第020話 それぞれの報告

 聖都ネストレアにある大聖堂の一室に教皇ギノンと女性枢機卿エランデルは長年聖都で働いてきた高齢の信徒から報告を受けていた。


「異世界と繋がってから随分と経つがどうなっている?」


 教皇ギノン。

 外見は50歳前後で白を基調とした衣装を纏い聖職者らしい落ち着いた着こなしをしている。


 若い頃のギノンは宗教活動をしながら生まれ持った魔法の才能で周囲の魔物を積極的に退治して聖都の安全を地道に守り続けていた。

 その事をある枢機卿に認められたギノンは枢機卿下で働くことになった。


 そして、多くの幸運が重なり今の教皇の地位に上り詰めた人物である。


「支援物資は滞りなく異世界へと送られております。畑も広げ増産も順調に進んでおり問題ないかと。異世界からの移住者や保護したこちらの住民も増え、新たな信徒が順調に増えているそうです」


 正確な情報を伝えるために手元の資料を一つ一つ確認しながら教皇と枢機卿に報告をする。

 食料問題や化け物にいつ襲われるか分からないという不安な避難所生活に耐え切れなくなった人達が安心を求めて異世界の聖都と学武国家へ移住している。


 継達が居る東瀬周辺でも紫の魔獣事件以降そういった者たちが増えていた。


「よくやった。これからも支援物資の継続と移住者の受け入れを続けよ。」


「わかりました。ですが、支援物資を無償で与えてもよろしかったのですか?」


「困っている時だからこそ無償で食料を提供している我々の下へ安心して移住することができるのだ。安全で安定した日々を過ごしたいと思う気持ちは皆変わらないからな。」


 教皇の返答に納得した信徒は頭を下げる。

 報告が一段落着いたところでエランデル枢機卿がギノン教皇に質問をぶつけた。


「異世界にも私達の教会をお建てになるのですか?」


「異世界の信徒が増えればいずれ必要となるだろう。」


 エランデル枢機卿は思う、ギノンという男は欲深い男だと。

 若かった時は純粋な信徒だったようだけど教皇の地位につき権力という名の力を手にしてから変わったようだ。


 ギノン自身の存在感と他国やギルドへの資金協力など聖都の影響力を私達の世界で大きく知らしめたのだ。

 誰も教皇を止めないのは皆にとって都合がいいからなのでしょうね。


「だが、その前に世界の現状をどうにかするしかあるまい。いずれ聖女を使いとして異世界の権力者と接触させる必要がある。」


「では、そのように手筈を。」


「わかりました。」


 信徒は頭を下げ部屋を出ようとするがエランデル枢機卿に呼び止められた。


「あぁ、ちょっと待って。そういえば、あなたの家は随分と古くなったわよね?」


「長年住んでいましたから。」


「では、これを機にこれまでの働きの褒美として新しい家を与えるわ。」


「ありがとうございます!」


 喜びを示すためにより深く頭を下げて一層仕事に励む信徒であった。


 ◇


「次から次へとどうしてこうも問題が起こる!!」


 避難所にある自警団の天幕から代表の声が漏れる。


「何かあったんですか?」


 避難所からの陳情や東瀬周辺の報告書など日々の雑務を処理していた代表が突然大きな声を出したので団員は仕事の手を止めて心配そうに尋ねた。

 代表は手元にある報告書を何も言わず団員に渡す。


「なになに、西部の森にてこの世界の魔物である妖怪と遭遇し戦闘。妖怪達は祠に封印されていたが人為的に解かれたため現れたと思われる。封印を解いた者は未だ発見されていない・・・ですか。」


