第035話 学園長室にて
「失礼します。お連れしました。」
「ご苦労様。」
学園長室に入ると机の上に資料を広げたスタリエ学園長と本棚前で杖をお腹に抱えたまま本を読んでいる女の子が座っていた。
スタリエ学園長は俺達の姿を見るや否や資料を投げ捨て観察し始めた。
「ふむふむ、なるほどねぇ。」
本を読む手を止めていた女の子と目が合ったが女の子は何も言わずに再び本を読み始めた。
「え~と、クリスさんこれは?」
スタリエ学園長の観察行為に困った俺達はクリスさんに助けを求めると助け舟を出してくれた。
「スタリエ学園長、皆さんが困っていらっしゃいますわ。」
クリスさんの注意されたスタリエ学園長は慌てて俺達から距離を取った。
「ゴメンナサイね。ルーちゃんが目に掛けている子達が気になっちゃって。」
ルーちゃん?
「ルーちゃんって、もしかして師匠の事ですか?」
「えぇ、ルーザァだからルーちゃん。それにしてもルーちゃんって柄でもないのに師匠なんて呼ばせているのね。今度会ったら弄ってみようかしら?」
どうやら余計な情報を与えてしまったようで新しいネタを手に入れたとスタリエ学園長が喜んでいる。
「改めて、パルヌス学園への招待状を出して頂きありがとうございます。学園長の招待状が無ければ恐らくここには来ることが出来なかったと思います。」
「さっきも言ったけれど私はルーちゃんが目に掛けている子達が気になったから招待状を出しただけよ。それにタダとは言っていないしね。」
交換条件があるなんて聞いてない。
師匠がここに着いたときに驚かせようとして黙っていたとか?
師匠ならそれもありえなくも無いけど・・・。
「勘違いしないでルーちゃんが黙っていたわけじゃなくて、さっき思いついたの。」
当惑した表情を見せた俺達にスタリエ学園長が補足した。
この人も師匠と同じでその時の思い付き行動する人か・・・。
入学式のグリフォンとの登場といい、ここで働いている人達も相当苦労してそうだな。
俺の中で苦労しているだろうこの学園の職員たちに一方的な仲間意識が生まれた。
「何をすれば良いのでしょうか?」
「それはね・・・。」
冬也が訊ねるとニンマリといやらしい笑みを浮かべたスタリエ学園長は本を読んでいる女の子に顔を向けた。
「あそこで本を読んでいる私の娘と友達になって欲しいの。ついでにボッチだから学園生活も一緒に行動してあげて。」
「な~!?」
スタリエ学園長の言葉に本を読んでいた女の子は驚きの声を上げて立ち上がると口をパクパクさせた。
「この子、引きこもって独学で魔法の勉強ばかりしていたのだけれど世間はそういうの認めてくれないでしょ?ルーちゃんの目に掛けている子が一緒なら私も安心だし、この子にとっても良い機会だから学園に通わせて卒業させようと思うのよ。」
「はぁ、そうですか・・・。」
ファンタジーな世界なのにそういう所はリアルなんだな。
「か、母様。本人が望んでない友達は悲劇しか生まないと思うのだけど。それにボクは学園に通わなくても知識があるから間に合って。」
「うふふ・・・行かなかったら新しい魔道具の実験に付き合ってね。」
「はい・・・、行きます。」
笑顔で娘を脅すなよ・・・。
それよりも娘も逃げ出す実験ってこの学園長一体どんな実験をしているんだ??
