第034話 入学式後
入学式から解放された学生たちは開放感から口数が多くなり楽しそうに友人と大広間を後にする。
俺も周りの生徒同様に歩きながら仲間と雑談をしていた。
「変わった学園長だったな。」
「あぁ言う人を変人って呼ぶのかな?」
「僕達の招待状を用意してくれたのは学園長のはずだからルーザァさんと知り合いなはずだよ?」
「そう聞いてしまうと変わった方でも不思議じゃないと思ってしまうのはなぜでしょうか。」
師匠の知り合いと聞いてステンドグラスの1枚や2枚破って学園長が出てきても不思議じゃないと思うのはきっと俺の頭が毒されているからだろう。
近いうちに頭に解呪魔法をかけてもらった方が良いかもしれない。
「変わっているのは学園長だけじゃないかもね。」
「軍隊を持たないこの国の事か?」
「うん、学と武を磨く国家と聞けば聞こえが良いけど実際は違うかもしれない。」
「どういうことでしょうか?」
「世界の優秀な人材が同じ所で学び競い研究する。その中で出来た繋がりや縁を後々出世した学生達が人材確保や政治の窓口として利用することで自国や世界の安定を図っているのかもしれない。エクレシーム自体は軍隊を持たず冒険者を雇うことで国外へ危険性が無い事をアピールする。結果、表向きは最先端の国として裏では政治的なコネを作る国として地位を安定させている。なんてね?僕の想像だけど。」
最後、冬也は両手を広げてわざとおちゃらけて見せた。
実際にありそうな話だから返答に困る。
あらゆる人材を集めている国家に軍隊があればいつか侵攻してくるのではないかと危険視するのは当然の事だ。
そういった面倒事を避けるために手っ取り早く軍隊を捨てる、地球の感覚的には無い話だが異世界ではありえない話ではない。
なぜなら、百や千の兵よりも一の超人が勝つ魔法とスキルが存在する世界だからだ。
それに高度な政治的なんちゃらというやつで見過ごされている繋がりもあるはずだ。
「冬也さんの話が事実だった場合、この国を治める人物が王ではなく学園長なのも世界に私欲が無い事をアピール一環に見えますね。」
「ねぇ皆?あくまでも僕の想像だからそこまで真剣に考えないでよ?」
ここまで真面目な空気になるとは思っていなかった冬也は普段見せない焦った顔をしていた。
「興味深い話でしたからつい真面目に考えてしまいました。」
レアな冬也の焦り顔に俺達は笑う。
すると、大きな怒鳴り声が聞こえてきた。
「おい、彼女に謝れ!」
「私は大丈夫だから・・・。」
喧嘩か?
気になり見に行くと突き飛ばされた女子生徒を支える男子生徒がお供を連れた貴族らしき生徒に文句を言っている。
「あちらの貴族の方は人間至上主義ヴェロニカの宰相の三男じゃなかったかしら?」
「えぇ、一度社交界で拝見したことがあります。確かオウエン様です。あまりいいお噂は聞きません。」
「一部の噂では爵位問題でここエクレシームに遠ざけられたとお聞きしていますわ。」
オウエンと呼ばれる貴族は余程評判が悪いのだろう『父親の地位を傘にいつも横柄な態度をしている。』『使用人をひと月に5人もクビにした』など陰口がそこら中から聞こえてくる。
「同じ世界で生まれたエルフやドワーフならいざ知らず同じ人間であるかも怪しい異世界人に俺がなぜ頭を下げなければならない。」
「なんだと!?」
「酷い・・・。」
彩奈が後ろで小さく言葉を漏らす。
「そもそもなぜここにいる?こちらはお前達の世界と繋がったせいで国に帰れず迷惑しているというのに。今後の両国の発展と関係のために留学して見ればこのザマ。学園長もゴミなら受け入れる生徒もゴミだな。」
この国に来てからチラチラと見られることが何度かあったけど、それは珍しい存在だからだと思っていた。
