第017話 新しい力

 右も左もエルフと妖怪達が闘いを繰り広げ乱戦状態、唐笠や人面樹を見る限り妖怪達は夜眼が効いている。

 それに時間が経つにつれて強くなっている気がする。


 思考を巡らせていると俺達が立っている場所がさらに暗くなる。


「上!」


 見上げると空から鬼が落ちてきていた。


「死ね。」


 短く怒気をはらんだ声を発し叩きつけるようにこん棒を振り下ろす鬼が着地すると、着地音と衝撃音が土煙を上げながら森の中に響き風圧で身体が押される。

 土煙が晴れるとこん棒を盾で受け止める冬也の姿があった。


「くっくぅぅ。」


「冬也!」


 駆け寄ろうとすると目の前をかまいたちが通り過ぎ地面には傷跡が残る。


 わざと外したのか。


 飛んで来た方へ目を向けると木の上から見下ろしている天狗がいた。


「貴様の相手は我だ。旋風!」


「うわあぁ!」


 天狗が起こした強風に巻かれてフィルさんが遠くへ飛ばされる。

 邪魔者が居なくなったことを確認すると天狗は地面へ降りてきた。


「人間と戦うのは何百年ぶりか。」


「なぜエルフの里を襲う。」


「人間は我々の敵だ、それに与する者達には死を。」


「どういう意味だ。」


 天狗は手に持っている団扇に力を流し込むと視界から消える。

 木の陰や枝の上を見回して天狗の姿を探すがみつからない。


 だけど、確かに気配は感じる。

 おそらく枝から枝へと素早く移動してかく乱しているのだろう。


 天狗が移動するたびに枝葉が揺れる音がする。


「遥か昔、我らはこの土地で暮らしていた。だが、人間達はある日突然我々を襲い!殺し!封印した!」


「くっ!」


 振り返りながら背後から飛んで来た風刃を躱すと急に天狗の気配を真横に感じ剣を振るう。


「はっ!」


 しかし、そこには天狗の姿はなく空を切った。


「どこを見ている。旋風!」


「ぐっ。」


 天狗の団扇から吹き荒れる強風に体が飛ばされ木に打ち付けられると地面へと落ちた。


「このままジワジワと嬲り殺してやろう。」


 死なないようにわざと痛めつけて苦しむのを楽しんでいるのか・・・。

 剣を地面に突き刺して体を支え立ち上がる。


「でもそれは、遥か昔の事だろ。」


「時間の問題ではない!我々の憎しみの問題だ!」


 カサカサと音を立て揺れるたびに木々の間から複数のかまいたちが飛んでくる。


 <急加速>発動。


 かまいたちを幾度も躱しながら正面から向かってきた天狗の団扇を剣で受け止めつば競り合いになると頭の中に映像が流れ込んで来た。


(ぎゃああああああああ。)


 森の中で次々と妖怪達が人間達の手で殺されていく光景が流れ込んで来た。

 妖怪達を殺してく人間の手には白蛇の姿をしたウロボロスの斜線付きの0マークが描かれていた。


(なんだこれは・・・。なぜ人間達が攻めこんで来た!?)

(麓の村の奴らが化け物を退治してほしいとさ。)


