第015話 フィエールの故郷へ
西部に位置する森の中にあるフィエールさんの故郷へ向かうため前回山へ向かう時に通った道中を馬車に乗って移動している。
有難いことに聖都の方達が馬車に乗せてくれたので徒歩で向かわなくて済んだ。
「徒歩で向かうことにならなくてよかったね。」
客車の出入り口近くで座る冬也が遠ざかる道を眺めながら話しかけてきた。
「あぁ、徒歩だと最悪野宿になるからな。」
念のために野宿の準備もしてきたが不要になりそうで良かった。
最近異世界の材料で再現した簡単な料理を披露しようと思っていたけどまた今度になってしまった。
「それにしてもこの魔除けの魔道具便利だよね。」
彩奈は客車の隅に置いている魔道具に目を向けた。
20㎝程の箱の中に透明な小型の魔石が2つ入っていて中心にある紫色の結晶が常に光っている事が機能している証拠だ。
「彩奈が聞いたら驚きますよ~。これはなぜか私達の避難所に使用許可が下りた学武国家の試作品魔道具なんです!」
「うん、フィエール。なぜかの辺りが本当に怖いんだけど・・・。」
新種の魔獣が現れたからデータを取るために実験台にしているじゃないだろうな。
手に取って確認して見るがちゃんと機能しているみたいだ。
フィエールさんから聞いた話によるとこの魔道具は2つの魔石から人間には感じない一定の波動を出して小型の魔物や魔獣を遠ざける効果あるそうだ。
それだけを聞くとなんだか超音波でネズミ除けしている気分になる。
「魔石の授業やマジックバックの反応見て思ったんですけど、フィエールさんって魔道具好きですか?」
「うっ。え~と、わかっちゃいましたか?」
「はい、なんとなくですけど。」
フィエールさんは少し顔を赤くして恥ずかしそうにしている。
実際はテンションにあからさまな違いがあったから(特に魔石の授業)気づいたとは言えない。
「誰にだって趣味の1つくらいあるものだから気にしなくていいと思うよ。」
「本当ですか?彩奈。」
魔道具の話がいつの間にかフィエールさんを励ます話になってしまった。
その後も途中で休憩を挟みながら皆で話しているとあっという間に西部の森の近くへ到着していた。
「ここからは歩きになります。」
フィエールさんが先頭を歩きその後を着いていく。
過ぎ行く木々を眺める。東京はビルだらけのイメージがあるけど残っているところにはちゃんと森が残っているんだな。
しばらくハイキング気分を楽しんでいるとフィエールさんが立ち止まり振り向いた。
「ここからは私達エルフ族の領域です。はぐれないようにしてくださいね。」
と言って異世界の木々の中を進み始める。
はぐれたら前回の師匠のように不審者か侵入者に間違われて大変なことになるに違いない。
何か変わったところが無いか周りを見渡すが特に無い様だ。
だけど、何か気になる。
俺は少し進んだ所で振り返り歩いて来た道を再度確認する。
フィエールさんが立ち止まっていた地点から森の奥へと目を向けると異世界の木々や植物が生い茂っている。
反対に歩いて来た道へと目を向けると見慣れた青々しい木々が立ち並んでいた。
「どうしたの継?置いて行かれるよ。」
不振な行動をしている俺が気になったのか冬也が戻ってきた。
「なぁ冬也、この森に違和感を感じないか?」
冬也が一帯を見渡す。
「エルフ族の領域に入ってから初めて見る植物が増えた事ぐらいで普通の森だと思うよ?それよりもフィエールさん達に置いて行かれるよ。」
「あ、あぁ。」
冬也や彩奈達は何も感じなかったようだけど何か気持ちの悪い違和感が俺にはあった。
さらに奥へ進むとフィエールさんが再び立ち止まる。
「結界を通るので皆で手を繋いでください。」
俺の視界には広大な森が広がっているだけで避難所のような結界らしい結界が見当たらない。カモフラージュしているのか。
「ここまでの道中で見張りと出会いませんでしたけど、どうしてなんですか?」
「それはエルフの里があると気づかせないためですね。見張りの役割は不審な人物や魔物を近づけないための警戒です。エルフが住む森に入る者は偶然ではない限り何か目的を持って入って来ます。見張りを置くという事はそういった者達に『付近にエルフの里がある』と教える事と同じなんです。なので、見張りを置くよりも結界で姿を隠して侵入を防いだ方が安全なんです。勿論、結界自体も強力ですけどね。」
言われてみればそうだ。
人間の感覚で考えれば防衛のために見張りを置くことは普通の事だがフィエールさんの故郷は違う。
フィエールさんの故郷の人々は隠れ住んでいるのだから結界外に見張りを置けばそこに『エルフが居ます』と自分で言っているようなものだ。
見張りを置くのも種族によっては考えようという事か。
少なくともエルフにとっては致命的になりかねないのか。
そう考えると俺達がこの場所を知っても良いのだろうか?
