。」


「スカウトですか。」


「学園長の秘書をしているローラさんにスカウトされたのよ。ローラさんは日本からの生徒を受け入れると決めた当初から私達の世界の教育者をスカウトしていたの。いつか世界が元通りになったとしても知識に偏りがない様にするためにね。そういう訳だから、悪いけど霧島君達は放課後も利用して高等学校までの授業を受けてもらう事になります。」


「はい、わかりました。」


 古賀先生の説明を聞いた俺は追加の授業を受ける面倒くささよりもまた日本の教育を受けられる喜びの方が大きかった。

 以前は学校に行けることが当たり前すぎて気づく事が出来なかったけど、学校で普通に勉強が出来るという事は本当に凄い事だったのだと今の俺には思えたからだ。


 授業中に窓の外を見ることが多かった俺だけど今度は真面目に勉強をしよう。

 気持ちを一新してやる気を出した俺は野営活動の事前準備を進めることにした。


 話し合いの結果、俺とフィエールさんが調理道具、彩奈とヴィンスが食材、冬也とサリエが寝具とそれぞれ手分けして進めることになった。

 放課後、授業を終えた俺とフィエールさんは早速調理道具を見に行くことにした。


「継さん、このお鍋はどうですか?」


 フィエールさんが勧めてくれた野営用の鉄の鍋を手に取って見る。


「少し重いですかね?長く使用する事になら軽くて丈夫な鍋が良いんですけど。」


「ん~。なら、こっちはどうでしょうか?」


 今後の使用も考えてより良い調理器具を選んでいると店内に居たお客さんから「若いって良いわね。」などと聞こえてきた。

 傍から聞くと俺とフィエールさんの会話は同棲を始めた恋人同士のような会話に聞こえたのかもしれない。


 実際は学園行事の事前準備だけど。

 フィエールさんはお客さんに冷やかされた事が恥ずかしかったのか頬を微かに染めてしばらく黙っていた。


「おや、そこにいらっしゃるのは霧島様では?」


 フィエールさんにどう話しかけようかと考えていた俺に声を掛けたのは東瀬の避難所で行商人をしていたデルゼーだった。

 デルゼーは東瀬の避難所にいる間魔獣の素材の買い取りだけではなく、弩弓に必要な材料を商人の繋がりを利用して最速で集めてくれた人物であり、エクレシームに商会を置いている人物だ。


「お久しぶりです。東瀬ではお世話になりました。」


「いえいえ、私も打算が有ってしたこと。おかげさまでうちの評判は上がりました。して、霧島様はどうして私の店に?」


「ここってデルゼーさんお店だったんですか?」


「はい、手広くやらせてもらっています。何かお困りがあればご相談にのりますが?」


 俺は事情を話して良い調理道具が無いかデルゼーに相談してみることにした。

 するとデルゼーは商売人の顔をして。


「お任せください。最近丁度いい物を仕入れましたのでそちらをお持ちします。」


 と、言葉を残して店の奥に引っ込むと5分程してからその商品を持ってきた。


「こちらのミスティックアイアン製の魔法鍋はどうでしょうか?」


 デルゼーが店の奥から出して来た鍋は僅かに鉄黒色の光りを放っていた。


「ミスティックアイアンという言葉は初めて聞きますね。それに魔法鍋ということは魔道具の一種なのでしょうか?」


 さっきまで静かだったフィエールさんはどこに行ったのか、初めて聞く素材に興味が惹かれ食い付いた。

 俺も初めて聞く金属名に興味を惹かれデルゼーが持ってきた鍋に釘付けになる。


「ミスティックアイアンは鉄と魔子銀ミスティールを合成させた合成金属です。鉄の高い熱伝導率を残しつつ魔子銀の特性である軽さを持ち合わせた商品。合成金属であるため純粋な魔子銀より強度が落ちますが鉄以上の強度はお約束します。」


 デルゼーからミスティックアイアン製を持たせてもらうと店内にある鉄製よりも半分程度の重さしかなく物欲が刺激される。

 その上、鍋には魔石や魔術が付与されていて火加減、保温、殺菌の機能も付いていた。


「これだけ良い商品だと値が張りそうですね。」


「そうですね。これくらいは。」


 俺達の前に両手を広げて見せた。

 日本円換算で10万、やっぱり高いな。


 いくら自警団でお金を稼いでいたとしてもさすがに鍋一つにそこまでは出せない。

 余裕があれば買っても良いが今回は諦めるしかないだろう。


「ちょっと出せそうに・・・。」


「小金貨3枚と銀貨5枚で。」


 断ろうとした俺を余所にフィエールさんが飛んでもない値段で買い叩こうとしていた。


 半値以下!?

 さすがに無茶すぎないか!?


「さすがにその値段では。うちも商売ですので。」


 ですよね。

 誰でも断ると思います。


 しかし、フィエールさん構わず話を続ける。


「デルゼーさんはさっきも仰っていたじゃないですか。」


「な、何をですか?」


「『おかげさまでうちの評判は上がりました。』と。それって言い方を変えれば継さんを利用して一儲けしたってことですよね?それに商人であるデルゼーさんが自分から声をかけたという事は継さんの何かがデルゼーさんのお眼鏡に適ったからですよね?商人の勘でお金の匂いでもしましたか?」


「そ、それは・・・。」


 心当たりがあったのかジリジリと笑顔で詰め寄るフィエールさんに言い淀むデルゼー。


「責めている訳ではありませんよ?私達も助かっていますから。ただもう少し助けて欲しいと言っているだけですよ?ついでに教えておきますが継さんはスタリエ学園長の娘サリエさんともパイプがありますから今後の事を考えて仲良くしておいても損はないと思いますよ?」


 パイプと呼べる程の関係をまだ結べてない気もするけど安く買えるかもしれないのでここは黙っておこう。

 フィエールさんが笑顔で圧を掛け続けると根負けしたデルゼーが肩を落とした。


「わかりました。小金貨3枚と銀貨5枚でお譲りします。」


 はい、陥落。


「ありがとうございます!いい買い物が出来ましたね。」


「そ、そうですね。」


 フィエールさんのあまりの押しの強さに気後れしてしまったが良い鍋が手に入ったので良しとしよう。

 他を担当した仲間たちが揃えば事前準備はこれで完了、当日を待つだけである。


 デルゼーには悪い事をしたので何か入用が有った際には必ず一番にデルゼーのお店に依頼しよう・・・。

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