第027話 布
「きゃ!」
農作業をしている女性がお尻を押さえて声を上がる。
「キッキッキッ。」
木の上で小型の猿が女性の反応を見て笑っている映像が流れ込んで来た。
山の麓にある村の周りには田畑が広がり多くの村人が農作業をしている。
周囲には現代のようなコンクリート造りの家や車は無いが周辺の山や地形には見覚えがあった。
恐らくここは西部の山だろう。
(これは天狗の時と同じ・・・。じゃあこれは猿神の過去?)
これが猿神の過去なら木にいる猿が猿神か・・・。
昔は随分と小さかったんだな。
突然の状況に脳を追いつかせようと情報を整理していると小さな子供が猿に笑いながら話しかける。
「いたずらばかりしていると猿神様でもいつか罰があたるよ?」
(やっぱりあれが過去の猿神なのか。)
「キキ、大丈夫だ。少し前にこの村に害を及ぼす盗賊どもを追い払ったのでな。徳しか積んでおらん。」
「村の皆も喜んでいたよ。『猿神様のおかげでこの村は安泰だ!』って。」
「キキキ。そうだろう、そうだろう。」
子供の言葉に猿神は満足そうに頷いて喜んでいる。
猿神が追い払った者達の中には盗賊や山賊の他に悪徳商人や腐った役人が含まれていた。
「そうだ、猿神様。下りてきて大きくなってよ。」
「良いが突然どうした?」
「いいから、いいから。」
猿神は不可解な面持ちで木から下りると5m程の大きさになった。
子供は巨大化した猿神に近づくと近くの村人と協力して猿神のきき腕に真っ白な布を巻きつけた。
「この布はなんだ?」
「村の皆からのお礼。」
「お礼?」
「うん、いつも守ってくれてありがとう!」
子供に続き村人達は感謝の言葉を述べて頭を下げた。
その光景に面喰らった猿神はなんとか取り繕い、腕に巻きつけられた豪華さも派手さもない白い布の上にそっと手を置いた。
猿神と村人達の仲は良好だ。
とても村人達が猿神達『妖怪を退治してほしい』と依頼したようには見えない。
なぜ妖怪達は襲われたんだ?
暫らくすると山奥で猿神と妖怪達が話している場面に変わった。
「おいおいおい、なんだその白い布は?」
「キキキ、いいだろう?村の人間がお礼でくれたんだ。」
猿神は余程気に入ったのか棍棒をもった鬼に自慢するように腕に巻いた布を見せつけた。
「俺の棍棒も頼むか。」
「馬鹿か。お礼だと言っているだろ。新しいのが欲しければ他の者と力比べばかりしていないでたまには村人と交流してみたらどうだ?」
「この顔でか?」
鬼は角や牙を生やした自分の顔を指刺し「無理、無理」と豪快に笑う。
そんな鬼に猿神は「今度私と一緒に行くか?」と誘っていると怪我をした妖怪が飛び込んで来た。
「た、助けてくれ!人間ども攻めてきやがった!」
先程まで和やかだった空気は嘘のように消え去り猿神達の空気が張り詰める。
「おい、どういうことだ!」
怒鳴りつける鬼に怪我をした妖怪は応える。
「わからねぇよ!攻めてきた人間どもは奇妙な術を使うやつらで『村の奴らが化け物を退治』を依頼したと口にしている!」
叫びながら答える妖怪の言葉を聞き鬼は猿神を睨みつける。
「おめぇ、だまされたんじゃねぇのか?本当は腕の『それ』に喜んでいるおめぇの事をあざわらっていたんじゃねぇのか?」
「・・・。」
猿神は何も答えず布を巻かれた腕を握った。
(俺のこのよくわからない能力は記憶は覗けるが心までは覗けない。)
(猿神の心中はきっと疑心暗鬼の闇が渦巻いているだろう。)
「こうなった以上人間どもはぶち殺す文句ないな。」
「あぁ。」
「てめぇはてめぇの目で確かめてこい。事実なら分かってんな?」
猿神は何も答えず急ぎ村へと向かった。
なぜ!なぜ!
私達を嫌悪していたのか?
山を抜け森に出ると森は燃え人間と妖怪が数多く倒れていた。
「大物がいたぞ!」
声を上げた術者達が式神を召喚し猿神に襲い掛かった。
「ギッ。」
式神の攻撃を布が巻かれていない腕で防ぐと血が流れた
「邪魔をするな!」
術者達を蹴散らし木々の間を走り抜けた先に村が見えた。
「村に火が!?」
全ての家から火の手が上がっている村は真っ赤に染まる。
その姿に猿神は茫然と立ち尽くす。
「・・・。」
猿神は起きている事に理解が追い付かずゆっくりと村の周囲を見渡す。
「使えない奴らめ。」
現れた術者は部下の無能さに苛立ちを隠すことなく悪態をつくと式神を召喚する。
又、何処からか現れた人間達が猿神を囲んだ。
「なぜこんなことを。」
「見せしめだ。」
「見せしめだと?」
術者は猿神の質問には返答せず淡々と言葉を吐く。
「ここより西、妖怪が都を襲った。お前達は人間に仇為す存在だ。役人伝えに聞こえてきたぞ、村を支配する猿の話が。」
「そんなことはしていない!」
「それを決めるのは我々ではない。どの道お前達は排除される村を操り支配した妖怪としてな。例え運よく逃げ切れた化け物がいても人間が裏切ったと強い恨みを抱き牙を向くだろう。」
(襲われた人々は妖怪をさらに脅威と認識するはずだ。命令した人間は世論という無形の力を背景に大手を振って退治できるという訳か。時の権力者なのか分からないが術者達に命令した者は人間だけの国を造ろうとしたのか。)
「村人達・・・。」
「ん?」
猿神の声は怒りで震え、溢れ出しそうなドス黒い感情が蠢く。
「村人達をどこへやった。」
「あぁ、それなら。」
術者が仲間に顎で合図するとドサッと布をくれた子供が地面に転がった。
大きな手で猿神が子供を抱き上げると掌が濡れる。
掌は赤く血に染まり子供の体には斬られた痕があった。
「余程お前の事を信じていたのだろうな。最後までお前が守ってくれると叫んでいたぞ。」
恐怖中で叫び続けた子供の最後を嘲笑う術者。
子供の最後を知った猿神はギュっと優しく抱きしめると腕に伝う血が布を赤く染めていく。
「馬鹿な奴等だ、お前達のような化け物と関わらなければ死ぬことはなかったろうに。この光景の全てがお前達化け物と関わった結果なんだよ!」
「・・ぬ。・・・許さぬ!」
目をカッと開いた瞬間、村が炎に染まり全てを焼き尽くした。
「グオオオオオオオオオオオオ!」
全てを焼き尽くした猿神は怒りの鳴き声なのかそれとも己が原因で死なせてしまったと悲しみに染まる泣き声なのか・・・。
声は天高く上がった。
この後の出来事は本に書いていた通りだった。
自身の力が暴走した結果、猿神は理性を失いながら近隣の村々を拠点としていた術者と戦い続けた。
自我を完全に失うと敵を探すように彷徨い村を壊滅させていく。
歩く厄災となったのだ。
そして、用意された結界に閉じ込められた猿神は東瀬の地に封印された。
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