「継さん達は大丈夫ですよ、ちゃんと許可を貰いましたから。」
と質問する前にフィエールさんに返答された。
表情に出ていたかな?
とりあえず気を取り直して皆で手を繋ぐ。
フィエールさんの話ではエルフの多くは森や泉の近くに住むと言っていたので自然と期待値が上がってしまう。
「なんだか少し緊張するね。」
「そうだね。僕も緊張して来たよ。」
フィエールさんが何かを呟くと体が薄い光の膜に包まれる。
「さ、行きましょう!この結界を抜ければ私の故郷は目の前です!」
「よし、行こう。」
ついに結界を超えてフィエールさんの故郷が目の前に広がる。
「わぁ、綺麗!」
「ここがフィエールさんの故郷か。」
結が生きていたらどんな感想を言っていただろうか。
目の前にゲームや漫画に出て来るファンタジーとは違う神秘的な風景が広がっている。
世界樹を思わせる太い大樹が根を張り巡らせ枝の隙間から光が射す、大樹の前にはメキシコのセノーテ泉を彷彿とさせる透き通った大きな泉、そして泉の周りには木造の家や畑が並んでいた。
「ようこそ、私の故郷へ。」
両手を目一杯広げたフィエールさんが歓迎の言葉で出迎えてくれた。
「まずは大樹付近に住んでいる族長の元へ向かいましょう。」
フィエールさんの後を着いて行きながら初めて見るエルフの里を観光気分で眺めていると狩りに出かけるエルフと出会う。
「おぉ、フィエールじゃないか。いつ帰ったんだ?人間達に変な事されてないだろうな。」
「ついさっきです。大丈夫ですよ、皆さん親切にしてくれました。」
「後ろの人間は招待した子達か?」
俺達は頭を上げる。
「はい、族長の許可も貰っています。」
「なら良い。旨い獲物を捕らえてこよう。君たちも何もない所だが楽しんでくれ。」
そう言ってエルフは狩りに出かけてしまった。
先ほどのエルフの反応を見る限り人間にあまり良い印象を持っていないようだ。
エルフ族の整った容姿から奴隷として売られた歴史があるなど人間との間に溝があるのかもしれない。
また、しばらく歩いていると冬也が農作業をしているエルフを眺めていた。
その様子に気づいたフィエールさんが冬也に話しかける。
「冬也さんから見て農作業をしているエルフは珍しいですか?」
「そうですね。僕たちの世界だとエルフは狩猟や採取で生活している印象なので意外ですね。」
「以前は農耕をしていなかったのですが状況が状況ですから生きるために少しづつですが始めるようになりました。」
「何を育てているんですか?」
「黒パンの材料となる麦ですね。」
彩奈が俺の耳元へ近づいてくる。
「ねぇ継君、それってライ麦の事なのかな?」
「多分、そうだと思うぞ。」
まさかここでライ麦を栽培しているなんて嬉しい誤算だ。
行商人のデルゼーさん辺りに頼んで材料を用意してもらえば彩奈の炎の大剣で焼き立ての黒パンが食べられるかもしれない。
あとでライ麦粉を分けて貰えないか聞いてみよう。
やっぱりパンは焼き立てが一番。
「フィエールお姉ちゃん、おかえり~。」
料理メニューの幅が広がることに喜んでいると大樹の方向からエルフの子供達が走ってきてフィエールさんに飛びついた。
「ルル、ララ、ただいま。」
フィエールさんにとても懐いているようで傍から見ると年の離れた姉妹に見える。
「フィエールお姉ちゃん、後ろの人達はだ~れ?」
「私のお友達です。」
「ルルちゃん、ララちゃん、こんにちは。私は彩奈って言うのよろしくね。」
