第016話 迎え撃つ者達

 妖怪その歴史は古く『古事記』や『日本書紀』の歴史書や『風土記』等における太古からの伝承の中に「妖怪に近い表現」や「ヤマタノオロチ」などの記述があり、平安時代には「百鬼夜行」に関する記述が存在する。


「これはまずいかもしれない。」


 紙に書かれていた絵を見て冬也は険しい顔をしている。


「何がまずいの?」


「空を見て。」


 空を見上げるとフィルさんと手合わせしていた時に落ちかけていた夕日は完全に落ち、空は闇に染まり星が見え始めていた。


「逢魔時って言葉聞いたことない?魔物に遭遇する時間。昼と夜の移り変わる時刻。」


「夕方・・・。」


「うん、緊急連絡が入ったのは夕方だった。つまり、夕方から夜が明けるまでは妖怪達が活発もしくは活性化する時間で、夜の森は妖怪達の有利なフィールドかもしれないという事だよ。」


 エルフの人達がいくら森と共に生きてきたと言っても夜に狩りはしない。

 夜眼に関してはエルフも人間と大して変わらず夜の森を自由に移動できるという訳でもない。


 多分妖怪は違う。

 夜でも暗視スコープのように問題なく見えている可能性の方が高いはずだ。


 だとすると、奇襲するだけじゃこの戦い勝てないかもしれない・・・。


 フィエールさんの家に着いた俺達は身支度をする。

 目撃した報告では妖怪の数は千を超える。


 里全体を把握しているわけではないが今現在里に居るエルフは見積もって3千人程度、それに子供など非戦闘員を引けば1200~1400人程度になるだろう。

 数だけみれば五分だが実際はこの数の全てを戦場に送ることはできない。


 非戦闘員の護衛や里に残り別動隊に備える隊にも数を取られる。

 それに活発化しているだろう妖怪達と夜の森、状況的に何か打つ手を考えないとこっちが不利だ。


 数の不利を覆し、短期で片をつける方法を・・・。


 ◇


 森の中をおびただしい妖怪の群れが侵攻する。


「おい、聞いたか。」


「この先にエルフが居るらしい。」


「ケッケッケ、皆殺しだ。」


 遊園地を楽しみにしている子供のように妖怪たちが粗漏な笑い声を上げる。


「下種な魔物どもめ!」


 初めてみる百鬼夜行の様子を見ていたフィルは怒りで心の声が漏れる。

 臨戦態勢である他のエルフも口には出さないがフィルと同じ気持ちを胸に秘め、手に持つ武器に殺意が宿っていた。


「各部隊、一斉に弓と魔法を放ったら浮足立っている所へ一気に攻め込む。構え!」


 フィルが手を上がると詠唱を開始する。

 風、水、土など各々が得意とする魔法を詠唱し、その中にギリギリと弓を引く音が重なる。


「放て。」


 フィルの冷たくて低い声と共に矢と魔法が妖怪達へと放たれる。


「ギャァァァァァ。」


「奇襲か!」


 エルフ達の奇襲による攻撃は小型の妖怪には死を、中型以上の妖怪には負傷を与えると妖怪達の間に動揺が広がり侵攻が止まる。


「正体不明の魔物と聞いていたが物理も魔法も聞くなら問題ない。」


 様子を観察していたフィルは剣を掲げ鼓舞する。


「敵の正体は不明だが恐るるに足らず!私に続け!」


 掛け声とともにエルフの戦士達は妖怪へと向かっていく。


「ふん!」


「プギャ!」


 フィルは体格に似合わない大剣を枝を振り回すかのように妖怪達を倒していく。


(よし、ダメージは通る。)


 己の剣で戦えることを確認すると前に出るよう手を広げて前に突き出す。

 エルフの戦士たちは木々が揺れたと錯覚させるほどの大きな怒号を上げながら妖怪達を押し返すために前へと出る。


「一匹も逃がすな!」


「魔物風情が!」


 フィルの後に続きエルフの戦士達が月夜の光に照らされた剣で妖怪達を切り裂き、魔法と弓で追撃する。


「この森から出ていけ!」


「ウィンドスラッシュ!」


 エルフの戦士達は次々と妖怪達を倒していくがその勢いは次第に弱まっていく。


「200近くは倒せたはずだがここからが本番か。」


 フィルが森の奥に居る姿を見せない妖怪達を警戒して様子を確認していると姿を見せない妖怪達は浮足立っていた妖怪達の様子を見て嘲笑っていた。

 こいつら仲間を・・・。


「よそ見はダ~メ!」


「風刃。」


 妖怪達の姿に気を取られて隙を見せたフィルに髪鬼の髪が腕から首に巻き付くと木の上から現れた天狗がかまいたちを放った。


「くっ!離せ!」


 フィルは髪が巻き付く腕を自分の所に引き寄せ巻き付いた髪を切り払おうとするが力が強くて引き寄せられない。


(首に巻き付いて息が!)


