第022話 僅かばかりの防衛強化

「そこです!」


「ギャアアアアアアアアアア。」


 フィエールさんから放たれた矢に妖怪が倒れる。


「今ので最後かしら?」


「油断はできないけど多分最後だと思うよ。」


「段々と増えてきているな・・・。」


 彩奈と冬也が周囲を警戒しながら倒れた妖怪の死亡確認をする。

 俺達は結界外にある東瀬市南の住宅街に妖怪を討伐するために来ていた。


 東瀬周辺に妖怪が現れ始めたのは今から4日程前。

 1体の目撃情報から日を重ねるごとに3体、5体と増え始めていた。


 妖怪が現れたという事は付近に祠があったが破壊され、西部の森の祠のように瘴気が流れ出たままのはずだ。

 一度避難所に戻りエルフの手を借りて付近を捜索すると東瀬市を通る街道に小さな祠があった。


「やはり瘴気が。」


「結界を張りましょう。放置しておくと土地その物が死を迎えます。」


 数人のエルフが壊れた祠を囲み結界を張る。


「応急処置です。時間をかけて封印しますが破壊した者を取り押さえないと近い将来手が回らなくなります。」


「そうですね。」


 祠をエルフ達にまかせて自警団に討伐完了の報告に行くと天幕の中には代表が一人。


「皆、情報収集で出払っている。君たちに頼りきりになってしまいすまないな。」


「戦い慣れている私達の方が適任ですからお気になさらず。封印している同胞を労ってあげてください。」


 フィエールさんの言葉に俺達も頷く。


「そうか、わかった。戻って早々すまないが協力してほしい事がある。」


「何でしょうか?」


「結界内を要塞化しようと思う。」


 それはつまり結界の周りに古い木の要塞壁を作って守りを固めるって事だよな。

 木の柵や要塞壁は以前作成した事があるので問題ない。


 何なら手を加えて要塞壁の内側に足場も作って上から狙撃できるようにしてもいい。


「紫の魔獣の襲撃、妖怪という謎の魔物の出現と立て続けにこの周辺が騒がしい。よって我々も万が一に備えて結界内の住人を守るため出来る限りのことをしようと思っている。」


「それで要塞化ですか。」


「そうだ、聞くところによると継君は<作成>を持っていると聞いている。」


「えぇ、確かに持っていますが壁に必要な材料の調達はどうするんですか?」


 木材で壁を作成するには木が足りず西部の山や異世界から持ってくるのにも時間が掛かりすぎる事も問題だが街一つを丸々囲む本数を用意できるのだろうか?

 しかし、その心配は杞憂に終わる。


「君には弩弓を作ってもらうから心配しなくていい。壁は時間が掛かるが別の者達に土魔法で作らせるつもりだ。と言ってもこちらの世界の建物はどれもこれも高いので気休め程度にしかならんがな。」


 ビルやマンションを登られたら意味がないと代表は肩を落とした。


 紫の魔獣の襲撃は自警団にとって空の守りが弱いと思い知らされた事件だった。

 その時から代表はどうやってここを守るかずっと考えていたのだろう。


 そして、考えた末に出た答えが要塞化する事。

 壁に関しては代表が言う通り気休め程度にしかならないだろうが弩弓を作るのは賛成だ。


 建物の屋上に巨大弩弓を置いておけば空の魔物の襲撃を迎撃できる。

 巨大弩弓には普通の矢だけではなく石や金属の弾、それに中型以上の魔石矢を使用すれば紫の魔獣に対しても大ダメージを与えられるはずだ。


「わかりました。皆も手伝ってくれ。」


「えぇ、まかせて。」


 彩奈たちが頷く。

 やる気満々な仲間達と天幕を出ると喧嘩を仲裁している団員の姿が見えた。


「最近喧嘩をよく見る気がする。」


 週2~3回だったのが最近は毎日見ているような気がする。

 喧嘩の理由は『睨みつけられた』とか『体がぶつかった』という難癖レベルの理由がほとんどで人間性が荒んできているようにも思えた。


「自由に出かけられない上に娯楽も無いからストレスが溜まるのも無理ないかな。」


「娯楽かぁ。」


 冬也と仲裁の様子を見ながら子供達が竹とんぼで嬉しそうに友達と遊んでいた姿や子猫に変身した俺を追いかけまわして遊んでいた姿を思い出す。


「確かに娯楽が無さすぎるな。」


 仲裁を見届けた後何か妙案が無いかと考えながら自分の天幕へと戻り弩弓について仲間と話し合う。


「弩弓って確か別名でバリスタって呼ばれる弓の事だったよね?」


 彩奈は聞き慣れない言葉を俺と冬也に確認をする。


「そうだね。バリスタ、大型弩砲については以前調べたけどその歴史は意外と古くて紀元前からある兵器なんだ。僕たちが想像するバリスタって単発式だけど紀元前のディアドコイ戦争では連発式がすでにあったらしいんだよ。」


「古代ギリシャ人って凄いのね・・・。」


「???」


 興味深く聞いている彩奈の隣でフィエールさんが何を言っているのか分からないという顔をしながら左右に首を傾げている。


 ゴメン、フィエールさん!

