第026話 奮戦

「はあああ!」


 顔を切りつけ猿神を後退させる。


「大丈夫ですか?」


「家族の顔が見えたが何とか生きている。」


 呼吸を整えた代表と軽口を交わす。

 この状況で軽口を交わせるなら大丈夫そうだ。


「それよりも君一人か?フィエール達は?」


「もうすぐ来ます。」


「何が『もうすぐ来ます』よ。」


「爆発音が聞こえた途端、一人で飛び出していくから追いかけるのが大変だったよ。」


 俺の言葉と同時に背後から愚痴を溢す彩奈と冬也が現れ、フィエールが代表に回復魔法をかける。


「あれが猿神?」


「あぁ。」


 団員から譲り受けたのか盾を手にした冬也が猿神に目を向けた。


 見た目は白い大猿。

 片腕の手首には所々黒く汚れたボロボロになった白い布が巻かれ、腕に刺さった太い矢が刺さっている。


 あれは弩弓の矢か・・・。

 猿神の大きさ相手に刺さるなら十分使えるな。


 それにしても博物館で出会った子供の話だと自我を失っているという話だったがとてもそういう風には見えない。

 暴れ出す事もなく男の命令を待っている様子だ。


「気を付けろ。あいつは再生の能力と炎を操る他に瘴気を放っている。魔力を使いすぎると正気を失うぞ。」


 代表がこれまでの戦闘で得た猿神の情報を伝える。


 再生能力。


 だから斬ったはずの尾と顔の傷が回復しているか。

 斬ったはずの尾は新しく生えウネウネと動き、猿神の顔の傷は綺麗に無くなっていた。


 押さえつけられている団員達は正気を失っているが特に身体強化されている訳はなさそうだ。

 だからと言ってここで押さえ付けていてもこれから始まる戦いに巻き込まれてしまう。


 仕方ない・・・。


「代表は皆を下がらせてください。猿神の影響で避難所の方でも人手を必要としているはずです。ここは俺達が押さえます。」


 <ウォール・ラン>の能力を考えれば縦横無尽動けるよう余計な心配が無い方が戦いやすい。

 それにこれ以上瘴気の影響で豹変する人数を増やすわけにはいかない。


 場合によっては彩奈やフィエールも下がらせる必要が出て来るだろう。


「すまない。」


 代表が部隊を下がらせたのを確認してから男と対峙する。


「わざわざ待ってくれるなんて優しいんだな。」


「別れの時間として十分だろ?」


 なるほど、猿神が襲い掛かって来ないという事はやはり男の支配下にあるということか。

 だとすると怪しいのは胸に植え付けられている魔石。


 あの魔石を破壊すればあの男の支配下から解放されるはずだ。


「必要ない、お前を倒して明日を迎えるからな。」


「ならその魂ごと喰らってやる。」


 跳躍した猿神の周りに炎が出現する。

 徐々に大きさは増し直径2m程のサイズになった炎を俺達に向けて飛ばす。


