第028話 二道の民

「グガガ、グオオオ。」


 魔石が破壊されたことにより猿神に送られた力が藻掻きながら抜けていく。

 炎を纏った体は元の白い体へと戻り冬也のスキルで奪った腕は元には戻らず失われたままだった。


「クソ!言う事を聞け!」


 男は懐から札を取り出して再度操ろうと試みる。


 あの札で操っていたのか。


 魔石から解放された猿神は当然言う事を聞く訳もなく無駄な努力を続ける。

 無駄な努力している男を無視して猿神に目を向けた。


 猿神は送られていた力で本来以上の力を無理やり引き出したため身体はすでにボロボロの状態にあり肩で息をしていた。

 また、分かっていたが一度失った自我は元には戻せないという事なのだろう。


 弱った猿神の意識には変化がなかった。


「継。」


「約束を今から果たす。」


 剣を握る手に力を込める。

 俺の気配に気づいた猿神は顔を向ける。


「猿神・・・。」


 声に反応した猿神がボロボロの体を片腕でバランスを取りながら息を上げて向かってきた。

 俺はゆっくりと右腕と右足を引き、剣を構える。


 そして<オーバーレイ>を剣と足に集中させ強くイメージする。

 0からの最速の一歩を。


 猿神・・・。

 村の人達はお前の事を恨んでいなかった、それどころかお前を止めて欲しいと頼まれたよ。


 だけど、俺達にはお前を封印する手段がない。

 魔法ならいつか自我を取り戻せる方法が見つかるかもしれないがその時までお前をこのまま放置することもできない。


 だから、せめて・・・。

 せめて、この一撃が救いの剣に!


 蒼く光る右足を前に出し力の限り踏み込むと一気に猿神へと駆け抜ける。


「ギオオオ。」


「オーバースラスト!」<<渇望の一撃>>


 激しく剣を振るった勢いで猿神との周囲に太刀風が吹き荒れ、強く光り出した剣が猿神の胸を斬り裂き白い太刀筋が走った。


「ギ、ギギ、キ」


 胸を斬り裂かれ血を流す猿神は何かを求めるように手を伸ばし倒れた。


「はぁ、はぁ、はぁ。」


 猿神達はただ静かに村の人達と暮らせればよかっただけだった。

 それなのに突然人間達に襲われ、奪われ、失った。


 そして、封印された後も利用された。


「動け!この立たずが!」


「やめろ!」


 事切れた猿神に罵声を浴びせて蹴りを入れる男に血が上り顔面を殴り飛ばした。

 殴り飛ばされた男は地面に倒れ這いつくばる。


「きさまあああああああああ!」


 ガキである俺に殴られ見下されたことで逆上した男は隠し持っていた手のひらに収まる小型の注射器を取り出した。


「まだやる気か!」


「へ、へへへ。」


 不気味で得体のしれない笑いをする男に警戒心を高める。

 なんだあの注射器は?


 魔力回復?それとも身体強化?

 ただの回復や強化ならあんな表情を浮かべないはずだ。


 俺の中の警鐘が危険だとガンガンなっている。

 男はブツブツと言葉をつぶやく。


「私がこんな所で負けるはずがない。私は支配する側なのだから!」


「何をする気だ!?」


 針が腕に刺さる寸前突如俺の横を斬撃が通った。

 パリーンと小さな破砕音が響く。


 斬撃が注射器を砕くと白い液体と共に破片が地面に落ちた。


「ああ、あああああああ!なんてことを!」


 悲痛な叫び声を上げた男は敵である俺を前に地面に手を付き流れ落ちた白い液体をなりふり構わずかき集めようとした。


「ったく。いつまでもグダグダと。」


 面倒くさそうな声が静かな足音に合わせて背後から聞こえてくる。


「お前は負けたんだよ、目の前のガキにな。こっちは面倒事を済ませて疲れてんだ。さっさと失せろ。それとも・・・。」


 常に根拠のない自信に溢れ負ける事を微塵も考えてない聞き慣れた声。


「殺り合うか?」


「師匠・・・。」


 着崩した和服と冒険者服を合わせたような異世界情緒あふれる服装をした師匠が刀の反りを右肩に乗せて男にプレッシャーを放つ。


「う、くぅ。」


 師匠の威圧に本能的に勝てないと悟った男は後ずさり捲し立てるようにしゃべり出した。


「俺に手を出せば我の仲間が黙っていないぞ!こんな街など一瞬で!俺は選ばれた人間だ。俺に恩を・・・!」


(見苦しい。)