 森の奥から駆けつけてきた天狗が光景に目を奪われる姿で映像が途切れた。


「人間が存在する以上安息の時はない、だから殺し尽くす!」


「くっ、うおおおお!」


 急に流れ込んで来た映像に動揺して若干押されそうになるが剣を強く握り直して力任せに押し返す。


「はぁ、はぁ、はぁ。今の映像は・・・。」


「クククッ。」


 疲労している俺の姿を見た天狗は愉快そうに木々の陰に姿を隠すと再び移動し始めた。


「あれは天狗の身に起こった過去なのか。」


 突然襲われ目の前で仲間を殺された天狗は自身も何百年も封印された。

 その怒りが憎しみへと変わり今の人達に襲い掛かっているのか。


 だからと言って俺達だって黙って殺されるわけにはいかない。

 呼吸を整え再び剣を構えて今までの戦闘を振り返る。


 天狗の動きは速い、それに遠距離攻撃も持っている。

 剣を交えてわかった事は天狗の力は天狗自身というよりも手に持っている団扇にあるみたいだという事。


 団扇に魔力とは違う何らかの力を流し込むことで力を発揮し、天狗本体はそれほどでもないはずだ。

 問題は相手が木の上に居てこちらの攻撃を与えることができない事だ。


「勝てない相手によく挑もうとするな。」


「ぐぁ!」


 天狗のかまいたちが俺の体に傷をつけていく。


「人間は時に勝てないと分かっていながら、なお挑もうとする。」


「がはっ。」


 さらに蹴りの追い打ち受け地面に転がる。


「継!」


「助けに行きたければ行けばいい。俺を倒せたらなっ!」


 鬼が立ち塞がりこん棒を振り回す。


「くそっ!」


 鬼に阻まれた冬也は助けに行けず怒りを募らせる。

 圧倒的な差を見せたいのか天狗は地面に転がる俺の目の前に姿を見せた。


「気が変わった貴様は簡単には殺さん。お前を十分痛めつけた後でお前が守ろうとしていた者達を一人一人目の前で殺してやろう。ふふふっはつはっはっは!」


 ◇


 東京都23区某ビルの屋上からルーザァがある場所を見ている。


「こんな所に居たのね、探したわ。」


「お前か・・・。」


 振り返ると以前継の前に現れた銀髪の少女(ルーザァから見たら)が立っていた。

 こいつは知り合った時から何を考えているのかさっぱり分からん。


 いきなり現れては好き放題言って勝手去るような奴だ

 今回は何を言いに来たのだか・・・。


「二人のそばに居なくて良いの?このままだと殺されてしまうわよ。」


「あいつらピンチなのか。なら、なおさら放置しとくべきだな。」


「なぜ?」


 銀髪の少女は理解できないという顔しながらルーザァの言葉を待つ。

 変わらないな、こいつも。


 色んなモノに興味関心があるくせに一つ一つには興味関心が湧かないのは以前のままか。


「危機的状況なんざこれから先嫌でも何度でも出くわす。そのたびに俺が出張っていたらあいつら自身の成長につながらねーだろ。」


 少女は納得したのか「なるほどね。」とクスクス笑っている。

 何が可笑しいんだか・・・。


「それに俺に出来ることはもうほとんどないからな。地道な修行、己の狂気、実戦の空気と苦戦の経験。そして、危機的状況。そのすべてがそろそろ実を結ぶ。後はあいつら自身が力を得るための最初の扉をいつ自分で開くかだ。」


 ルーザァはそう言い残すと少女の前から消えた。


 ◇


 天狗の高笑いが耳に届く。

 天狗の怒りは理解できる。


 理由も分からず襲われる理不尽さ。

 守れず死んだ者の姿を見ているしかない無力さ。


 だけど、ここでこいつを止めなければ関係のない人達が大勢死ぬ。

 ルルやララ、エルフの里に居る多くの人が・・・。


 学校で焼き付いた記憶が蘇る。

 悲鳴を上げながら逃げ惑う生徒、家族を亡くし泣き崩れる遺族、そして結の死を・・・。


 俺はそんな光景をもう見たくない。


「・・・せない。」


 俺はフラフラとしながら立ち上がる。


「ほぅ、まだ立ち上がるか。」


「・・・させない。」


 全神経を足に集中させ<急加速>の準備をすると足元が光り出す。


「それだけはさせない!」


「何だ、この威圧感は・・・。」


 雰囲気が変わった俺に警戒した天狗は木に飛び移ると姿を隠し団扇に力を貯める。


「お前の怒りは理解できる。だけど、関係ない人たちまで巻き込むな!お前達が憎しみで止まらないというなら倒してでも俺が止めてやる!」


 お前は俺が止める!

 足元から光り出した光は段々と体全体に広がり包み込む。


 わかる・・・。

 新しい力が生まれようとしている。


 前兆はあった。

 紫の魔獣と対峙した時も同じ感覚がしていた。


 あの時は何か分からなかったが今ならわかる。

 <急加速>を発動させて天狗が立つ木の元へと駆ける。


「風刃!」


「遅い!」


 瞬発的な<急加速>を複数回発動させ瞬間移動したかのように回避し、天狗の立つ木の元まで一気に駆け抜け右足を掛けた。

 そのまま右足に力を込めると光はさらに強くなり、心の鍵が外れる。


 <ウォール・ラン>発動!


 雷が天へと上る如く枝から枝へと飛び移り天狗に斬りかかる。


「てぇえええ!」


「何!?」


 剣と団扇がぶつかり合い火花を散らす。


「お前は俺がここで止める!」


「やってみるがいい!」


 団扇から吹き出した突風に飛ばされ木に叩きつけられそうになるが<ウォール・ラン>の能力のおかげで木の側面に手と足を着き着地する。


「風刃、旋風!」


 瞬発的な<急加速>と<ウォール・ラン>を発動させ木から木へと飛び移り攻撃を回避しながら天狗に仕掛ける。


 速く、もっと速く!