 散開して回避した炎は爆発を起こして壁や車が空へ舞う。


「ガアアアアア!」


 さらに猿神は自分の腕に刺さった弩弓の矢を引き抜き本能的に一番弱いと判断した彩奈に投げつけた。

 爆風が吹く中、空に弓を向けたフィエールが落ちて来る矢を付与された矢で正確に打ち抜き破壊する。


「はああああああああ!」


 <ウォール・ラン>を発動させた俺は建物の壁から飛び、伸びきった猿神の腕を切り落とす。

 着地した猿神は何度も入れ替わる様に駆け抜けてくる彩奈と冬也に斬り落とされた腕を投げつけた。


 すると冬也が彩奈の前に出て盾を突き出した。


「リアクション・シールド!」


 冬也が切り落とされた腕を弾くと拳を振り上げた猿神の前に彩奈が出る。


「彩奈!合わせろ!」


 <急加速>を発動させ猿神の側面から攻撃を仕掛けた俺と正面からぶつかる彩奈の炎の大剣が猿神のもう片方の腕を破壊する。

 両腕が無くなった今魔石を埋め込まれた胸が隙だらけ。


「彩奈!もう一度だ!」


「えぇ!」


「「はああああああああ!」」


 蒼と赤の突きが胸を捕らえ魔石に向かって閃く。

 しかし、俺と彩奈の突きは植え付けられた魔石を砕くことはなかった。


 黒い霧のような壁に阻まれ鈍い光を放つ魔石に突きが届かなかったのだ。


「届かない!?」


 彩奈は炎の威力をさら上げて踏み込む。

 すると一瞬突破できる程ではないが阻む壁が弱まった。


「残念だったな!猿神!」


 男の命令に猿神は素早く体を回転させる。


「うっ!」


「グオオオオオオ!」


 鞭のように振り回す尾を受け止めた俺と彩奈を弾き飛ばすと猿神は複数の炎を出現させて追撃する。


「掴まれ!」


 ぎゅっと体にしがみ付く彩奈に手を回し<急加速>を瞬発的発動させて距離取る様に炎を躱しながら後ろに下がると二つの影とすれ違う。

 爆発によって互いの姿が見えなくなる程舞う土埃の中を抜けた冬也とフィエールが猿神に向かって走る。


 両腕が再生した猿神は尾でへし折った街路樹を冬也とフィエールに飛ばすと炎で溶けた街灯を拾い二人に襲い掛かる。

 フィエールはこの日の為に用意していた小型の魔石が付いた矢に魔力を注ぎ込み道を塞ぐ街路樹を粉砕する。


「ゲイルソード!」


 自身と冬也に付与魔法をかける。

 冬也が<加速>を発動させて前に出ると猿神が持つ街灯を<頑丈>を発動させた盾で受け止めた。


「ぐぅぅ・・。<リアクション・シールド>!」


 猿神が握る街灯が弾かれた反動で曲がる。


 冬也は出来れば<リアクション・シールド>を発動させたくなかった。

 なぜなら<リアクション・シールド>は腕や足、強く握られた剣などにはのけぞらせる効果を発揮するが今回のように武器として作られていなかったり、中身が脆い物だと曲がったり壊れたりするだけだからだ。