 捲し立てるようにしゃべっていた男の声が別の男の声で遮られた。

 俺と師匠の前に術者の恰好をした者が現れる。


 外見は日本人に見えるが瞳の色はハーフを思わせる透き通った緑色をしていた。

 現れた術者を警戒しつつ観察していると男が震え命乞いを始めた。


「お許しください!予想以上に彼の者達が手ごわく!」


「許そう。」


「え・・?」


 術者からそんな言葉が出ると思っていなかったのだろう。

 男は間抜けの声を出すと顔がほころぶ。


 が、その顔をすぐに黒く染まった。


「お前の死をもって。」


「お助けええええええええええええええええ。」


 白い炎に包まれた男は絶命の悲鳴を響かせて焼死した。

 希望から絶望に染まる顔に満足したのか術者は薄く笑っている。


 人体が焼ける匂いに吐き気が込み上げてきたが無理やり飲み込む。


「その身体、本体じゃないな。お前達は何者だ?」


「そうですね。特に決めていませんでしたが二道の民と名乗っておきましょうか。」


 術者は焼死した男の事を気にすることもなく淡々と師匠と会話を進める。


「我々はこの国の全ての人間に復讐する。そして、新たな世界を目指し作り上げる。」


「お前、何に魅入られた?」


「私が魅入られた?気づいたのだ。この国を支配すべき者は誰かを!」


 この術者完全に目がイッている。

 復讐?新たな世界?


 それと妖怪を復活させることが何の関係あるんだ。


「で、俺と事を構えるのか?」


「まさか、今はあなたみたいな化け物相手に時間を無駄にしたくありませんからね。私達はここから手を引かせてもらいます。こんな田舎の地など興味もありませんから。」


 好き放題語った術者の姿は消えて人型の紙が燃える。


 式神か。


 術者があっさりと引いて立ち尽くしていると師匠に頭を叩かれた。


「まだ終わってないだろ。さっさと瘴気をどうにかしろ。」


 そうだった。

 5つの封印の要が破壊されていたんだった。


 魔力の大半を使い果たして気力だけで意思を保っていたフィエールと彩奈を休ませるためにも急いで避難所に戻った。


 避難所に戻ると縄に巻かれた人や押さえつけられている人達が居た。

 正気を失った人の対応でここもある意味戦場だったのだろう。


 代表に事の顛末を話してすぐに瘴気対策に動いてもらった。


 瘴気対策で向かったエルフ達が東瀬神社でローブの男の部下にやられた団員達を発見。

 団員達は命には別状はなく気絶していただけだった。


 また、何者かが気絶していた団員達のポケットに『結界の手引き』と書かれた手書きの紙を残していったらしい。

 書かれていた内容は猿神を封印した結界の事ではなく、より効果的に瘴気を押さえる結界の張り方や術式が書かれていた。


 そのおかけで思っていたよりも早く瘴気は抑えられ収束に向かっていった。


 ◇


「残念な結果になりましたが事態は収拾しました。はい、はい、お気になさらず、私も気になっていたことですから。気をつかってくれるのなら私の好物でも用意してください。・・・・・っ!良いじゃないですか!昔から好きなのですから!・・・えぇ。そうですね、やっと尻尾をつかんだというところでしょうか。これから私達の省は忙しくなるでしょうね。えぇ、近いうちに。」


 黄色い頭髪をしたスーツ姿の女は通話を終え通信球をしまう。


「霧島継とその仲間達。彼らなら期待できるかもしれませんね。」


 ひとり呟いた女は静けさを取り戻した東瀬の街を後にした。


 ◇


 猿神との戦いが終わって数日後、俺達は西部の山奥まで来ていた。

 猿神の過去の記憶を頼りに同じ風景の場所に小さなお墓を建てるためである。


 猿神の腕に巻かれていた布を箱に入れて埋葬する。


「・・・。そろそろ行こうか。」


 手を合わせてからその場を後にすると猿と子供の楽しそうな声が聞こえた気がした。

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