俺と冬也も挨拶をする。
「「こんにちわ。彩奈お姉ちゃん、冬也お兄ちゃん、継お兄ちゃん。」」
「可愛いなぁ~。」
彩奈がほわ~んとしている。
気持ちは分かる。
「ルル、ララ。カロル族長はいらっしゃいますか?」
「おじいちゃんなら居るよ~。」
ルルとララと呼ばれる子達は族長の孫なのか。
「こっち、こっち」
ルルとララに案内されて大樹付近の一番大きな家の中に入る。
「ただいま戻りました。カロル族長。」
「フィエールよ、よく無事に戻った。そして、お客人方もよく参られた。私がここの族長のカロルだ。」
俺達を迎え入れてくれたカロル族長は白い長髪に長いひげを蓄えた如何にも長老と言った外見だった。
「初めましてカロル族長。私は霧島 継と申します。」
「朝岡 冬也です。」
「宮代 彩菜です。」
今日から2泊3日エルフの里でお世話になる。
自己紹介を手短に済ませた後、族長を交えながらお茶を飲むことになった。
皆が落ち着き頃合いを見て俺は話を切り出した。
「なぜ俺達をこの里に招いてくれたのですか?」
カロル族長はカップを手に取り口に運ぶと一口飲んだ。
「それはのぅ、君たちが私共とは違う世界の人間だから。私が言うのもなんだがエルフは生まれつきの美男美女が多い。それゆえ、誘拐されることがある。それに高い魔力を持っているため人間から危険視されていた時代もあった。そういった年月の積み重ねによって人間達との溝が大きくなった。」
俺達は違う世界の人間だからエルフとの関係に溝が無いので許可が出たという事か。
やはり狩りに出かけたエルフの態度にはそういった歴史的背景があったのか。
人間と関わってロクなことがなかったのなら嫌うのは当然だ。
避難所で協力してくれているフィエールさんや他のエルフはそういった垣根を越えて協力してくれているのか。
「じゃが、そんな事はお構いなしに『招待したい人間の友達がいます。』とフィエールが言ったのが一番の理由かの。」
と、カロン族長は嬉しそうに笑っている。
隣でフィエールさんが顔を真っ赤にして下を向いている。
「ありがとう、フィエール。」
彩奈がお礼を伝えるとフィエールさんの顔はさらに赤くなった。
そして、集まる視線に『もう!見ないでください!』と抗議の声をあげた。
和んだ所でこのままエルフの里を見学しに行きたいのだが確認しなくてはいけないことがある。
「カロル族長に見てもらいたいものがあるのですが。」
俺は荷物から紫の魔獣の魔石を取り出した。
「何かご存じありませんか?」
カロル族長は魔石を手に取ると顔に近づけて確認する。
「いや、初めて目にするものじゃな。」
「そうですか。」
情報無しか・・・。
なら、もっと根本的なことを聞いてみよう。
「あの魔族と魔物の違いって何ですか?」
「魔族は魔物から進化した存在と言われておる。魔物と魔族の大きな違いは言葉を話すことじゃ。」
「言葉を。そういえばリザードマンも言葉を話していたな。」
結を殺したリザードマン。
あの目、あの翼、あの剣。
1日たりとも忘れたことはない。
度々夢に現れては眠れない夜を過ごす時がある。
結の殺された姿を思い出すからなるべく考えないようにしていたけど、今までリザードマン以外の魔族に会っていない。
教室にリザードマンが居たという事は他の魔族もきっと地球に飛ばされているはずだ。
しかし、見かけるのは例外である紫の魔獣を除けば普通の魔物や魔獣だけだ。
他の魔族は一体どこにいるのだろうか?
