第018話 イエナの説得

 里の方角の上空に撤退を意味する信号魔法が上がる。


「全部隊撤退!?今我々が引けば魔物が里に流れ込んでしまうぞ!何を考えている!?」


 驚きのあまり信号魔法を2度見するフィル。


「フィルさん撤退を!」


「冬也君。いや、しかし・・・。」


 フィルは両手をぎゅっと握りしめこのまま撤退してしまっても良いのか考え、俺を見た。

 俺はフィルさんの眼をじっと見て頷く。


「大丈夫です、信じてください。」


「・・・わかった。撤退する!全部隊俺の元へ集まれ!一点突破する!」


 掌を突き出し全部隊へ号令を出すと続々とエルフの戦士が集結し大部隊となった。


「フィルさん、撤退開始時にお願いしたいことがあります。」


 冬也はフィルさんに耳打ちをする。

 これは何か企んでいるな。


「わかった。やってみよう。」


 内容を聞いたフィルさんが部下を呼び寄せ耳打ちをした。

 話を聞いた部下は複数の魔法部隊に内容を伝えると今度は魔法部隊以外にも話を拡散させていく。


「なぁ冬也、何を話していたんだ?」


「すぐにわかるよ。」


「全部部隊撤退開始!」


 冬也が号令に合わせて俺の目をさっと手で覆った。


「ライト・ボール!」


 魔法部隊が一斉に照明魔法を最大出力で発動させ妖怪達の目をつぶす。


「「「「ぐあぁぁ、目があああああ。」」」」


「はあぁぁぁ!」


 先陣を切ったフィルが妖怪達を切り伏せ撤退を開始する。

 集結したエルフの中には負傷した仲間に肩を貸す者もいたが回復魔法をかけながら撤退していた。


 魔法や弓を得意とする者達は残った矢と魔力を使い追ってくる妖怪達に向けて攻撃や遅延をする。


「継、妖怪達は!?」


「距離は大分あるが追って来ている。」


 俺の目には追ってくる妖怪達の姿が生者をあの世に引きずり込もうとする地獄の亡者ように見えた。


「ダメ押しに蒼い斬撃をもう一度打てる?」


「いや、1発撃ったらなぜかこれ以上出力が上がらないんだ。」


 変に出力が安定しているというか無駄なくオーラが体に纏いスキルの疲労感はないが威力も上がらない。

 ある意味最適化された状態だ。


 戦闘には支障ないが斬撃を飛ばすことはできないだろう。

 撤退が続く中、一人のエルフが躓いて地面に倒れた。


「ヒョーヒョー!」


 気味の悪い鳴き声を発しながら木々を飛び越え鵺が倒れたエルフの頭上から襲い掛かる。


「「くそ!」」


<急加速>発動

<加速>発動


 俺と冬也は倒れたエルフに手を伸ばす。

 しかし、鵺のスピードの方が一歩速くエルフに届かない。


「誰かぁ!」


 倒れたエルフが俺達に助けを求める。


 ダメ、間に合わない!


「たぁぁぁぁ!」


 一陣の風を身に宿したフィエールが鵺の胴体を一閃で切り捨て倒れたエルフの手を掴む。


「お待たせしました!お母様!」


「えぇ、まかせて!」


「イエナ!?」


 妖怪達を取り囲む女性エルフ多めの別部隊が現れると先頭で指揮するフル装備姿のイエナさんを見たフィルさんが素っ頓狂な声を上げて驚く。

 だが、驚いていたのはフィルさんだけではない。


 部隊の中から「なぜうちの嫁が!?」と複数の男性エルフが驚愕している。


「皆に当てないようにね!一斉掃射!照明弾・赤!」


 イエナさんの号令で四方八方から矢と魔法が放たれ撤退を援護する。

 撤退部隊を全て保護し終わると赤い照明弾が撃ち上がった。


 イエナを含めた妖怪を取り囲んだエルフ達が魔法を発動させる。


「ストーン・ウォール!」


「「「ストーン・ウォール!」」」


 エルフ達が地面に手を着くと木の高さまである石壁を出現させた。

 出現した石壁に戸惑いざわつく妖怪達は脱出しようとストーン・ウォールを殴るがビクともしない。


「信号弾・青!」


「フィエール、私も行くわ。」


「「「エア・トルネード!」」」


 彩奈とエルフ達は一緒に上空に舞い上がると街で集めていた『ある物』を次々と投げ込む。

 空から降って来る中毒性のある甘い匂いがする液体が妖怪達の体を濡らしていく。


「なんだこの液体は・・・。」


「良い匂いがする。」


 ストーン・ウォール外では着々と仕上げの準備をしている中、壁の中では油が降って来るものと思っていた妖怪達が困惑していた。

 全ての準備を整え片手を払うように横に広げたイエナさんが最後の号令をかける。


「構え!」


 イエナさんの号令により地上では弓部隊が矢先に火を灯して空に向かって構える。

 上空では両手に炎を灯した彩奈と魔法部隊が詠唱を始めた。


 ストーン・ウォール内で暴れる音が耳に入らない程の緊張感が辺りを支配していた。


「放て。」


 落ち着きある静かな声を合図に火矢と炎の魔法がストーン・ウォール内に閉じ込められている妖怪達へと飛んでいく。


 ◇


 ~出撃前のフィエール宅にて~


「継さんには悪いですが私は反対です!森を燃やすなんて!」


 俺の提案にフィエールさんは激怒していた。


「森と共に生きるエルフの私達に故郷の森を自分達の手で燃やせというのですか!?それにです。火をつけてからエア・トルネードで火柱を作って燃え広がるのを防ぐなんて方法は不確実です!燃え広がる可能性の方が高いです。」