「殴り潰せ!」


 男の命令に従う猿神は街灯を手放し、拳を振り下ろす。

 拳を避けた冬也はフィエールと共に魔石が埋め込まれた胸に攻撃するが継達同様障壁に阻まれてしまう。


「無駄だ!」


「これならどうです!」


 一度剣を引いたフィエールは風を剣先へと一点集中させ魔力を注ぎ込む

 髪を揺らす風は鋭さを増し黒い霧の障壁とぶつかる。


 手ごたえを感じたフィエールが手足に力を込めて剣を突き出すと徐々に壁が後退し始めた。


「消し飛べ。」


 男が魔石に力を注ぐと猿神の周囲が熱で包まれる。

 危険を察知した二人が後退すると猿神を中心に大爆発が起こった。


 爆発によって周囲の建物は崩れ落ち地面が揺れる。


「くっ・・・。うわああ。」


「「きゃあああ。」」


 爆風を耐えるがその強さに煽られ体が浮く。

 その隙を見逃さず男は攻撃を仕掛けた。


「死ねぇ!」


「いけない!」


 猿神の口から圧縮された炎弾が打ち出されると風を纏わせたフィエールが庇うように俺達の前に立ち魔法障壁を張る。

 大半の魔力を注ぎ防ごうとするがフィエールも他のエルフ同様、炎の勢いを抑えきれず魔法障壁ごと爆発に巻き込まれた。


 焼き焦げた匂いと煙が漂う中で立ち上がる。


「はぁ、はぁ。生きている?」


 少し離れた所で体を起こす冬也達を見て安堵する。

 周囲には爆発による爪痕が広がっていた。


 この光景を見た人達はこの街を出ていくかもな・・・。

 心の中で空笑いをして体をチェックをする。


 自分が生きているのが不思議だった。

 爆発の寸前に火事場の馬鹿力なのか<オーバーレイ>の出力が急に上がったおかげで即死を免れたのだ。


 彩奈は爆発の瞬間に炎を張りダメージを軽減、フィエールもまた爆発の瞬間全身に魔法障壁を全力で張り生き延びた。


 冬也は盾と<頑丈>の恩恵により軽症で済んだようだ。


「しぶとい奴等だ。ならば、このままボロ雑巾になるまで嬲り殺してやる。」


 男は苦々しい顔で俺達を睨みつけ前進する。

 ここで追撃をしていたらその時点で男の勝ちだったが圧倒的有利という立場と邪魔をされた借りを返すという意識が男を慢心させた。


「ありがとうございます。障壁が無かったら死んでいました。」


「当然のことをしただけです。」


 フィエールが笑う顔は何処か力はなく顔色も少し悪い。

 今の攻撃で魔力を・・・。


「私はまだ大丈夫です。」


『まだ』か・・。

 フィエールが限界を迎える前に魔石を破壊しないと勝機はないな。


 少しでも生き残る確率を上げるために黒い壁について情報を共有し合う事を優先することにした。


「魔石の前にある黒い壁は何だ?あれも魔法障壁の一種なのか?」


「多分そうじゃないかな。魔力を上げて力を込めたら少し弱まったから何かしらの障壁だと思う。」


「障壁の正体は分かりませんが魔石の能力でしょう。」


 フィエールは推測を口にする。


「炎を出した時、魔石は光っていませんでした。ですが障壁で魔石を防御した時、腕が再生した時には光っていました。」


「じゃあ、魔石の能力という事ね。」


「えぇ、一部しか障壁を張らなかったのは術者の負担を減らすためでしょう。あの男は差し詰め補給源兼操縦者という所でしょうか。」


 この戦いで男は何度も魔石に力を注いでいる。

 油断はできないが男自体はそれ程脅威ではない可能性が高い。


 理想としては男を倒して猿神を止める事だがあの男は決して前には出てこないだろう。

 なら、力が注げなくなるまで攻撃を続けるか?


 いや、それはダメだ。

 さっきの炎弾をもう一度受けたらこっちが先に力尽きる。


 俺と彩奈の同時攻撃もダメ、フィエールの渾身の一撃でも押し切れなかった。

 もっと強力な魔法に関係した一撃を与えることはできないだろうか・・・、


「ねぇ、継くんのスキルであれを直せない?」


 彩奈が視線の先には脇道に落ちた弩弓の残骸があった。


 戦闘中に破壊されたのか・・・。

 そもそも<作成>で修理は可能なのか?


 材料という意味では残骸も材料になり得る可能性はあるが・・・・。


「やって見ましょう。もしかしたら防衛線を引いていた場所に中型の魔石矢が残っているかもしれません。」


「賭けてみるか。冬也はフィエールを頼む。」


「わかった。」


 フィエールと彩奈がゆっくりと近づいてくる猿神に3本の矢と炎を放つ。

 それと同時に二手に分かれて目的を悟られぬようマンションやビルの中に飛び込んだ。


「今度はかくれんぼか?」


 男は猿神の後を歩きつつ継達が入った建物を炎弾で攻撃させた。

 俺と彩奈は壊れた入り口からマンション内に入ると2階の通路から飛び降りた。


 マンション裏の通りに出た直後マンションから大きな炸裂音と複数の部屋から煙が上がる。


 一人でかくれんぼでもしていろ。

 少しでも時間が稼げたなら好都合だ。


 今のうちに弩弓の下へ。


 壊れた弩弓の下に向かい損傷を確かめると木製の台座と回転できる土台が完全に折れていた。


「直せるかな?」


 彩奈が心配そうに聞いてくるので俺は正直に答える。


「わからない・・・。俺のスキルは<作成>だ、修理じゃない。でもスキルを発動させた時に粘土をこねる様な動きをしていたからもしかしたら材料の形は関係ないのかもしれない。」


 俺は大きく深呼吸して壊れた弩弓に手をかざして発動させる。

 壊れた弩弓が淡く光り始めた。


 盾を作成しようとした時はこのまま失敗したが・・・。

 頼む成功してくれ!