「フィエールさんはこっちの世界に来てからリザードマン以外に魔族を見かけましたか?」
「いえ、見かけていません。あれははぐれた魔族だったのでしょうか・・・。」
今考えれば教室に魔族が居たことは不自然といえば不自然だが理由を確認しようにもリザードマンはフィエールさんがあの時殺してしまっている。
偶然なのか、意図的なのかそれを知っているのはリザードマンだけ。
「魔族には武器や魔法を操り魔王を頂点とする国も存在する。もしかすると、この世界と繋がっているやもしれん。」
魔族の国も聖都や学武国家のように地球と繋がっていたとしたらこの先魔族との戦いは避けられないかもしれないな。
「まぁ、分からない事をここで考えても答えは出んじゃろう。こういった物を調べるならば学武国家に行くのが良いだろう。この世界と繋がっていると私の耳にも入っておる。」
学武国家、学びと研究の国。
そこに行けば何か分かるかもしれないという事か。
これ以上進展しそうにないので話を変えることにした。
「以前山で出会ったエルフの方から正体不明の魔物と出会ったと聞いたのですがどういった魔物だったんですか?」
「目撃した者はこう言っておった『異形』の姿をした魔物の群れだったと。この世のものとは思えぬ姿をした魔物でありながら魔物から外れた存在だということだ。」
異様な表現の仕方に彩奈や冬也、フィエールさんまで難しい顔をしている。
無理もない。
イメージを掴むどころかより分からなくなってしまったのだから。
カロル族長に魔物姿を描いてもらったが前衛的すぎたため後ほど目撃したエルフに絵を描かいてもらうことになった。
「カロル族長、私達の里ではその魔物達を今後どうするつもりなのですか?」
「今のところ危害を加える様子が無い以上様子を見ておる。」
「今後の動き次第という事ですか・・・。」
正直偵察しに行きたいが下手に刺激してここの人達に迷惑をかけてしまっては意味がないから大人しくしていよう。
異世界で多くの魔物を見てきたエルフ族が『異形』と表現した魔物の正体か。
『異形』で思いつくとしたらキメラみたいな幾つもの顔が付いた合成獣だ。
合成獣は読んで字のごとく獣というイメージが強い。
しかし、目撃したエルフは獣とは言っていなかった。
つまりそれは人型の可能性が高いという事だ。
話が終わり族長の家を出ると自由行動ということで彩奈と冬也はそれぞれ里を見に行ってしまった。
俺は何か情報が無いかとフィエールさんにお願いして書庫まで案内してもらうことにした。
「ここが様々な本が収められている書庫です。」
2階建ての書庫に入ると中央にあるお洒落な螺旋階段と壁一面に納められている本に圧倒される。
これ何万冊あるんだ?十万以上はありそうだ。
本棚の中から適当に1冊取ると致命的なことに気づく。
しまった!異世界の文字が読めないんだった・・・。
「継さん、どうかしたんですか?」
「イエ、ナンデモナイデスヨ?」
やばいやばい、せっかく案内してもらったのに実は字が読めませんでしたとは言えない。
何かないか!何か!
目を泳がせているとあるものを見つける。
「そう、これが気になったんです。」
書庫の隅にあった筒を指す。
筒を開けると地図が出てきた。
「これは世界地図。」
「えぇ、そうです。これは私達の世界の地図です。」
パッ見はクロワッサンのような三日月形の巨大な大陸のようだ。
その中に6つの大国と複数の小国が存在している。
試しに師匠が生まれた商業諸国統一国家をフィエールさんに聞いてみると中央よりやや左の下の方にある大国を指した。
家の準備があるフィエールさんと別れて泉のほとりに一人座り込み今までのことを考える。
銀色の髪をした女の人は家の前に現れた以降姿を見ていない。
どうして俺の前に現れたのだろうか?
リザードマンはなぜあの教室にいたんだ?
ただの偶然なのか?それとも別の目的があったのか?
紫の魔獣が俺や彩奈を狙う理由はなんだ?
どうして彩奈を殺そうとしているんだ?
異形の魔物の正体は?自然発生なのか?それとも人為的なのか?