 俺が考えた案を簡単にまとめるとこうだ。


 木の柵をあらかじめ用意したところに妖怪達を誘い込み上からガソリンをかけて焼き殺す。

 加えて、魔法で火柱を作り炎の勢いを燃え尽きるまで上空に逃がすという方法だ。


 フィエールさんには話してはないが最悪燃え広がってもエルフの里を覆う結界で里だけは守られるという生き残りを全振りした案でもある。

 この案を伝えればフィエールさんが怒ると予想は出来ていた。


 エルフにとって森は守護する対象で、恵みを与えてくれる生活の一部であり、大切な故郷なのだから森の守り人であるエルフに対して『自分の森を焼け。』と言えば怒るのも当然だ。


「だったら、確実なものにすれば良いじゃない。」


 2階の廊下で話しているとイエナさんが声を掛けてきた。


「フィエールの大声がするから来てみれば継くんが面白い事を考えたみたいね。」


「大声何て上げてないです!面白そうな事ではありません、お母様。私達の森を焼くのですよ?」


「皆の命が助かるならそれが一番じゃない?フィエールは違うの?」


「当然でしょ?」と当たり前のような顔をしているイエナさん。

 イエナさんは他のエルフと違って合理的な人の様だ。


 イエナさんの返答が予想外だったのかフィエールさんが慌てている。


「いえ、里の皆の命が助かるならそれが一番ですけど・・・。木の柵では無理です!」


「それなら大丈夫!」


 パン!と手を叩いてイエナさんは満面の笑みを浮かべる。

 方法を思いついたときに手を叩くところは本当に親子そっくりだ。


「フィエールが生まれてから現役を退いたけど苦手な土魔法で壁を作るくらいどうってことないわ。」


「しかし、カロル族長が許しません。」


 まだ納得できないフィエールさんはカロル族長を出して食い下がる。


「カロル族長は昔から頭が固いのよね・・・。いいわ、もしダメなら私のお友達に声を掛けて勝手に実行してしまいましょう。」


「お母様!?」


『現役を引いた今でも5人分くらいの働きをして見せるわ』とイエナさんは息巻いている。

 一方、イエナさんの暴走とも言える発言にフィエールさんが慌てふためいていた。


 フィエールさんってお母さんの前だとあんなにも表情が豊かなんだな。

 見ていて面白い。


 そして、ちょっと最低な自分が居た。


「フィエール、昨日はあんな事を言ったけど私だってここを離れるのは嫌ですもの。少ない被害で済むのならそれに越したことはないわ。」


 イエナさんはフィエールさんを抱きしめ説得するとフィエールさんは小さく頷いた。

 案の内容を詰めた俺と冬也はフィルさんの元へ向かい、イエナさん、フィエールさん、彩奈はカロル族長の家で説得を試みるが返ってきた言葉は予想通りのものだった。


「ならん!皆の故郷である森に火をつけるなど!よりにもよって我々の手で実行せねばならんとわ!断じて許可できるものではない!」


 カロル族長の声が部屋全体に響き渡ると部屋に居た他のエルフからも反対の声が上がった。


「ストーン・ウォールで最小の被害に留めるわ。」


「そういう問題ではない!」


『やっぱり頭が固いわね。』とイエナは小さくため息をつき『勝手やってしまおうかしら?』と考えるが娘の眼が光っているので再度説得を試みることにした。


「カロル族長、フィルもこの方法を考えた継くんも今戦っています。この里のために。」


 その一言にカロル族長の表情が変わる。


「ここに居る者達の中にも家族が今戦っている者もいます。」


 家族がまさに今戦っているのだろう、イエナさんの言葉に数人のエルフが下を向いた。

 イエナさんは部屋にいる全員に語り掛けるように静かに話始める。


「私達が生まれ育った森も確かに大切です。ですが、戦いは頑張れば勝てるというものではありません。」


 フィルや継達の無事を祈りながら。


「魔物は『妖怪』という夜に活動すると言われている未知の魔物です。継くん達の話によると鬼というオーガやオークに似た魔物もいると聞いています。ですが、それも物語で聞いたことがあるくらいでどんな能力があるのか分からないということです。」


 戦っているエルフの戦士の無事を祈りながら。


「そんな存在に彼らは今戦っているのです。」


 イエナさんはカロル族長の手を取り説得をする。


「カロル族長、私は『あの時しておけば良かった。』と失ってから後悔したくはありません。私達もできることで戦いましょう。私達の里を脅かす脅威を退けるために。世界が変わったように私達も変わるときが来たんです。」


「・・・。」


「「「カロル族長。」」」


 部屋に居た数人のエルフ達もカロル族長に詰め寄る。

 カロル族長は窓の外を見つめると重い口を開く。


「・・・。わかった、許可する。皆を集め急ぎ準備せよ。」


「「「「はっ。」」」」


 カロル族長の号令によって案の実行が決まった瞬間である。


「私も皆に声を掛けるわね♪」


 そして、イエナ率いる女性エルフ多めのママ友部隊の結成が決まった瞬間でもあった。

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