 呼吸もできず身動きも取れなくなったフィルは風刃を避けることができない状態に陥ってしまう。


「お~しまい。」


 愉快そうに笑う髪鬼。


(ここまでか・・・。)


 死を悟るフィルの元へ突如として二人の姿が森から現れる。


「「やらせない!」」


「キャアア。」


 フィルと天狗の間に割り込んだ冬也が<頑丈>を発動させた盾で天狗の攻撃を受け止め、俺の剣がフィルに巻き付く髪を切り払い髪鬼を倒す。


「すまない、助かった。でも、どうしてここに。」


「フィエールさんは俺の助けてくれた。命の恩人の故郷をみすみす滅ぼさせるわけにはいかない!」


 森の中に潜む妖怪達へ俺と冬也が剣を向けると妖怪達が騒ぎ始める。


「人間だ、殺せ、殺せ!」


「俺にやらせろ!」


「俺が先だ!」


 妖怪達は先程まで戦っていたエルフ達には目もくれず俺と冬也に注目して前へ出て来た。

 中には今にも飛び掛からんと息を荒げている姿も見える。


 どうやら人間は妖怪達に相当嫌われているみたいだ。

 目線を動かして妖怪達の位置を確認すると天狗、餓鬼、人面樹、鵺、大狸その他に見たこと無い妖怪もいた。


「まさか妖怪と戦うことになるとはな。」


「実在していた事には驚いたけど魔物や魔獣が現れた時から考慮するべきだったよ。それに東京は天狗信仰で有名な寺院があるぐらい妖怪とも縁がある土地なんだ。」


 日本全国に伝承や昔話が多々存在している。

 本来ならそういった話は何らかの災いや危険などから遠ざける役割を担っていた。


 だが、こうして妖怪と対峙いる以上話が変わってくる。

 全国にある伝承や昔話の数だけ妖怪や化け物が潜んでいるということだ。


 この世界は俺が想像しているよりも人間にとって絶望的な世界なのかもしれない。


「俺が一番だぁぁぁぁぁぁ!」


 獲物を目の前にして我慢できなくなった人面樹が地面に根を走らせ襲い掛かってきた


「二人とも来るぞ!」


 人面樹から複数の根が俺達へと伸びる。

 人面樹が襲い掛かってきたのを皮切りに次々襲い掛かってきた。


「前へ出すぎるな!皆、友の背中を守れ!」


「「「おう!」」」


 フィルさんの檄にエルフの戦士達は互いの背中を守りつつ妖怪を屠り答える。

 俺達は人面樹の根を剣で切り払いつづけるが再生するため防戦一方の形になっていた。


 くそ、元が植物だから手数が多くて捌き切れない!一旦距離を。

 <急加速>発動して後ろへ飛ぶと背後の木がガサガサと揺れ、木の上から1匹の餓鬼が飛び掛かってきた。


「ちっ!後ろに回られたか。」


 餓鬼は小型だから夜に動き回られたら気づきにくい、それを餓鬼自身十分理解しているという事か!

 剣を素早く逆さに持ち替え餓鬼の腹へ剣を突き刺す。


「ギャアアアア!」


 餓鬼の断末魔が森に響くが人面樹の根が再び襲い掛かって来て気にしてはいられない。

 次々と襲い掛かる根を切り払いながら<急加速>で人面樹へ接近する。


「はあぁぁぁぁ!」


「甘い甘い。」


 人面樹は地面から出現させた根の壁で剣を防ぎ一本の根を足に絡ませると俺の体を宙吊りにして大きな口を広げた。


「いただきま~す。」


「ちぃ!」


 足の絡みついた根を剣で切り払い人面樹から距離を取るが別方向から唐笠の妖怪が高速回転しながら突撃してくる。


「はぁ!」


 高速回転する唐笠と剣がぶつかるとキュイーンと高い音を立てながら火花が散る。

 チェーンソーかよ!下手に動くとこのままやられる!


 少しずつ勢いに押され後ろに目をやると木が迫っていた。

 くそっ!このままだと結局押し切られて真っ二つだ・・・。


「継君!ゲイルソード!おぉぉぉぉ!」


「グヤアアッァ!」


 フィルさんの大剣が唐笠を貫いたまま人面樹を力任せに根の壁ごと切り裂いた。


「継!」


 冬也が化け狸を倒し走って近づいてくる。


「正直危なかった。ありがとうございます。」


「君達を死なせてしまっては娘に合わせる顔が無いからね。」


 俺と冬也とフィルさんは背中合わせに剣を構えて妖怪を警戒する。

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