 俺も後半はよくわからない!


 俺はボロを出すのが嫌だったので冬也の話を黙って聞くことにした。

 弩砲は捻った動物繊維の大繩や髪の毛、バネなどを使用した物や台を付けて360度回転するようにした物まで存在していた事を知った。


「って感じかな。」


 詳しく説明してくれたのは助かったけど何をどうしたら大型弩砲について調べようと思ったのか謎である。

 平和な日常生活を送っていたら余程興味が湧かないと普通は調べないと思うのだが冬也の興味の範囲は限りないという事か。


 ディアドコイ戦争についてはさっぱり分からないが弩砲の事は分かったのでとりあえず『うんうん。』頷いておくことにした。


 話し合った結果魔物の素材を使用した360度回転する単発式弩弓にすることが決まった。

 弓に詳しいフィエールさんによると通常の弓に使用する自然界の植物から作る弦では満足した威力が出せないため魔物であるデッドリースパイダーの糸を加工して束ねたものを使用するそうだ。


 そこまで決まれば後は早かった。

 材料調達から作り方までエルフ族、自警団、行商人の協力を得て数日かけて何とか弩弓の完成まで漕ぎつけることが出来た。


 魔物から採れる糸を集めることが一番の問題だと思っていたのだが商人達の情報網を駆使して集めさせたようだ。

 一部の噂ではデルゼーが積極的に協力してくれていたとか。


 商会を持つデルゼーは他の商人よりも機を見る事に長けているらしい。

 これでデルゼーの名と信用は益々上がり冒険者や自警団だけではなくここにいる俺達地球人もデルゼーから品を買う事が増えるだろう。


 なぜなら知らない人から買うよりも有名な人から買う方がなぜか人は安心するからだ。

 何にせよ完成したのだから試射しなければならない。


 安全性を考慮して結界外にある東瀬中央公園で試射することにした。


「まずは普通の矢から撃って見ましょうか。」


 300m程離れた場所に丸太を置きフィエールさんの指示のもと準備を済ませて合図を待つ。


「合図は私が出すわね。準備は良い?3、2、1、発射!」


 少し離れて見ていた彩奈の掛け声に合わせて発射する。

 ドンッ!という重低音と共に勢いよく発射された矢は丸太に直撃した。


 成功だ!


 接近して確かめてみると使用した魔物の素材が良かったのか矢は髄まで達していて弩弓の破壊力を物語っていた。

 弩弓用の通常矢でこの威力、これにさらに魔法の付与と魔石の矢じりが付けば飛距離と破壊力がさらに上がる事は間違いない。


 試しにフィエールさんの魔法で風を付与した結果丸太は木っ端微塵に砕け後ろにあったコンクリートの壁に突き刺さった。


 殺傷力が上がりすぎじゃないか!?


「絶対にこっちに向けないでね!向けたら斬るから!」


 彩奈が本気の声を上げている。

 そこまで念を入れなくても・・・。


 でも、これならきっと紫の魔獣が再び現れても大丈夫だろう。

 試射が終わり避難所に戻った俺達は設置する場所を代表と話し合った。


 設置する場所は学校の屋上、結界内にある高いビルの屋上、結界外にある見晴らしの良い場所にある建物の上に設置することにした。

 この他に台車と合体させた移動式弩弓も5台用意することになった。


「それじゃあ、さっさと終わらせるか。」


 決めた場所に材料を運び<作成>を発動させる。

 淡く光る材料は粘土をこねる様な動きで弩弓の形になっていく。


 一度自分で作ってしまえば2台目以降はスキルが自動的に作成してくれるので便利だ、しかも完璧な仕上がりで完成するので試射した結果よりいい結果が出るだろう。


「よし、完成だ!この調子でどんどん行こう。」


 俺は避難所の人員をフルに使って材料を運ばせるとその日のうちに全ての弩弓を作り上げ結界周辺の防衛を僅かばかり強化した。

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