何もかも情報が足りない。
「やっぱり旅に出ないと駄目だよな。」
横になって空をぼ~眺めているとルルとララがやってきた。
「継お兄ちゃん何しているの?」
「お昼寝?」
「考え事かな。ルルとララはどうしたんだ?」
「「継お兄ちゃん達にこの里を案内しようと思って。」」
やることもないしルルとララに案内してもらうのも良いかもな。
体を起こして立ち上げると通りすがりのエルフの会話が耳に入った。
「今日もいたのか。」
「あぁ、日に日に魔物を目撃することが増えて来ている。族長は危害が無ければ様子を見ると言っているが大丈夫だろうか?」
正体不明の魔物の存在と族長の対応にここの人達も不安な日々を過ごしているのだろう。
何か協力したいけどカロル族長が様子を見ると言っている以上様子を見るしかない。
「「継お兄ちゃん、どうかしたの?」」
ルルとララが心配そうに俺を見ている。
ルルとララを不安にさせちゃいけないな。
笑顔、笑顔。
「何でもない、行こうか。」
「「うん。」」
ルルとララに手を引かれて料理が上手なおばさんの家、歌が上手いお姉さんがいる家、魚がよく釣れる場所、お昼寝をする場所など子供ながらの視点で巡っていくと光芒が照らす開かれた静かな場所へとやってきた。
「ここは?」
「ここはね。」
「死んじゃった人達が眠る場所なんだ。」
以前冬也が話していた。
『エルフは聖なる土地で浄化されて土に還る』と、ここがそうなのか。
俺はどこか寂しそうにこの場所を眺めているルルとララの頭を撫でると二人は不思議そうに見上げてきた。
「お祈りしようか。」
「「うん!」」
ルルとララは嬉しそうに笑い一緒に祈りを捧げた。
畑に居た冬也と合流して訓練場に行くと大人のエルフが子供たちに何かを教えている最中の様だった。よく見ると子供達に混じって話を聞いている彩奈の姿もある。
「彩奈は何をやっているんだ?」
「何をやっているか分からないけどかなり目立ってるね。」
彩奈に近づき声をかける。
「こんな所で何をしているんだ?」
「継君に冬也君も来たんだ。実はね、一緒に魔法の訓練を受けようと思って話を聞いていたの。」
「魔法の訓練?」
その場に居た子供達の姿は人間の見た目で判断すると5、6歳だろうか。
なるほどな、幼い頃から魔法の訓練を始めているからフィエールさんのように魔法を自在に操ることができるのか。
魔法の英才教育って感じだな。
「良かったらお二人も参加してみませんか?」
指導役のエルフに声を掛けられ、折角の機会と思い一緒に参加することにした。
「私達の体の中には魔力というモノがあります。魔力は体の中心から全体へ満たしているエネルギーです。そのエネルギーを掌の上に集中させて出してみてください。」
指導役のエルフが緑色に光る丸い魔力の塊を掌の上に出現させた。
「やってみるか。」
体の中心から掌へ目に見えないエネルギーを集めるイメージをする。
1時間ほど過ぎた頃ちらほらと子供達の中から魔力を出せるようなった子が出始めた。
「くっ、くぅ・・・。」
何か集まっているような感覚がするが指導役のエルフのような具現化ができず苦戦している。
未だ少しも魔力を出現させることができない俺は休憩がてらに冬也に目を向けると冬也の掌が不安定に緑色に光っていた。
「初めてなのに凄いな。」
「なんとかここまで出来たけど、これ見た目以上にきついね。しかも、集中力が大切みたいだ。集中力が乱れると・・・。」
緑色に光っていた冬也の掌から光が消えてしまった。
「今みたいに魔力が散っちゃうから。」
今まで魔法を使ったことが無い人間が1時間そこらで不安定ではあるが魔力を発現させることに成功している自体俺より才能があるみたいだ。
何事も卒なくこなす器用な冬也らしい結果だ。
一方彩奈に目を向けると彩奈の掌の上には魔力の塊を通り越して炎が浮かんでいた。
彩奈ならそうだよな。
分かっていた。
「彩奈さんは魔法の才能が御有りのようですね。炎が安定して燃え続けているのは魔力コントロールとイメージが完璧に出来ている証拠です。」
あくまでも『人間の中』での話だろうが指導役のエルフからべた褒めだった。
普段剣に炎を纏わせている彩奈からすればこれくらいは簡単で本当に魔法の才能があるのだろう。
避難所にいる学校の生徒で魔法が使えるようになった人がいると聞いたことが無い。