 <ウォール・ラン>にも慣れ始め飛び移る際の無駄な動きが無くなりさらにスピードが上がっていく。

 形勢が変わりつつある事を悟った天狗は一定の距離を取るように遠距離攻撃に切り替えた。


 俺は天狗との距離を縮めるように回避しながら周りを移動し、下段から斬り上げる。


「ぐああああ!」


 天狗の片腕が宙に舞う。


「ぐっ・・・。調子に乗らせておけば!そんなに死にたければ今すぐ殺してやる!」


 天狗の目が紫に光り出し団扇に力を注ぎ込んでいく。

 力を注ぎ込まれ続ける団扇に風が集まり出す。


 強さが増す風に葉は散り、枝は折れ、木々が揺れる。

 そして、竜巻が完成した。


「消え去れ!風神!」


 団扇から放たれた竜巻が木々を巻き込みながら向かってくる。


「はぁぁぁぁぁぁ!」


 声を上げ、体を包む光が剣に集中するイメージをする。

 光が蒼炎のように揺らぐ、継の瞳は蒼く染まり剣へとオーラが集まり始める。


 <戦闘気装オーバーレイ>発動!


 再び心の鍵が外れ、剣に集まり出した弱弱しい光は徐々に強さを増していく。


 まだだ、まだ足りない。

 全てを一点に集中させろ!


 そして、剣が蒼く輝き出す。


「いっけえええええええええ!」


 振り抜いた剣から蒼い斬撃が衝撃波と共に竜巻に向かって放たれる。

 剣の何倍もの大きさがある蒼い斬撃は竜巻を切り裂き、暗い夜空の下で大爆発を起こす。


「馬鹿なぁ!」


 目の前で起きた現実が受け入れられず驚愕の声をあげる天狗の目に蒼く光る継の瞳が映る。


「終わりだ!」


 受け止めようとした団扇諸共天狗を斬り裂き、天狗との戦いに終止符を打った。


 ◇


「彩奈、これがそうなのですか?」


「えぇ、取り扱いには十分注意してね。」


 エルフの里から出て街の中で『ある物』を集める彩奈とエルフ達の姿があった。

 結界外の街の中は魔物に襲われる危険があるけど時間との闘いなので警戒しながら作業するしかない。とにかく量がいる。


 継くんが提案した案を聞いた時も驚いたけど、それよりもエルフ族の皆が協力してくれる事に驚いた。提案した案はエルフ族の価値観では絶対に考え付かない重要な決断になると思ったからだ。


 だけど、目に映る光景は戦えないエルフの人々も今できることを一人一人一生懸命やっている姿だ。


「これで勝てなきゃ嘘だよね。」


 今戦っている人たちの無事を祈りながら彩奈は作業を進める。


 ◇


「ふん!」


「はっ!」


 鬼の棍棒を回避し冬也の剣が鬼の胸を切る。

 切られた事さえ楽しそうに笑う鬼は丸太のように太い腕でさらに攻撃を仕掛けた。


「おらぁ!」


「くっ。」


 足や体に攻撃しているのにまるで痛みを感じていない様子で血を流しながら平然と攻撃してくる。


(痛覚が無いのか!?)


「げはははは、楽しいじゃねえか。ガキだからすぐに殺せると思ったがここまで楽しませてくれるとは、な!」


(おまけに戦闘狂か。厄介な相手と当たっちゃったな。この手の相手は完全な戦闘不能状態になるまで止まらない。それに継は大丈夫だろうか。新しいスキルを覚えていたみたいだけど相手が相手だ。僕達とは相性が悪い。)


「よそ見をしている暇はねぇぜ!」


 鬼は走りながら振り上げ冬也目掛けて振り下ろす。


<加速>発動


 その瞬間の鬼の口角が上がると振り下ろされた棍棒がピタリと止まる。


(フェイント!?)


 動きを読まれた冬也の避けた先には鬼の拳が待ち構えていた。


「ぶっ飛びな!」


(まずい!)