下手に聞いたら取り返しがつかなくなりそうだから聞くのは絶対にやめておこう。
有無を言わせない強権を前に女の子は俺達と一緒に学園生活を送ることになったようだ。
「え~と皆、どうする?」
「僕は何かお礼が出来れば思っていたから構わないよ。」
「そうですね、招待状を出してもらったわけですから。」
「私も賛成だよ。」
全会一致だな。
全員の了解を得た俺は女の子に体を向ける。
「それじゃあ、よろしくな。俺の名前は霧島継。」
「ボクの名前はサリエ。魔法が得意だからきっと力になれると思うよ。これからよろしくね、霧くん。」
こうして俺達の学園生活に学園長の娘であるサリエが新しく加わることになった。
自己紹介が済んだサリエは良い機会だからと自分から話を振ってきた。
「ちなみになんだけど母様の本当の姿はもっと若いんだよ。」
「そうなのか?」
「うん、ここの地下にはダンジョンがあるんだけど知っているかな?」
「いや、初めて聞いたな。」
念のために冬也達に顔を向けるが皆は首を振った。
「そのダンジョン奥深くには膨大なエネルギー体が存在しているんだけど、母様はそのエネルギーを結界に利用して城壁内を守っているんだ。ただエネルギーをコントロールするため自身に魔術を施した結果、見た目が老けてしまったけど。」
「なるほどな、代償みたいなモノか。」
「サリエ、それ禁止事項なのだけど?」
「そうだったの!?」
彩奈だけではないフィエールさんも冬也も驚いた顔をしていた。
「僕たちが聞いてしまっても良かったんですか?」
「母様は知られても気にしないから。」
「えぇ、気にしないわ。」
後ろでクリスさんも頷いているから本当に気にしないのだろうけど、そういう問題じゃないだろ・・・。
サリエも何さらりと禁止事項を言っているんだ。
俺達は知らなくても良いこの国の秘密の1つ知ってしまう事になったが同時にこの国が軍隊を持たない理由の一つもわかった。
城壁を包む結界が滅多な事では破られないという自信があるからなのだろう。
「それはそうとして、ふと思ったのですがサリエさんは自宅から学園に通うのでしょうか?もし私達と同じ宿泊先から通うのでしたら空いていた部屋は1部屋しかなかったと思うのですが・・・?」
確かに1部屋しか空いてなかったな。
でも、サリエはここの出身のはずだから自宅からになるんじゃ?
「どうなの?サリエちゃん。」
「ボクは自た・・。」
「サリエはあなた達の所で預かってくれないかしら?」
今、完全にサリエは『自宅』と言おうとしていたよな。
「ボクは自宅からで良いと思うのだけれど。」
「でも、一人じゃ起きられないじゃない。」
「うっ。」
「それにこの子の性格からしたら継君達と行動させても学園内だけの関係に終わってしまう可能性が高いのよ。」
「うっ!」
サリエは抵抗を試みるがアッサリ返り討ちにあった。
さすが親子を娘の性格を完璧に見抜いている。
サリエも図星だったのか俺と目を合わせようとしない。
「そういうことだから、申し訳ないのだけど今日からサリエの事お願いできるかしら?」
「まぁ、そういうことなら。」
「それじゃあサリエちゃん、一緒に行きましょう。本人が居ないと宿泊登録してくれないの。」
「ボクはまだ話が終わってないんだけど!」
俺達は部屋を確保するため半ば強制的にサリエを連れて『ソーラー』へと急いだ。
◇
継達が学園長室から出たすぐ後、ローラが学園長室を訪れていた。
「彼らがそうですか?」
「えぇ、ルーちゃんが目に掛けている子達。」
「私には普通の子にしか見えませんでしたが。」
「一見そう見えるわね。だけど、これまでの活躍を見ると非凡なのは確かね。」
スタリエは机に広げてあった継達の資料を手に取り再度目を通していく。
「ねぇ、ローラ。あなたは指折り程度のスキルと魔法で魔物と渡り合えるかしら?」
「無理でしょうね。というかそんな状態で戦おうと思う事が馬鹿げています。」
ローラの物言いにスタリエは笑う。
エルフであるフィエールを除いた継、冬也、彩奈の3人は各々両手で足りる数の魔法とスキルしか持っていない。
彩奈の魔法に関して言えば生まれ持った魔力量と操作力で炎を無理やり剣に纏わせるか飛ばすかの違いしかなく、一つの完成された魔法とはとても呼べるものではなかった。
「そうね。だけど彼らはそれをしてきた。」
「運が良かっただけです。」
「確かに運も良かったでしょうけど、そういった星の下に生まれているのでしょうね。」
「トラブルを呼び込む星の下なんて面倒事が増えるだけでは?」
「あっははは!それが良いんじゃないの!そんな子達を育てて何を起こすのか見てみたいじゃない!」
スタリエ。
学武国家エクレシーム、パルヌス学園の学園長にして大魔法使いの魔女。
気ままに遊び楽しむことを第一にしている一種の狂人である。
「やはりあなたは酔狂な方だ。」
これから起こるだろう面倒事にため息をつくローラだった。
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