「冬也さんはイメージ力が欠けていますが何度か訓練すれば具現化出来ると思います。継さんは・・・その、全く才能が無いという訳ではないのですが、もう少し頑張って見てください。」
「「継お兄ちゃん、頑張って!」」
ルルとララは掌に土と水を具現化させながら応援してくれる。
2時間が経過し魔法の訓練が終わる頃、やっと俺の掌が不安定に光り出した。
冬也は掌の上に不安定な魔力の塊を出現させることに成功、彩奈は短時間で驚異的な成長を見せ両手に炎を灯すとそれを1つにして訓練用案山子を丸焦げにする程に操れるようになっていた。
魔法の訓練が終わると自宅に迎える準備が出来きたフィエールさんが訓練場の入り口に立っていた。
「魔法の訓練はどうでしたか?」
「俺は才能があまりないのか、中々上手くできませんでしたね。彩奈や冬也の方が才能がありそうです。」
「彩奈や冬也さんと比べていけません。元々彩奈には才能がありましたけど継さんは継さんですから。」
「フィエ~ル、私だって毎日努力しているんですけど?」
彩奈がジト目でフィエールさんを見ている。
そんな彩奈が可笑しいのかフィエールさんは笑っている。
「分かっています、彩奈。継さんも冬也さんも少しずつ訓練していけばきっと彩奈のように使えるようになりますよ。」
フィエールさんの家の前に着くと二人のエルフが立っていた。
「おかえり、フィエール。」
「おかえりなさい、フィエール。この子たちがお友達なの?」
「お父様、お母様。ただいま戻りました。彼らが私の友達です。」
頭を下げ自己紹介する。
「フィエールの父のフィルだ。」
「私はフィエールの母のイエナです。いつも娘がお世話になっています。さ、中に入って。」
確かフィエールさんのお父さんは里一番の剣の使い手だったよな。
腕が太い歴戦の戦士をイメージしていたけど雰囲気の柔らかい優しい普通のお父さんって感じだ。
イエナさんはフィエールさんを大人にした姿でおっとりした雰囲気がある。
中に入るとテーブルの上にはキノコのシチュー、サラダ、黒パンというエルフ族らしい自然の恵みを中心とした料理が並び、それに狩り出たエルフの差し入れと思われる大きな肉料理があった。
料理をごちそうになった後、日中にあった出来事の話をしていると冬也が気になることがあったらしい。
「昼間農作業を見学していたら『うちの夫が見回りした時に気づいたみたいなんだけど、里から離れた所に×と傷がついた木がいくつか見つかったみたい。』って話をしているエルフの人が居たんだ。」
「俺も通りすがりのエルフの人が『日に日に魔物を目撃することが増えて来ている。』と言っているのを聞いたな。俺と冬也が西部の山へ行った時よりも魔物達は活発に活動しているみたいだ。」
すると、彩奈も気になる事があったらしく話に参加する。
「私は酷く怯えたエルフの男性を見かけたわ。気になって声を掛けたのだけど『ほっといてくれ。』と言われたから深くは聞かなかったけど。なんだか嫌な予感がする。」
彩奈は不安げに自分の腕を抱きしめた。
「お父様が居るので大丈夫ですよ、この里で一番強い剣士ですから安心です。そうですよね?」
「あぁ、勿論だとも。私達エルフの戦士が居るのだから何があっても大丈夫だ。」
フィルさんは俺達を安心させようと勢いよく胸を叩くとせき込んでしまいイエナさんに背中を擦られる。
「もうお父さんったら娘たちの前だからって。でもね、もし危なくなったら森を捨てて皆で何処に住めばいいだけの話だからあまり不安がらなくても良いと思うの。里は確かに大切だけど生きてさえいれば、また一から始められるわ。」
「お母様・・・。」
イエナさんの言う通りだ。
生きてさえいれば、また一から始められる。
でも、それは大切な場所を捨てる覚悟をすでにしているから出てくる言葉でもある。
イエナさんは理不尽に耐える覚悟をすでに決めているのだろう。
だからこそ俺はエルフの人達と大切に思っているこの場所を守るために何か協力したいと思った。
大切な日常と大事な人を失う悲しさを俺も知っているから。
◇
エルフの里から離れた森の中で男のエルフがローブを身に纏った男に話しかける。
「約束が違うじゃないか!」
「本気で信じていたのか?エルフという生き物は随分と純粋なのだな。私がお前たちのような得体のしれない化け物との約束を守る訳がないだろう。」