<頑丈>発動


 体を小さくして防御を固めた体に鬼の拳が直撃する。


「うぐあああ。」


 直撃した拳が冬也の体を浮かせると開かれた場所まで吹き飛ばした。

 地面に転がり傷だらけの体を起こす。


(<頑丈>がなかったら全身の骨が砕かれて即死だった。この妖怪強い。今まで戦ってきた魔物とは違う。紫の魔獣は飛んでいた事と硬さ以外は然程問題じゃなかった。)


「今のでまだ生きているとは頑丈な奴だ。」


 追ってきた鬼が感心した顔をしながら姿を現す。


(でも、こいつは違う。戦い慣れている。この妖怪を倒すには・・・。)


「ガキにしては楽しかったぜ。」


 止めを刺すために鬼は棍棒を構えた。

 すると、突然空で爆発が起こる。


 よく見ると蒼いオーラに身を包んだ継が天狗に止めを刺していた。


「情けない野郎だ。」


 倒された天狗を見て鬼は呟く。


(天狗も言っていたけど、この妖怪達は憎しみに支配されて仲間意識が薄くなっているのかもしれない。だから、協力も助けもしない。ある種の狂気状態。)


 蒼いオーラに身を包んだ継の姿を思い出いし、剣先を鬼に向ける。


「僕も負けてられない。」


「俺を倒すつもりか?受け止めるだけで精いっぱいだったお前が。」


「君の言う通り、僕は君の攻撃を受け止めるだけで精一杯だった・・・。今まではね。」


 冬也の盾が光り出す。


「継はいつも僕の事を『器用だな。』なんて言うけれど本当の僕は継が思っている程器用じゃない。自宅に帰っている時は素振りをしていたり、盾の動かし方を勉強している。継の方が僕なんかよりよっぽど器用だ。」


「何を言っている。」


 光り出した盾の危険性を感じ取った鬼はここで潰すべきと判断して冬也に向かって走り出した。


「継を見てわかったよ。今まで僕は家族を失うこともなく、魔物と対峙しても何とかなっていたから明確な倒すという意思が足りなかった!」


 冬也もまた鬼に向かって走り出す。

 両手で大きく振りかぶった棍棒と<頑丈>を発動させた光る盾がぶつかり合い、にらみ合う。


「・・・。」


 棍棒を受け止める光る盾に力を込めると盾の光りがさらに強くなる。


(僕は望む。僕達を脅かす敵に対抗するために、大切な仲間と明日を迎えるために!)


 心の鍵が外れ新たなスキルを発動させる。


 <反動盾>リアクションシールド発動!


 盾から放たれる見えない力が棍棒を弾き鬼にスキができる。


「まだだよ!」


<加速>を発動させ鬼との距離を詰めつつ新しく目覚めた2つ目のスキルを発動させて盾に魔力を送り込む。

 送り込まれた魔力は盾の中で凝縮されていき緑色のオーラが現れ光り出した。


 懐に飛び込み光り出した盾を鬼の胸に当て最後のトリガーを引く。


解放!リリース<破壊盾>バスター・シールド!」


 盾から解放された魔力が破壊音と共に鬼の体に大穴を空け盾が砕け散った。


(威力に耐え切れなかったか。)


 ショック症状なのかビクビクと体を震わせる鬼の口からは大量の血が流れ落ちる。


「ぐぽあうぃ。油断したぜ。土壇場で強くなるとはな。」


「君は今まで戦った魔物の中で一番強かったよ。」


「へ、そうかよ・・・。」


 冬也の言葉に満足な笑みを浮かべた鬼は音を立てて倒れた。


「君は最後まで戦闘狂なんだね。」


「・・・。」


 事切れた鬼は物を言わず短い静寂が流れる。


「お互いまたボロボロだな。」


「そうだね。」


 蒼い瞳と微かなオーラに包まれた継が木々の間から姿を見せる。

 二人とも身体が傷だらけの上に服は埃まみれでさっさと帰ってお風呂に入りたいところだけど、まだ終わっていない。


「フィルさんと合流しよう。」


「うん。」


 ◇


 フィルさんと合流し妖怪達を倒していくが数の暴力によって押され劣勢になる。

 負傷したエルフの戦士は撤退を余儀なくされ部隊の数が減っていく。


 俺達もまた天狗や鬼との戦いで疲労し勢いが落ちていった。


「はぁ、はぁ、はぁ。」


「あれから大分数を減らしたと思うんだけど後何体ぐらい居るんだろうね。」


 森の奥にはまだ妖怪達がひしめき合い下卑た笑いをしている。


「私が引き付けるから二人は撤退しなさい。」


 フィルさんはこれ以上の戦闘継続は犠牲を増やすだけと判断し撤退を進める。

 生き残ったエルフ達をまとめて人間達が身を寄せ合う避難所で再起や新たな生活圏を築く方が賢明で種の存続には正しい判断だと思う。


「わかりました、撤退します。」


 里の方角の上空に待ち侘びていた作戦開始の合図である撤退指示の信号魔法が上がった。

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