だが実際にはオウエンのように光の壁のせいで国に帰れず迷惑している所に来た俺達を嫌って見ていた人も居たようだ。
「俺達だって迷惑しているんだ!こんな変な世界と繋がったせいで俺達の世界は滅茶苦茶だ!あの光の壁もお前達の世界のせいなんだろ!責任とれよ!」
「口の利き方がなってないな。」
歯止めが効かなくなった言い合いにオウエンが剣に手を掛けた。
「もういいだろ、その辺で。」
<急加速>を発動させた俺はオウエンの柄頭を押さえて剣を抜くことを防ぐ。
「あれ?継くん、いつの間に?」
オウエン達に集中していたのか間が抜けた彩奈の声が聞こえてきた。
「なんだお前?お前ものそこの奴と同じ異世界人か?その汚い手を放せ!邪魔をするな!」
「落ち着けよ。彼らのせいじゃないだろう?ここを戦場にでもする気か?」
「フッ、戦いになるとでも思っているのか?」
オウエンが不敵な笑みを浮かべると鞘を掴んでいた手から俺の顔に目掛けて魔力弾を放った。
「継!」
「大丈夫だ!手を出すな!」
咄嗟に避けて距離をとった俺は駆け寄ろうとした冬也を手で制止する。
これ以上はまずい。
これ以上人数が増えると本当にここが戦場になりかねない。
「へぇ~、上手く避けたじゃないか。こっちはどうかな?」
柄頭を抑えていた俺が離れたためオウエンは剣を抜いた。
仕方ないか・・・。
剣を抜き構える。
剣を構えた俺を見たオウエンは口角を釣り上げた。
「剣を抜いたな?同意の決闘だ。」
「・・・。」
「腕の1本や2本無くなっても文句言うなよ!!」
真っ直ぐ向かってきたオウエンが剣を振り上げ切りかかってくる。
真っ直ぐ馬鹿正直走ってきたのは異世界人である俺に戦闘経験がないとオウエンが勝手に思い込んだ油断。
普通の日本の学生ならここで終わりだったはずだ。
だが、相手が悪い俺は普通の学生ではない。
振り下ろされたオウエンの剣を避けた俺は腹に捻りを加えた一撃お見舞いした。
「ぐあっ!素手を使うなんて卑怯だぞ。」
「俺はお前を止めたかっただけで決闘に同意した覚えはない。」
「馬鹿にしやがって!!」
膝を着き腹を抑えていたオウエンは怒りに満ちた顔を上げて再び立ちあがる。
自分から首を突っ込んだといえ、しつこい奴だ。
いい加減引いてくれればいいのに・・・。
どうしようかと悩んでいると騒ぎを聞きつけた一人の女子生徒が現れた。
「何事です!この騒ぎは!」
「あの方は・・・。」
「間違いない。」
周囲のこの反応、この女子生徒は有名人なのか。
人込みから現れた女子生徒は周囲を確認して状況を把握しようとするがこの騒ぎを見ていた生徒達はバツが悪いのか目を合わさない様に顔を背けた。
「はぁ、そちらのエルフの方、申し訳ありませんが状況を教えてくださいますか?」
ため息をついた女子生徒は騒ぎの中にいた唯一のエルフであるフィエールさんに事情説明を求めた。
「え、えぇ。実はですね・・・。」
フィエールが女子生徒に事情を説明する。
「・・・そういうことですか。」
フィエールさんから事情を聴いた女子生徒はオウエンに近づき質問をした。
「あなたが女子生徒を突き飛ばした事が騒ぎの原因だと聞きましたが本当ですか?」
「これは俺の問題だ、部外者が口を挟むな!」
オウエンが女子生徒にそう言い放った直後周囲の生徒達の怒りが一気に頂点に達した。
「旧王族であり、現領主様のご令嬢であるクリス様に何て無礼な口の利き方を!」
「このよそ者が!」
「お前程度の人間が偉そうに口を聞くな!」
「なんだと貴様ら!!俺を誰だと思っている!」
この人が旧王族にして現領主の娘クリス・エクレシームか。
良い政治をしているかどうかは周囲の反応を見れば一目瞭然だな。
髪をよく手入れされた女子生徒や使い古された靴を履いている男子生徒がクリスに対して失礼な物言いをしたオウエンを非難していた。