 思わず目を瞑り<作成>に想いを乗せる。


「見て、継君!」


 淡く光っていた弩弓は粘土をこねる様な動きを見せ俺達でも扱いやすい大きさに作り変えられた。


「なんとかなったな・・・。」


「さすが継くん!」


 隣で喜んでいる彩奈には悪いが正直成功するとは思っていなかった。

 もしかすると俺のスキルで作り出したものだから成功した可能性もある。


 もし失敗していたら近くの家や店にある木製のテーブルを素材にしようと考えていた。

 これは後日、他の人が作った弩弓だと同じように作り変えられるのか検証しなければいけないな。


 近くに止めてあったトラックの台車に弩弓を乗せて準備を完了。


「後は肝心の矢だな。」


 通りを挟んだ向かいの脇道に目を向けるとフィエール達を見つけた。

 冬也が矢を掲げ口元が動く。


「ま・か・せ・る。」


 伝言を伝えた冬也は頷き、矢を脇道に立てかけた。

 そして、注意を引くためフィエールと共に猿神に攻撃をしかける。


「こそこそするのは終わりか?何を企んでいる。」


「企んでいるとは人聞き悪いな、企んでいるのはそっちじゃないかな?」


 魔石のついた矢の力を引き出すには魔力を込める必要がある。

 俺は魔力をうまく扱えない。


 つまり、彩奈に弩弓をまかせるという事だ。


「冬也くん達はなんて?」


「彩奈に弩弓をまかせるみたいだ。」


「私に!?む、無理よ!!フィエールならともかく私には動きまわる猿神を撃ち抜く事なんてできないわ!」


 彩奈がしり込みするのも当たり前だ。

 長年の経験と勘がないのに目標を当てる事なんて不可能に近い。


 大事な場面を任される彩奈の不安は計り知れない。

 だが、冬也は『まかせる。』と言った。


 きっと何か考えがあるのだろう。


「あの二人が考え無しに『まかせる。』なんて口にするはずがない。俺は二人が信じた彩奈を信じる。」


「ねぇ・・・、継君。継君はどうなの?私を信じてくれる?」


 不安で揺れる彩奈の瞳と目が合う。


「あぁ、彩奈ならきっと出来る。俺はそう信じている。」


「・・・わかった、やってみる。」


 彩奈は不安な心を隠すように精一杯の笑顔を作った。 


 冬也とフィエールが猿神から放たれる炎を物陰に隠れやり過ごす中<急加速>発動させた俺は回避しながら正面から攻撃を仕掛ける。


「遅れてすまない!」


「継!」


「継さん!」


 すぐ横の建物の窓枠に飛び移り俺の攻撃を回避した猿神の手に炎が纏う。


「グアアアアオ!」


 己に気合を入れるような雄たけびを上げた猿神が強く踏み込むと彩奈の炎の大剣を思わせる拳で殴りかかってきた。


 <急加速>発動!


 猿神の拳を回避すると地面が抉れる音とコンクリートや土が周囲に飛び散った。


「くっ!なんて馬鹿げた力だ!」


 こんな攻撃まともに受けたら<頑丈>を持っている冬也でも即死するレベルだぞ!

 猿神の周囲は抉れ小さなクレーターが出来ていた。


「継さん、彩奈は!?」


 後ろから声をかけてきたフィエールの顔色はやはりあまり良くなかった。


「彩奈ならきっとやってくれる、そうだろ?」


「えぇ。」


 俺の言葉にフィエールが頷く。


「私が残りの魔力で動きを止めますから二人は魔石をお願いします。」


「だけど、これ以上魔力を使ったら・・・。」


 その後の事を考えている冬也はあまり賛成できないようだ。

 しかし、フィエールは。


「その時は二人で私を押さえてくださいね?」


 と冗談めかしてウィンクをした。

 フィエールさんって意外と頑固な人だよな。


 こうと決めたらテコでも動かない。


「冬也、フォローを頼む。」


「全く、二人ともどうなっても知らないからね・・・。」


 半ば諦めた冬也が軽くため息をついて剣と盾を構える。


「私もそろそろ飽きてきた。止めを刺そう。猿神!」


「グウオオオオ!」


 男が叫び猿神に力を与えると猿神の手足や尾に炎が纏い外見が変わる。


「炎猿、これが本当の姿だ!」


 炎猿の熱が熱風として肌に伝わって来る。


 あの見かけは飾りじゃないだろう。

 小さなクレーターが出来る威力と同等かそれ以上の力を秘めているはずだ。


「フッ。」


 男が鼻で笑うと突然猿神が建物を攻撃した。

 攻撃された建物は一撃で半壊し内部が丸見えになった。


 建物を壊すことで力を誇示し戦意を削ぐつもりか?