「封印を解いた者がこの付近に現れて妖怪とやらを解き放つかもしれん。」


 そりゃ、頭抱えるよな。


 異界変災から正体不明の紫の魔物、そしてこの世界の妖怪という魔物の出現。封印を解いた者が現れるかもしれないという油断を許さない状況。

 おまけに長期避難所生活でストレスが溜まっているのか避難所の中で言い合いや喧嘩が増えている。


 立て続きにトラブルばかり起こっては普段冷静な代表でも大声の一つや二つ出したくなるのは当たり前か。

 心なしかヤツレて老けた様にも見える。


 そんな代表に追加報告をしなければいけないのは正直気がひけるが代表の仕事だと思って諦めて欲しい。


「後で話そうかと思っていたのですが問題ついでに追加報告があります。」


「あー、あー、聞きたくない。」


 代表は耳を抑えて駄々をこね始めてしまったが構わず報告をする。


「この避難所から魔族が飛び立つ姿を目撃した者がいました。」


「なんだと!?いつの話だ!」


 代表は衝撃的な報告に思わず机を叩き立ち上がると机から落ちる報告書を気にすることなく団員に詰め寄った。


「近いです。目撃したのは正体不明の紫の魔獣で避難所が慌ただしかった時だそうです。」


「なぜ今まで黙っていた!」


「あの時は避難所も混乱していましたからね。目撃した者が大人ではなかったため話を聞いた団員も不安から来る見間違いとして処理してしまったみたいです。ですが、時間が経つにつれて気になり報告に挙げてきました。」


 紫の魔獣の出現から今まで避難所内では何事もなく問題はなかった。

 しかし、目撃が事実だとすると問題は目的だ。


 紫の魔獣は魔族が放ったもので様子を窺っていた可能性。

 逆に魔族とは関係なく偵察していた可能性も・・・。


 それにどうやって結界を突破した。

 結界を破られた報告は受けていない。


 だとすると、この避難所の中に魔族と通じている者がいる可能性もある。

 仮に通じている者が居たとしても結界を突破した方法がわからない。


 ダメだな・・・。

 考えれば考える程ドツボに嵌っていく気がする。


 目撃された魔族の単独行動である可能性もあるからな。


「一息入れますか?」


「いや、いい。ありがとう。」


 代表は気遣いに礼を言うと床に散らばった報告書を拾いながらこれからの対応を考えることにした。


 ☆


 一方、学武国家エクレシームの学園の学園長室では60歳前後の外見をした国のトップである学園長スタリエが秘書である20歳前後のローラから報告を受けていた。


「まず、異世界にある避難所への食料支援ですがこれは問題ありません。また試験的ではありますがゴーレムをフル稼働させて開拓を進めた結果自給率が増加しました。今後も試験を重ね満足する数値を得られれば本格的な運用が可能でしょう。」


 ローラは十年前スタリエがとある国のスラム外で倒れていたところを保護して家族同然に育ててきた。

 ローラの希望により2年前から秘書としてスタリエを支えている。


「次に受け入れた移住者の中には研究者や技術者も存在しており科学研究の人材を確保できそうです。」


「人材は宝ですからね。」


 ローラの報告にスタリエは頷く。


 学武国家が移住者を受け入れた一番の理由は人材確保のためだった。

 魔法が発達せず科学という別の力が発達した異世界の人材はこの世界に新たな可能性を開く鍵でもある。


「ローラ、あの件は順調なのかしら?」


「えぇ、そのようです。これが今までの資料です。」


「いつも思っていたのだけれども口調が固くないかしら?」


 淡々と報告するローラに不満をぶつけるスタリエ。

 スタリエの希望としてはもっと砕けた家族らしい口調でやり取りをしたいのだが真面目な性格のローラは。


「仕事中ですから。」


 と軽く受け流した。


 スタリエはローラから『実験結果』と書かれた資料を受け取り一通り目を通すと魔法で資料を燃やした。

 機密事項であるため手元に残さないようにしたのだ。


「先方には協力は惜しまないと伝えておいて。」


「よろしいので?あちらの世界の避難所から結界用の魔石を支援してほしいと要望がありましたが・・・。」


 ローラは他にも要望が来ていることをスタリエに伝えるが良い返事は返ってこなかった。


「手を回したいのは山々なんだけどね・・・。優先順位があるのよ。」


「優先順位ですか。」


 ローラには今やっている事が重要な事だと分かっているがこうして手元に要望が来ている以上どうにかしてあげたいという気持ちもある。

 しかし、国のトップであるスタリエが手を回さないと決めた以上ローラもそれに従う事にする。


 ローラにとって大切なのはスタリエなのだ。


「この世界が向かう先にはいったい何が待っているのかしらね?」


「私のような凡人にはわかりません。」


 机の上に広げてある継達の資料を見ながら楽しそうに笑うスタリエと『また悪い癖が始まった。』と頭を抱えるローラだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る