この国に来てから数日、大きな事件や冒険者ギルドで変な噂も聞かない。
貴族から平民まで慕われているのだろう。
「皆さん、落ち着いてください。ここでは私を含めた誰もが皆ただの学生です。そこには種族も世界も関係ありませんわ。」
語り掛ける様に周囲を静めたクリスはオウエンに顔向けた。
「あなたも貴族なら家名に傷が付く様な行動は控えることをお勧めしますわ。」
「・・・。」
クリスの言葉が刺さったのだろうか顔をしかめたオウエンは剣を収めた。
そして、わざと俺の真横まで来たオウエンは俺の顔を睨みつけ、そのまま通り過ぎて行った。
入学早々目を付けられたなこれは・・・、
「清武と同じ目をしていたから後々何かして来るかも。」
去っていくオウエンの背中を細めた目で追っていた冬也が話しかけてきた。
「そうだろうな。反省はしているようには見えないし。」
「私達も用心しておくわ。ね?フィエール。」
「えぇ。何かあればすぐに動きます。」
何か仕掛けてきたらその時はその時。
追い払うだけで済むのなら追い払うだけだ。
「あなたが霧島継さんでよろしかったでしょうか?」
場を収めたクリスが話しかけてきた。
「そうですけど、どうして俺の名前を?」
「あなたはご自分が思っている以上に有名人なのですよ?」
口元に指を当て微笑むクリス。
「適性試験で教官に勝った謎の生徒。私も一度手合わせしてほしいですわ。」
謎の生徒ってこの世界の人から見たらただの異世界人なんだけどな。
それに・・・。
「勝ったって言っても相手が俺に合わせてくれただけで実戦だったら負けは必至でした。」
「例え合わせてくれたとしても相手が負けを認めたのならそれは負けです。それに本来なら最後まで試験教官が付き合う必要はありません。最後まで付き合っても良いと判断されたという事はあなたにはそれだけの力があるという事。ですから、ご自身の力をもう少し評価すべきです。謙虚は美徳ではありますけど謙虚すぎるのは自身の成長の妨げになりますよ。」
命のやり取りが多かったせいか自分自身でも気が付かない間に自己評価が低くなっていたのかもしれない。
だけど、俺達がしてきたことは紛れもなく命を懸けた戦いだ。
クリスさんが評価してくれるのは嬉しいが自身の力に自惚れや油断を生じさせないためにも自己評価は低いくらいが丁度いいと俺は思っている。
なので、クリスさんには悪いが。
「そうですね、気に留めておきます。」
と返した。
「クリスさんはそれを伝えるために継くんに?」
「いえ、彼だけではありません。私は彼の仲間である皆さんにも用事があって近づいたのですわ。」
「僕達もですか?」
クリスの言葉に俺達は顔を見合わるが誰も心当たりがないようだ。
「パルヌス学園学園長スタリエ様から皆さんを学園長室までお連れするよう申し付かってきました。」
入学手続きが終わった後一言お礼を伝えようと面会をお願いしたけど不在のため「後日連絡をする」と言われたのを思い出した。
クリスの後について向かったのは学園中央の最上階である4階、そこに学園長室があった。
いつも思うのだけど偉い人はどうして高い所に居ることが多いのだろうか?
王族や国のトップは防犯上の問題があるので別として、企業のトップなど一部の人は毎日大変じゃないか?
その建物の中間くらいに社長室やら置いておけばスムーズに事が進むと思うのだけど・・・。
そんな下らない事を考えているとクリスが学園長室のドアを叩いた。
「はいは~い、入って~。」
学園長室から大広間で聞いた陽気な声が聞こえてきた。
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