 今更どんな姿や力を得ようとやることは変わらない。


 フィエールと彩奈を信じて魔石を破壊するだけだ。


「冬也、行けるな?」


「もちろん。」


 <急加速>と<加速>を発動させた俺と冬也は猿神に突っ込んだ。

 猿神も又走り出すと回転しながら尾を横に振り薙ぎ払ってきた。


 しゃんがんで躱した尾が車に当たると車は建物まで飛び爆発する。


「せえええええ!」


 剣に気を集中させて猿神の足を狙って剣を振るう。


「避けろ!猿神」


 男の掛け声と同時に猿神がジャンプで後方に避けると炎弾を複数放つ。


「当たるか!」


 瞬間的に<急加速>を発動させて炎弾を全て躱す。

 物陰に隠れてやり過ごす方が安全だがここで引いて建物の上にでも行かれたら弩弓の射線が確保できない。


 炎弾を避けられた猿神は両手に纏う炎の勢いを強化させ真っすぐ突っ込んで来た。


「まかせて!」


「返り討ちにしろ!」


 猿神が大きく腕を引いて打ち出される拳と冬也の緑色に輝く盾がぶつかる。


「リリース!バスター・シールド!」


「なんだと!」


 ぶつかり合った拳と盾が砕けた。

 驚愕する男をよそに反動で吹き飛び地面に転がった冬也は声を上げた。


「フィエールさん!」


 すると俺達の後方から激しい廻風を纏わせたフィエールが片手を失い反動でよろめいた猿神の頭上に飛び、手中に大半の魔力を集める。


(狙いは一点集中。広くもなく狭くもない魔法の檻。)


「はあぁぁぁぁ!」


 フィエールは手中に集めた魔力を烈風に変え猿神の頭上から放った。


 術名も無いただただ力任せに烈風を放つ洗礼さもない魔法。

 相手の動きを止めるためだけに全てを掛ける。


「くそ、動けん!」


 頭上からの烈風に耐える猿神は倒れぬよう片膝を着く。


「今です!彩奈!」


 フィエールは俺と冬也のさらに後方にいる彩奈に希望を託す。

 彩奈は弩弓構えると矢に手を置き火の魔石に魔力を込める。


(大丈夫、きっと上手くいく。イメージしながら魔力を込めるのよ、私。)


 天体観測が好きな彩奈は火矢が出て来る星座の話を思い出した。


 海蛇座の海蛇は「ギリシャ神話のヒュドラ」とされている。

 沼地の巣穴に住んでいた怪物ヒュドラはヘラクレスに倒された。


 その時ヒュドラを炙り出す方法として使用されたのが『火矢』だと言われている。


(ヘラクレスが放った火矢は炙り出すためのものだっただけど、この矢は違う。)


 彩奈は想いを込める。


 自分を信じて攻撃を防ぎ、傷つく冬也のことを

 自分を信じて矢を託したフィエールのことを


 そして、不安で押しつぶされそうな自分に「信じている。」と言ってくれた継のことを想い魔力を込める。


(この矢は私の想いを込めた、私が放つヘラクレスの矢!)


 その瞬間、心の鍵が外れ<魔力具現>が発動する。

 先端に付けられた魔石の矢じりから燃え盛る炎が溢れ矢を包むと真紅の炎刃を纏った。


「当たれぇぇ!偽りの火矢ヘラクレスの矢!」


「なんだあの魔力濃縮量は!クソが!死にぞこないのエルフが邪魔をするな!」


 狙いを定めて放たれたヘラクレスの矢が真紅の直線を描き魔石へと飛んでいく。

 ヘラクレスの矢に込められている異常な魔力量を感じとった男は吐く言葉に余裕がなくなる程動揺すると魔石を守るために力の殆どを障壁に回した。


 矢が通った地面には一本の炎線が残り、魔法の檻を突き抜けたヘラクレスの矢と障壁が激突する。


「ぐ、が、なんだ、この・・・。」


「打ち砕け!ヘラクレスの矢!」


 彩奈の言葉に呼応するように矢を包む炎刃の勢いがさらに増すと障壁を破って大爆発を起こした。


「継くん!」


「あぁ!」


 <急加速>を発動させ走り出した俺は剣を構えて猿神の魔石へと飛び込む。


「今、解放してやる!」


 煙を掻き分け、光り出した魔石に剣を突き刺した。

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