「ふざけるな!」
エルフは剣抜きローブの男に斬りかかる。
ローブの男は懐から札を取り出すと地面に投げた。
地面に落ちた札が術式を展開するとそこから魔物が現れエルフを掴む。
「クソ!離せぇぇ!殺してやるぅぅ!」
エルフの憤怒の声が森の中に響く。
「耳障りだ。殺せ。」
「・・・」
魔物は何もしゃべらずそのままエルフを握り殺した。
「今回は見ているだけでよろしいのですか?」
ローブの男の後ろから部下が現れ跪く。
「使えそうなやつは駒にしたからな。で、準備の方はどうなっている?」
「残された資料を基に封印を解いて周りましたがどれもハズレでした。」
部下が懐から取り出した水晶に映る映像を見る。
「やはり本命は街の方か。まぁ良い、今は化け物同士どちらが生き残るか楽しむとしよう。」
水晶の中には移動する魔物の群れが映っていた。
◇
翌日の夕方、フィルさんとの手合わせが丁度終わった頃緊急連絡が入る。
フィルさんに呼び出しがかかったので俺達も事態把握の為に族長の家までに同行させてもらうことにした。
族長の家には完全武装のエルフ達がすでに待機していた。
「遅れてすまない。彼らにも事態を知ってもらうために連れてきた。」
「構わん、彼らにも聞いてもらおうと思っていたところじゃ。報告せよ。」
カロル族長に促されてエルフが事態を話し始めた。
「今から1時間前、我らのエルフの里から更に西の異世界の土地で正体不明の魔物が群れを成す所を確認しました。その群れ数は膨れ上がり1000を超えこの里の方向へ向かって移動中です。」
「このまま通り過ぎる可能性は?」
フィルさんが慎重に事を進めるために質問をする。
「勿論、可能性はあります。ですがこの里を目指していた場合早い段階で阻止しなければ被害は甚大になります。」
その場に居た皆が静かになる。
「通り過ぎる事は無いと思います。」
沈黙を破ったのはフィエールさんだった。
「フィエール、なぜそう思うのだ?」
「お父様、昨夜の話を覚えていますか?」
「あぁ。」
「いくつかの木に×が付いていた印は魔物達にとっての境界線だと思います。」
フィエールさんの話を聞き騒めき始める。
「静まれい!フィエールよ、続けなさい。」
カロル族長の一喝が部屋中に響く。
「はい、おそらく魔物達はエルフの里にどれだけ接近すれば私達エルフがやって来るのか情報を集めていたのだと思います。最近目撃が増えたのはその調整が大詰めになったから。」
「ふむ。しかしフィエール、魔物達は何のためにそんなことを?」
「わかりません。ですが彩奈ならそれを知っていそうな人物に心辺りがありますよね?」
フィエールさんの一言で彩奈に注目が集まる。
「私?」
「昨日話してくれたじゃないですか。」
「あ、うん。」
彩奈は酷く怯えたエルフの話を皆にするとカロル族長が連れて来るように指示するが里の何処にもいないことが分かった。
これにより、魔物の目的がここであることの信憑性が増し深刻な事態になりつつあった。
「奇襲を仕掛けましょう。幸いの事に私達が察知したことに魔物達はまだ気づいていない。」
一同が頷く。
「皆の気持ちは分かった。ただし攻撃を仕掛ける前に里に危害を加える可能性があるのか必ず確認するのだ。」
「わかりました。各隊準備ができた所から向かえ!」
フィルさんの声で慌ただしくエルフ達が動き出す。
俺達もフィエールさんの家へ武器を取りに行くため族長の家を出ると一人のエルフが話しかけてきた。
「君たちにこれを。」
折りたたまれた一枚の紙を渡される。
「これは?」
「族長から頼まれていた魔物の絵です。」
エルフの里を満喫していて忘れかけていたけど絵を描いてもらうお願いをしていたんだった。
「ありがとうございます。」
紙を受け取り描かれた絵を見てみる。
「これは・・・。」
意外な魔物の正体に俺は固まる。
「継くん、何が描いてあったの?」
彩奈と冬也が覗き込む。
「継、これって・・・。」
動揺した冬也が俺の顔を見る。
「あぁ、間違いない。」
『異形』の姿をした魔物の群れ、魔物でありながら魔物から外れた存在。
「妖怪だ。」
紙に描かれていたのは妖怪の百鬼夜行だった。
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